73:平和な村の実情(下)
「あのまま何もしなければ、死んでしまう状態だった。だから強めにしたのもある。それにイデアは転移実行者で、特別だ。そもそも少しかかり辛いのだよ」
自身の過失を指摘されると、さすがにラウラは辛かった。説得できなかったのは事実である。
「……転移実行者。なるほどね。だからイデアは特別だった」
魔法の書に転移についての記述はなかった。だが、イデアはとらわれているときに見つけたのだろう。そして、逃れるために隙を狙って行使した。
「そなたも特別であるぞ?」
「気持ち悪いこと言わないでくれるかしら?わたしは……そんなのじゃない。ただ逃げることしかできなかった」
「いいや、特別だ。イデアが強く助けたいと願ったのだ。その強い想いが、村の条件に適さないそなたをねじ込んだ。血縁者までを巻き込んでな」
ずっとどこかで見たことがあるようで、似ている存在には心当たりがあった。ラウラはすぐに一人の人物が思い浮かぶ。
「我は敬意を称して、特殊例の者たちには精神作用を施していない。今となっては、イデアは別であるが」
「……どういうこと?」
考えなしに怒りを露にすれば、肝心な答えを聞けない可能性がある。ラウラは必死に感情を抑え、静かに尋ねた。
「この村の者のことを考えれば分かるだろう?おかしいと思わなかったのか?精神的にも、肉体的にも弱っていた者たちが、まともに話ができる程回復し、一人も死ななかったことに」
「それは村民達が努力したからでしょう?」
「おっと、語弊があったな。我が行ったのは、あくまで死なせないこと、快方に向かわせることだ」
それだけを聞けば、良心的な治療のようである。だが、ラウラは素直に喜べるわけがない。
「そのおかげで、カテリーナ・フォルツァとツィアの件はうまくいった。二人とも、貴重な人材だからな」
あの時ラウラは、お願いされたから引き受けただけだ。だがこの言い方だと、手のひらの上で踊らさせたのだと言っているようである。
「あのまま溜め込んだ状態が続けば、いつか狂った医師に逆戻りする可能性があった。ラウラには感謝している。この調子でロッカ・コッコとルイネフィーメのことも解決してほしい」
「……あなた、今までの言動からわたしが、はい分かりました。なんて言うとでも思ってるの?」
「思わんな」
ラウラは溜息をつきたくなった。にやけながら、煽るラシルドにはただ怒りの感情を抱く。対して、フクロウは何も言わずに立ち続けている。味方をすることも、敵になることもなく。ただ黙っている。
元々フクロウはラシルドの側近だ。ラウラと共に居るよりも、ずっと長い年月を過ごしてきている。期待すること自体間違っているのだと、ラウラは自分に言い聞かせる。悔しさか、悲しさか。涙がこぼれそうになるが、イデアのことを想い必死に押さえつけた。
「イデアのことで、まだ答えていないことがある。和らげるってことは、思い出す可能性もあるわよね。戻った時はどうするの?」
「その時はまた同じことをすればいい。我が直々にここまで出向こう」
すかさず恩着せがましくラシルドは言う。その言葉を受けて、フィラインが感激したように頷く。ラウラは苛立ちがさらに募っていった。
「思い出すってことは、またあんなにも苦しむってことよね?」
痙攣するイデアを思い出す。ラウラは苦虫を噛み潰したような顔をすると、フィラインがか細い悲鳴を上げるのが聞こえた。自分の顔に恐怖するよりも、少しはイデアの身の心配をしたらどうかと思った。だが、フィラインはあの時のイデアを見ていない。だから事の深刻さが今一つ理解できないのだろう。
「いくら一瞬で押さえたとしても、それは無くならない。永遠に解決させずに力で抑え込むなんて、それはただの拷問よ!」
イデアはエルフたちに捕らえられた後、確実に拷問を受けている。手足の切れ目のような線がそれを物語っていて、ラウラもそれを自身の指に持っているからこそ、断言ができる。
「だとしたらどうする?何度も言うがそなたは説得に失敗した。それでも、もう一度試みるか?あるいは抱擁でもしてみるか?友への愛と奇跡の力で、なんとかなるかもしれないぞ?ん?」
抱擁という部分で、フィラインはびくりと体を震わせる。
ラウラはもう限界だった。イデアを助けようと策を練り、頭を回転させた。足りない指で、必死に下手な演奏をした。魔法の行使を失敗し、一度右手まで失っているのだ。冷静な受け答えなど、できるはずなかった。
「いい加減にしろ!!これ以上煽るな!!そんなことは分かっている。わたしの不甲斐なさも……力だってずっとずっと足りていない。たった一人の友達さえ、助けることが出来なかった!」
ラウラは苦し気に叫び続ける。目の前の強大な存在に対して、それしかできないからだ。自分を含めたあらゆる存在に対し、怒りと悔しさが入り混じった感情を抱く。
「あなたのやり方で、イデアの命を繋ぎ止めたのは事実でしょうね。でもやり方が気に入らない!その後の言動も腹が立つ!でも今のわたしでは、どうすることもできない。そのくらい理解している!!ただもがくしかない。その様子を見て、そんなに楽しいか!?」
ラウラは内に溜め込んでいた感情を、全て吐き出した。こんなにも大声で感情的になったことは、かつてないことだ。
頭に血が上っているからか、単純に血が足りていないせいか、ラウラはよろめいた。他の誰かに支えてもらうものかと、足に力を入れて耐える。
「帰……」
帰ると言おうとして、ラウラは思った。あの家はフクロウのものであって、ラウラのものではない。
「もうこれ以上、あなたたちの顔を見たくない」
背を向けて立ち去ろうとすると、ラシルドが声を掛けた。
「ラウラ、外は危険だぞ?」
心の内を見透かしたような言動である。
「村の外の過酷さは知っている。わたしがこの状態で出て行ったら、すぐに死ぬでしょうね。ぬしラシルド。そのために指示して、見せるように言ったのかしら」
「ラウラミド!待ってください」
次はずっと黙っていたフクロウが口を開いた。ラシルドが「おっ」と楽しそうな声をあげる。それでもラウラは振り向かない。
「ごめんなさい……もうわたしは誰も信じられない。信じられるのはきっとわたしと同じような目にあった人だけ」
なぜこの人間ではない存在を信じていたのだろうか。あまりにも穏やかな生活に墜ちきっていたのだ。ラウラはそんな黒い感情で一杯になる。
「ぬしラシルド」
ラウラは一旦足を止めた。背中を向けたまま呼びかける。
「ん?なんだ?」
「わたし、生きててこんなに怒ったこともないし、個人に強い殺意を抱いたのは、はじめてよ」
「フハハッ、それは光栄だな。是非とも今後の生きる糧にしてもらいたい」
今度は返事をすることなく、逃げるようにアーシェたちの家を出て行った。
村民同士では血なまぐさいことにはなりませんので、ご安心ください。




