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異形とニンゲンたちの共同生活  作者: 猫御使みーる
二章 もがく者たち
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70:強者と狂者

久しぶりに感じたものだった。ラウラは一瞬頭が真っ白になる。右手があったはずの部分を、空虚な瞳で見つめる。随分前のようにも、最近のようにも思える。体の一部が切り落とされる感覚だった。


「いっ、いや……あ……うぁああああぁああ!!!」


ラウラは絶叫しながら、その場に倒れた。あまりの痛さに悶えながら、足をジタバタさせる。その衝撃で傷口が地面に触れる。痛みのあまり涙があふれ、目の前がぼやけて見えた。


「は?」「え?」「ラウラミド!?」

こんな事故が起きるとは、誰も予想していなかったのだろう。全員が驚いている。きっとイデアは、ここに落ちてきてから、一度も失敗していないのだろう。


痛みと同時にラウラは事実に気づいた。必要以上に長い詠唱は、安全を確保するものであることを。長い時間をかけて、エルフたちは万が一でも事故が起きないように、最適なものを構築していったのだろう。


だから、詠唱中余計なことを考えようとも、コントロールが乱れる程度で済んだのだ。それを外した今、暴発するのは筋が通っている。


焼き付くような痛みとは反対に、ラウラの頭は冴えわたっていく。


これは強い想いと意思がなければ成立しない。才能ある者はどうか分からないが、すくなくとも自分はそうである。そういう意味では今は最適だった。切断された痛みから逃れたい。それを治す方法も、治される時もラウラは嫌と言うほど理解している。


「ク……ロ……飛んだ手を!」

ラウラが声を掛けると、すぐにフクロウは拾って、後ろを向きながら手渡した。アーシェは勇者を見るような目で見ていた。フィラインは何か別の恐ろしい生き物を見たかのように、ぞっとした表情である。


「っく……もうやめてください。これ以上はあなたが」

「……はぁ……だ、大丈夫。このくらい。一部が取れることなんて慣れている」


過去に何度も切り落とされ、意識を保ちながら自分の指を治したのだ。皮肉にもその経験がラウラを強くする。自然と頭の中に浮かんだ詠唱を迷うことなく、口にした。


「束縛の箱庭、血だまりの宴、治癒の魔法」


あの時と同じか、それ以上の光がラウラを包む。詠唱が短いからか、すぐにそれは収まった。


ラウラは元通りくっついたことを確認する為に、手を動かす。無事に動いたことにホッとしたのか、息を漏らした。


「ラウラミド、それは本当に戻ったんですか?」

「多分ね。一回くらいなら大丈夫」


繰り返せばいずれ、小指のように動かなくなるだろう。そんなことを考えると、ラウラは昔の記憶がフラッシュバックする。


何度も何度も切り落とされ、その都度治され、治させられる。暴行された果てに、父親に治された記憶。


「……あ……っく……ち、違う!今わたしはここに居る。切り落とされても、殴られてもいない。嘲笑った父親は焼け死んだ」

そう自覚させて、耐えるように痛む胸元を掴む。その結果ラウラは自分の力で元に戻ることができた。


「意味がわからない……なぜ、そんなに耐えられる!?ひどい目に遭ってきて、壊れずにいられるんだ!」

フィラインのその呟きは、この村において至極まともである。この村に住む者は基本的に、深く傷つき耐えられなくなった者だ。


だからこそ、ラウラの異常さ(・・・・・・・)がよく目についた。


だが、それは矛盾でもある。イデアを救いたいと思うと同時に、彼女がそこまで狂ってしまうのも、当たり前。フィラインはそう考えているのだろう。


「あれ、あなた今……?」

自分の元に何かが向かって、はじかれるのを感じた。感覚と自分だけに聞こえた、高い音で確信した。おそらく今のは感情だ。さすがにどう思っているかは、伝わってこなかったが、顔を見れば分かる。心の底から不気味に思っていて、恐怖している。


「これは魔法みたいなものなので。多分同じものを発現しているなら、大体はじける……いいえ、それよりイデアね」

ラウラは立ち上がると、燃え盛る家へとまた歩みを進めた。その後をすぐにフクロウは追いながら、話しかける。


「ラウラミド!あなたが傷つくのは見たくありません。おそらく私はイデアの傍に移動できると思います。ですから……」

「火の中にそのまま移動したら、一瞬で焼け死ぬわ。わたし、もう焼死は見たくないの」


ラウラが笑顔で言うと、フクロウは押し黙った。視線を向けるつもりはないが、フィラインはもう自分を化け物としか見ていないだろう。


「ねえ、フクロウ。イデアは階段を上がって、すぐ傍の部屋に居るのよね?」

ラウラは確認のために、傍に居たフクロウに聞いた。


「……はい」

「教えてくれて、ありがとう」


ラウラは考える。先ほど自分が使ったものは、確実に裏の魔法だろう。治癒について、悪い思い出を集約したものを紡いだのは明白だ。だとしたら、次に成功する確率が高いのは、同じく悪い方がいいだろう。

あれが良くないのは、なんとなく分かる。だが、今さら気にしている場合ではない。


そうなると火である。同じものならば、打ち消すか同化して通れるだろう。水で消していくよりも早い。何より、あの戦争特有の嫌な空気を、イデアとラウラはよく共感できる。


治癒の時とはまた違う、嫌な記憶だ。徐々に身が削れていくような、焦燥感を思い出していく。あの時よりももっと濃く、その中を通っていかなければならないのだ。


ラウラは顔をしかめると、横に居るフクロウを見た。


「ねえ、あなたもわたしが怖い?」


「保護者が子を怖がるわけありません。今想っているのは、ただ心配であるということだけです」

「……ありがとう……本当に……」


思っていたよりも、消耗していたらしく、涙がこみ上げてくる。すべてを投げだしたい衝動に駆られるが、視線を前に戻して我慢した。


火の魔法については、イデアの詠唱の意味が分かる。どう考えても、戦争時のことだからだ。ラウラもあの時のことを考えれると、すぐに最適な詠唱が思い浮かんだ。

「フクロウ、ちょっと危ないから離れていて」


適切な距離を取ったのを確認すると、ラウラは息を吸い込む。イメージするのは目の前の家と同じ。体を包みこみ、自分以外の生き物を焼く火だ。


「溺れる人々、暴力の濁流、火の魔法!」


ラウラの周りに同じ火が生まれる。その状態で、そっと右手を差しこむ。熱さは感じなかった。


「それでは行ってきます。イデアを連れて帰ってくるわ」


ラウラは燃え盛る家へ足を踏み入れた。

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