77:誰も通しはしない
箸休め回です。
カルボスの家の前には多くの者たちが集まっていた。大半は獣人たちである。あまりに多すぎるのか抜けた毛が舞い散り、鼻をかすめる始末である。
人間たちは家に待たせているのか、一人もいない。獣人は全身に毛が生えている。燃えてしまう危険性があるからか、料理が苦手な者が多いのだろう。
「いい?絶対ここに入って来ないで?分かった?」
家の入口にはロッカが立っていた。左手にはカルボスの頭部を抱え、右手に持ったナイフを突きつけている。
「あっ、あぶないよ?」
「刺さったらどうするんだよ」
大半はロッカを心配する声であった。それもそのはず、彼女はこの村唯一の傷つけられた人間である。ラウラよりも幼く、健康状態もいいとは言えない。実力行使で取り押さえようとすれば、誰だって簡単にできるだろう。だが、それをする者はいない。誤ってロッカにナイフが刺さるのを恐れているからだ。
「おい、カルボス!さっさとどうにかしろっての」
「ったく……またカルボスがやらかしたか」
残りはカルボスに対する批判である。
「あっ、あるぇ?なんかひどくない?ね、ねー、しかも今オレさま頭部だけ。すっごく危機。みんな、ちょっとは心配してよぉ」
カルボスは泣きそうな声で訴えかけた。眼窩の青い炎は心なしか下がっているように見える。
「子にそんなことをさせたのは、保護者の責任だと思うけど」
冷たく言い放つ声には聞き覚えがあった。その方向を見ると、案の定クラールスが腕を組んで立っていた。かなり苛立っているのか、つま先を上げて降ろす動作を繰り返している。
「ふええぇえ、つめたぁい。クールな視線と言葉が胸にザクザクささるよおおぉ。ロッカ―、頼む!怖いから……ちょっと隠して?」
「わかった!」
ロッカは正面に向けていた頭を内側に回転させようとした。だがそれではカルボスの顔面部分に、体が密着することになる。それに気づいたロッカは、顔を赤くすると慌てて元に戻した。
「ええぇ!?なんで、なんでぇ?」
「……っ……そ、それは……その」
照れを隠す為か、あらぬ方向を向いている。そのおかげでカルボスには見えていないだろうが、それ以外の者には丸見えである。
「てっ、てめえの目にナイフを刺しやすくするためだ!ふぁーっはっはっは」
悪そうに笑うと、右手に持っていたナイフを大きく振り上げる。なぜか必要以上にゆっくり、ゆっくりと近づけていく。
「きゃああぁああぁ!!や、やめてぇ。だ、だれか助けてぇ!」
カルボスが無理やり高くしたような声で、悲鳴を上げる。それを聞いたロッカは楽しそうに、にやけていた。
もちろん誰も助けようとはしない。ある者は退屈そうにあくびをし、またある者は手いじりをはじめている。
クラールスは呆れているのか、溜息をつき額に手を当てている。
「カテリーナのご飯どうしよう……」と呟く声が聞こえた。
「えっ、ちょっ……ほっ、ほんとに誰も助けてくれないの?オレさま、すっごくショックだぞ!」
「じんぼうの無さがあだとなったな!めーうん……うん!を受け入れろ!」
目を細めて考えながら、首を傾げる。その間だけ手の動きは止まっている。そして足を開きカルボスを手のひらの上に乗せると、ナイフを構えなおす。先ほどよりも大きく体を逸らす。必要以上に動作が大げさである。もしかしたらロッカなりの決めポーズなのだろう。
「ふぃいいいやあぁああ!……ッフ、油断したな!」
ロッカ背後にカルボスの胴体が現れた。例え頭部が外れていても、彼女より背は高い。
「来るのだ!我が体よ!」
今日はまだエプロンを身に付けていないのか、軍服姿である。話しさえしなければ、さぞ不気味な生き物に見えるだろう。
カルボスの胴体は、腕をロッカに伸ばす。自身の頭部を救うために。しかし、あまりにも遅い動きである。難なくロッカにかわされた。勢いの矛先を失った胴体はよろめくと、地面に倒れこんだ。その衝撃で、服に覆われていない部分である手の骨が何か所か外れ、近くに散らばった。
「ぐわああぁあ、やーらーれーた……やっぱり手袋作ってもらうか、ニンゲンが戦う仕様の丈夫なやつ。今ここに居るしね。でも、あんまり分厚いと料理の邪魔だ。ムムムッ、悩ましい」
この言動からペリアたちが居るのは確実である。ラウラは歩みを進めようと思ったが、止めた。このままだとカルボスの骨を踏んでしまう可能性があるからだ。
「ぬぬっ!なんか気持ち悪くなってきたぞ!頭が無い状態で体を動かしたら、落差で。うわー、どうしよう。困ったなぁ」
カルボスはロッカに視線を向けた。もちろん、眼窩の炎の動きである。後半部分はどことなく、棒読みに感じられた。
「うっげぇ、きったねぇ。絶対に吐くんじゃねえよ?」
ロッカは嫌そうな顔をしながら、少しだけカルボスの頭を離した。
「汚くないもんっ。まっ、まだ吐いてないぞ!そもそも吐けな……アッ、うそうそ。めっちゃ吐く。おえっ、うげぇ」
真の狙いは分からないが、少なくともナイフを遠ざけることには成功したようだ。
「その呪いを解くには、オレさまの骨を拾って元通りにする必要がある。ロッカ!頼んだ!」
「え、やだ」
「ひぇっ……え?」
まさか断られると思っていなかったのか、カルボスは驚いている。
「だって、ここから動くなって言われてるし。つーか、めんどい」
「がーん」
こうして見ていると、二人はよく似ている部分がある。双方ともによくはしゃぎ、打たれ弱い。全員がそうではないが、そういう傾向にあるのは事実だろう。つまり似た部分がある者を保護者と子とするよう、操作したのでは?ラウラに疑念がよぎった。そのほうが違う種であろうとも、うまく生活していける可能性が高い。
ラウラは自分でフクロウを選んでいる。ラシルドも精神作用を施していないと言っていた。だが似通っている部分は存在する。ラウラは必要以上に疑い深くなっていた。
「このままだと風に吹かれたら……あ、吹かないか。とっ、ともかく……骨拾いといえばフィラインだなっ。前に拾うんだぞって言ったら、うんって言ったし……多分ね」
「だからフィラインは自分の所の子で忙しいって、僕言ったと思うけど?」
「ぬわーっ、そうだった。失念していたぞ!クラールス!頼む!ほんとにっ、切実にっ、おねがぁい!」
カルボスは変に力を入れたのか、胴体がカタカタと動く音がする。それを見たクラールスは顔を引きつらせながら、深いため息をついた。
「仕方ないな」
「やったあ、最高!キサマには氷風のクラールスと、二つ名を授けよう!」
「だせぇ」
反応したのはロッカであった。
「なんだとっ!なぜだっ!?」
「だって、こおりのかぜとか。そのままじゃね?単純すぎる気がするんだけど」
「むきぃ!だったら、ロッカはどう付ける?」
「ア、アタシはそこのウサギさんのことよく知らないけど。その感じなら……いてつく刃とか、どうよ?」
「……それ、すんばらしぃ!才能に嫉妬するぅ!彼の凍った刃が、オレさまの心を容赦なくずたずたに……っふ、いいぞいいぞ、かっこいいぞ!今日からそう名乗るがいいっ」
「だろだろ?」
ロッカは嬉しいのか、にやけながらカルボスを小突く。話題の主であるクラールスは、無視して骨を拾い集めていた。
「大した数無かったから、終わったよ」
クラールスが声を掛け、家の端の方へと指をさす。そこには元通りにされた、カルボスの胴体が横たわっていた。
「ありがとう!さすがだ!いて「いや、そういうの、いいから」
クラールスはばっさり切り捨てると、元の位置に戻って行った。衝撃でロッカとカルボスは、開いた口が塞がらないようだ。
今がチャンスだ。ラウラはそう思った。立ちっぱなしで、少し痛くなった軟弱な足を動かす。
「えっ」
後ろから声がかかる。他にも「なんでニンゲンが?」「あぶないよ」とも聞こえる。それと同時に、何かがぶつかってはじかれる音が聞こえた。うっかり感情をぶつけてしまったのだろう。だが今のラウラは平気だった。
ラウラは振り返ると、優雅な微笑みの表情を作った。背筋を伸ばし、手を横に振る。
「安心して。わたしは見つけたから。もう感情を隠そうと、怯えることはない。みんなが出来るように、頑張るから」
称賛と感動の声が聞こえる。恐る恐る、感謝の感情を向けようとしたのか、またはじかれる音が聞こえる。
少し前のフィラインのような恐怖ではないが、畏敬の念を向けている者が多い。まるで、ラシルドに相対するようであった。それに気づいたラウラは表情に出すのを抑え、笑顔を保ち続ける。
「クラールスさん」
ラウラは彼の方へ視線を向ける。びくりと体を震わせる。きっと、どことなく怖く思っているのだろう。だがあの時とは違って、逃げることはしない。それどころか前に出て来た。感謝の気持ちの方が勝った結果だろう。
「ご飯に困ってるなら、わたしの所に来ればいいわ。エミリアとカテリーナさんは一度会っているし」
「そ、そっか。そうだったんだ。助言の通りにしてみるよ。ありがとう」
クラールスは軽く頭を下げる。長い耳も同じく下がっていた。
目的の人物と会うためには、ここを通らなければならない。ラウラは視線を前へと戻した。




