74:苛立ちと葛藤
今のラウラは非力だ。自分一人の力で、生きることさえできない。結局はフクロウに与えられた部屋に戻っている。帰宅時のラウラの酷い形相を見て、エミリアは甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる。
言葉で説得することができなかった。
あの時は、イデアに会うことで精一杯であった。苦手な魔法を行使し、血を多く失ったのだ。ラウラとイデアの体調は最悪であった。そんな状態で、まともに話し合いなどできるわけがない。
力で押さえることもできなかった。
もしイデアに魔法を使われ、暴れられたら、ラウラは到底かなわないだろう。そもそも同じ土俵に立てていなかったのだ。少なくとも、イデアを抑えられる程度に魔法を磨く必要がある。
そしてあの腹の立つラシルドに、一泡吹かせたい。できれば顎にでも、拳を叩きつけてやりたい。理不尽な暴力に遭い、それを嫌っていると言うのに乱暴な欲求があらわれる。
「屈服させたい……謝らせたい」
ラウラは魔法についての理論を書きながらつぶやいた。欲望を表すかのように、筆跡は荒くなる。その言動は見下していた、悪辣な貴族と同じであった。自身の本性は、やはり変わらない。嫌悪しているくせに、父親と自分はそっくりだ。ラウラはそれに気づくと、顔をしかめる。それを隠すように、手で覆った。
ラシルドが目の前にいなくなってから、少しは落ち着いたと思った。だが、あの存在を思い出すたびに、怒りが沸き起こる。
今、この場に居ないはずだと言うのに、気配を感じる気がする。あれだけのことができたのだ。きっと、村内の様子をのぞき見することくらい、たやすいだろう。
「……おかしいわ。なんでこんなに落ち着かないの?」
よく考えてみれば、あれほど怒りの感情を爆発させたのは変だ。ラウラは出自の事情から、表情を作ることができる。本来ならば、不服があろうとも感情を殺し、冷静に問うことができただろう。
ラシルドは特殊例の者たちに、精神作用を施していないと言っていた。それは嘘だったのだろうか?
実は自分が、特殊例に入っていないことを考えたが、ラシルドはラウラのことを、特別だと言った。それに、彼はあの場でやけにラウラを煽る言動をした。精神を操作できるのならば、その必要はない。
どんな意図をもって、あの行動をしたのか全く理解できなかった。
「あぁ……だめ、集中しないと」
ここで魔法を行使するつもりはない。だが、このままではいくら理論を考えても、前回の二の舞になるだろう。ラウラは次第に煮詰まっていくのを感じた。一旦筆を置くと溜息をつく。
「一体、なんなのかしら?」
たった一人の大切な友達を、蔑ろにされたからか。己の無力からか。ラウラは生きてきて、これ程までに怒ったことがない。
持て余す感情に、ただ動揺した。
◇
「ラウラ様」
エミリアがラウラの部屋の扉を、遠慮気味に叩いた。開けることはせず、そのまま要件を告げる。
「アーシェ様とフィ「絶対に通さないで。今のわたしに、話す気はない」
ラウラは声を大きく遮った。らしくない言動に、エミリアは驚いたのか、少し間が開く。
「は、はい。承知しました。会う気がないことを、お伝えいたします」
「……ごめんなさい。お願いね」
向こう側に居る、エミリアの表情は見えない。だが、さぞ動揺しているだろう。ラウラは申し訳なさが伝わるよう、声に感情を込めた。
しばらくすると、エミリアは戻ってきた。
「お二人から伝言です」
「聞きたくないわ」
ラウラは即答する。
「その……ですが、どうしてもイデア様の事で。一言、言いたいことがあると」
ラウラが怒っているのは、ラシルドと自分自身である。アーシェや特にフィラインとは意見が合わなかったが、対立したいわけではない。ましてやエミリアを困らせることは、絶対に間違っている。
もっと誠実に落ち着いて接しなければ。言っても伝わるとは限らない。だが言わなければ何も伝わらない。ラウラはそう自分に言い聞かせ、胸を抑えながらゆっくり深呼吸をした。
「大人げなかったわ。言ってもらえるかしら?」
「ラウラ様は子供ではないですが、まだ大人でもありませんよ」
エミリアは気を使ってくれているのか、あくまで優しい。現時点、生活面で甘えている。これ以上負担をかけることを、ラウラはしたくなかった。
「イデアの現状維持は任せろ。そう言っていました」
らしい言葉だと思った。彼らにはおちてきてから、今まで保った実績がある。それにこの調子だと、人間以外の存在に驚くイデアをどうにか納得できたのだろう。
「分かったわ。ありがとう」




