75:この村の者であり続けるには
はじめはアーシェとフィライン。そして次はフクロウがやってきた。自分の家だと言うのに、わざわざ正面から訪問しに来たのだ。
フクロウならば、直接部屋に入ることもできただろう。だがそれはしなかった。ラウラの状態を考慮したことは、明らかだ。
ラウラは会わせる顔がなく、怯えていた。フクロウはラシルド側で、人間以外の者である。あんな態度を取ったラウラに、良くない感情を抱いているかもしれない。
そんなことを考えていたせいで、ラウラはすぐに返事をすることができなかった。
「ラウラミド、そこに居ますね?」
優しく叩くノック音と共に、フクロウが声をかけた。
「…………ええ」
「よかった。ちゃんと、戻って来ていましたね」
長い間が空こうとも、返事がそっけなかろうとも、フクロウは気を害した様子はない。ラウラにとって、その優しさは嬉しく辛いものだった。
「悪いけど。わたし、あなたと話している余裕はないの」
打倒する力を得るために。自分で自分を納得させるために。なにより、二人と対等に話すためには力が必要だった。
今はひたすら頭を働かせ、それを得ようと模索している最中だ。
ゆえに肉体的余裕がない。
信じていた全員に裏切られた気分であり、一人からは化け物扱いされている。助けようとした友達は、まだ何も助かっていない。
ゆえに精神的余裕もない。
ラウラが今までのように、言葉を飾れないのは当然であった。
「そうでしょうね。私が何を言っても、きっと今は伝わらないでしょう」
「だったらいったい、なにをしに来たの?」
ラウラは椅子から立ち上がると、ドアの前に立った。向こう側に居るであろう、フクロウを見据えて。例え姿は見えずとも、誰かに見られていなくとも、背筋を伸ばす。
「一言だけ。伝えたいことがあります。私がラウラミドに対して想っていることは、変わりません。炎へと飛び込む前も、その後も」
ラウラはフクロウが言ったことを思い出す。
『保護者が子を怖がるわけありません。今想っているのは、ただ心配であるということだけです』
ラウラはその時の想いが、こみ上げてくるのを感じた。それだけではない、フクロウはすべてをラウラに話すと言った。外で一体何をしているのか。真摯に向き合おうとしていた。
だが、今はそんな場合ではない。何より余裕がない。伸ばした背筋は丸くなる。真っすぐ立っていられなくなったラウラは苦し気に顔を歪め、ドアに手を付いた。
「わたしから言いたいことは、これだけよ。例えこの先なにがあろうとも、どちらの邪魔も手助けもしないで。わたしは成すべきことを成す」
「あなたがどんな危機に陥ろうと、ただ見てろと言うのですか?」
フクロウの声は辛そうだった。ノックとは違う、小さな音が聞こえる。二人はドア越しに手を合わせていた。
「あなたの適切な距離が。優しさが。以前のわたしは嬉しかった。でも今はただ辛い」
ラウラはフクロウがラシルド寄りの中立に居たのが悲しかった。責めることはなく黙っていたが、ただ彼の傍に立っていた。
立場上中立を選ばざるを得なかっただけで、充分な譲歩であると理解している。
本当は自分の傍に居て欲しかった。擁護せずともただ自分の傍に居て欲しかった。
しかし、そんなことが素直に言える訳がない。ラウラの自尊心がそれを許さなかった。狩られかけたときのように、命の危機がせまらなければしないだろう。
せめて、これから自分が行うことに対しどちら側にも立たず、なにもしないでほしい。ラウラの精一杯のわがままであった。
「すべてが成されたとき、そうしていてくれたら。きっとわたしは、あなたを信じられると思う。だから……ごめんなさい」
ラウラはドアから手を離すと、椅子に戻ろうとする。するとドアの隙間から、紙を差し込まれた。
「この家を出たら、私は約束を遂行しましょう。その前に一つだけ、渡させてください。この村のみで得る情報には、限界があります」
踵を返し、ラウラはしゃがみ込むと恐る恐る手にする。
「これを見せたことが知られれば、ぬし様はお怒りになるでしょうね。これは起爆剤です。見せたらきっと、戻ってしまう。ですが、ラウラミドは絶対にしないと信じています」
そう言うと、フクロウは家から出て行ったようだ。エミリアが声を掛けているのが聞こえる。
椅子に座ると、ラウラはゆっくり目を通し始めた。それはあらゆる人物が書いた、魔法の考察である。目を引くものばかりであるのは、事前にフクロウが選別したからだろう。
ラウラは心の隅で、父親たちの物があるのではないかと思っていた。一番根幹にかかわり、数少ない原書を読んでいた者だからだ。
だが、それは一切なかった。さすがにフクロウはそこまで行けなかったのか。あるいは全て焼けてしまったかは分からない。
しかし一枚だけ、見覚えのある筆跡が見つかった。ラウラはそれが誰のものかすぐに思い出せず、一先ず内容を読むことにした。
どれもおぞましい内容ばかりであった。主に生体実験についてである。
中には人間以外の者も存在した。興味深い考察が多く、有用であるものがいくつかあった。だが、吐き気を催すものばかりである。
そして、最後にはこう書かれていた。
ーーどうか、この内容を隠蔽と悪用だけ終わらせないで欲しい。いずれ己の罪が、裁かれんことを祈って。
「ああ……そうね。あの人しかいないわ」
ラウラは口元を抑えていた手を外すと、眉間に移した。
カテリーナ・フォルツァという女性は、元々素朴で優しい人柄だった。通常時の彼女を見れば、よくわかることだ。しかし、戦争時の出来事が大きく変えてしまった。心の隅にあった、よくない部分を肥大させるしかなかったのだろう。
彼女自身、実験が楽しかったなどとは言っていない。だが、あの時の様子。そしてその後の言動。全てを総合すれば、ラウラは簡単に予測することが出来た。
本当だったらその時の記憶自体、イデアと同様かそれ以上に封印すべきだった。だが、それでは誰かが命の危機に瀕した時、彼女は誰も救えない。中途半端な結末になるだろう。
だからこそ、ラシルドは双方を同居させたのだ。元の彼女が勝つことを願いたいが、そうもいかない。都合のいい奇跡が起きないことは、イデアの時によく理解している。
再び揺らいだ時、それを止めることができるのは、クラールスと自分の役目だろう。
被害者の身内にとって、カテリーナは悪だ。事実を知ったら、殺そうとしてもおかしくない。それだけのことを、彼女はさせられてきている。
だが、それでも守らねばならない。条件に合い、まともである限り。多種族に精通している彼女は、この村にとって、有益なのだから。
以上のことを覚悟するのであれば。ラウラ自身も気軽に命を捨ててはならない。
ーー嬲り殺されるのを黙って、父親と共に見ていただろう?と言われても。
ーー護衛が命を張るのは当たり前だと、見下していただろう?と言われても。
ーー戦争を止めずに加担しただろう?と言われても。
もっと気軽に考えたかった。カテリーナは優しく、すてきな人。自分は彼女を大好きだから、守りたい。単純にそれだけ思えたら、どれだけよかったことか。どうあがいても、貴族で上位の存在であった事実は捨てきれない。深く考え、読み取ろうとすることが、止まらない。
「……はぁ」
業の深さに、ラウラは溜息をつくと、額に手を当てる。
この先村に居続けるのであれば、今まで考えていた懺悔と全く違うことをしなければならない。こちらが悪だろうと、この村の者である限り貫かねば、矛盾になってしまう。
ラウラは責任の重さに、身震いする。そしてラシルドの考えと方針が、少しだけ分かってしまった。複雑な気分で、相変わらず腹立たしかった。
この先の更新頻度は大体週一くらいになると思います。最近風邪をひいたのですが、今はすっかり治りました。皆様もお気を付けください。




