72:平和な村の実情(上)
お待たせしました!前回のラウラは激怒した!からのギスギス回です。
「久しぶりだな、ラウラ」
ラシルドは吊り下げたイデアを肩に乗せた。
「いいえ、まったく久しぶりではありません」
少し前と同じことを話すが、全く異なる態度である。ラウラは怒りで瞳が吊り上がり、油断しないように気を張っている。ラシルドは高揚のあまり、常時口元が緩み、動きもどことなく浮かれている。
「いいや、我はずっと心待ちにしていた。数秒、数分が永遠にも感じる程だった。こんな感覚を覚えたのは、どれだけ昔だったことか」
「挨拶はどうでもいい。それより、言いなさい。何度も言わせないで」
「そなたは説得に失敗した。だから助けたまでだが?」
ラシルドは腕を組むと、イデアを乗せている肩の反対方向へ首を傾げた。
「あんなに雑に扱って、苦しめさせて、助けたとでも?」
ラウラの口調は攻撃的だった。それに対し、ラシルドは変わらず楽しそうに話し続ける。
「それもそうだな。これが善か悪か、他の者も交えて判断するといい」
「ラウラミド?」
何の前触れもなく、ラウラのすぐ横にフクロウが現れた。
「ちょうどいい、フクロウ。椅子を持ってこい。淑女のベッドに腰かけるのは、さすがに憚られる」
「それより、ラウラミドは……」
「そなたの子はどう見ても無事だ。いいから、行ってこい。レザルタスが何か言っても無視しておけ」
「随分とご機嫌なようですね……はあ、分かりました」
フクロウは不満げながらも、指示に従い姿を消した。
「イデア!?」
フィラインがやってきた。その後を追うように、バタバタと移動する音が聞こえる。これはアーシェだろう。
「なぜぬし様が……?」
「渡しておこう、そなたの大事な子だ」
ラシルドがイデアを手渡す。フィラインは壊れ物を扱うように、そっと抱きかかえた。それと同時にフクロウが玉座に手を当てた状態で戻ってきた。複数あるのか、前に見たものと同じかは分からない。
「お待たせしました。お望みのものです」
ラシルドはマントをはためかせると、座った。よく見る動作であるが、ラウラを苛立たせる。その横に静かに立っている、フクロウに対しても同じ感情を抱く始末である。それほどまでに、ラウラは怒りに満ちていた。
「さて、そろそろだろう。我が何を成したか、判断するといい」
「……ん……んぅ……んん」
フィラインの腕の中のイデアが身じろぎすると、ゆっくり目を見開いた。
「イデア!」
フィラインとラウラは同時に声を上げる。ラウラが近づいたせいか、フィラインは少し体を硬直させている。
「……え、ネコの……獣人!?」
逃げようと腕の中で暴れたせいで、落ちると尻もちをつく。
「な、なに?あ、あたしを食べてもおいしくないと思うよ」
器用にそのまま後ろに下がると、ラウラにぶつかった。
「うわっ、誰?」
イデアは振り向いて、ラウラの顔を見るとホッとした表情を浮かべる。
「よかった、人間だ……って、そんな場合じゃない、早く逃げないと」
「……え?」
ラウラは言葉が出てこなかった。自分だけでなく、フィラインも認識できていない。
「というか、なんで部屋に居るんだろ」
「イデア!」
アーシェが入口からその巨体を覗かせる。
「うわあああ!えっ、ネコよりずっとまずいって。クマとか会ったら即死……え、なにここ!」
正面だけでなく、背後にも視線を向けるとイデアの顔が青ざめてきた。
「異形……だよね?はじめて見たけど、多分。ほんと、ここどこなの?孤児院のみんなは……っひ、こわいって。無理無理無理ぃ」
そう言うとイデアは恐怖のあまり気を失った。倒れそうになるイデアをアーシェが支える。
今までの様子から、イデアはどう考えても記憶を消されている。それもラウラと出会ったあとの事、全てを。
「ふざけるなああぁああ!!!」「ありがとうございます!!!」
ラウラとフィラインは同時に叫んだ。
ラウラは真逆のことを言った、フィラインを睨みつける。彼はあまりにも恐ろしかったのか、後ずさって壁に背中をぶつけるしまつである。
「なぜ喜ぶ!?意味が分からない……己の存在を記憶から消されて、何が嬉しい!?」
「ひっ……」
「あまり脅すでない。まともな答えが得られんぞ」
ラシルドは頬杖をつくと、ニヤニヤしながら間に入った。
「あなたがそれを言うか」
「だが、事実だ」
ラウラはフィラインに視線を向ける。しっぽは足の間に挟まれ、情けない顔をしている。
「はあ……だったら、あなたを睨むことにするわ」
フィラインに背を向けると、ラシルドを見据えた。
「フハハ、それは嬉しいな。ずっと見てくれて構わないぞ?」
からかうような言い方にラウラは反応しそうになるが、そんな場合ではない。一睨みすると、流すことにした。
「……ごほん。さあ、答えてもらえるかしら?あなたが、なぜ、喜んだのか」
ラウラは喉を調整すると、できるだけ優しく聞こえるように演技した。
「た、確かに衝撃は受けた。だが関係なら、また構築すればいいだけのことだ」
「思い出させる、ではなくリセットするのね。今までの思い出は、ゴミ捨て場にでも捨てるのかしら?」
言葉は刺々しいが、口調は必要以上に柔らかい。その落差にフィラインは首を傾げるが、恐れることはなかった。
「悔しいが、イデアの為なら仕方がない。辛い記憶は全て消えた。思い出して苦しまないことを、この猫は喜ばしく思う」
「へぇ、そうなんだ……さて、ぬしラシルド。詳しく答えてもらえるかしら?あなたは記憶を消したの?」
「いや、違う」
「意外にきちんと答えたわね。そう、あなたは封印と言った。それって永遠じゃないわよね?」
「厳密に言えば、あれは記憶に封を施すというよりも、嫌な記憶を和らげる程度のものだ」
「それにしては強く見えたけど?ねえ、あなたも聞こえたわよね?イデアの叫び」
ラウラは端の方で、身を縮めているフィラインに声を掛ける。
「……あぁ」
フィラインは強者二人に気後れしているのか、か細く同意した。




