69:救出の為の魔法考察
ラウラはアーシェとフィラインに近づくために、歩みを進めた。すぐさまフクロウが間に入ろうとするが、手をかざして制止した。
「いいの。こうしていたら、いつまでも話が進まないから。わたしを傷つけたいなら、そうしてもいい。だから、あなたたが言おうとしていたこと、持つ情報を全て教えて」
堂々としたラウラの立ち振る舞いを見て、アーシェは頷いた。フィラインは視線をあちこちさまよわせる。しっぽは足の間に挟むように、巻き付けている。ラウラの持つ上位者の雰囲気に恐れをなしているようだ。
だが、やがて覚悟を決めたのか、口に力を入れながら前を向いた。
「魔法の細かい所は多分フィラインの方が詳しい。あちしは……ずっと黙っていた罪を話そう。助けるヒントになるかは分からないけどね」
アーシェは腰を軽く叩きながら、その場に座り込んだ。そのおかげで、ラウラの首は少し楽になった。
「フィラインが来る前のこと。あちしは豹変したイデアをどうにか戻そうと、焦っていた。当然感情を抑制なんて、できるはずがない。その点において、あちしはフィラインよりずっと、未熟だからね。でもイデアはそれを防いだ。直前に魔法の詠唱はしていない。多分魔法を持続することができるんだと思うよ」
それは村の者たち全てが、感情を抑制することなく向き合える可能性だった。しかし、イデアを助けるために役立ちそうにはない。ラウラはその情報を頭の片隅にしまっておいた。
「フィライン、さっきはとっさに殴って悪かったよ。あちしも同じことをした。なんだったら、同じくらい返してくれていい」
アーシェはフィラインに向かって、頭を向けた。
「えぇ、い……いい。そっちは傷つかなかった。さっきは危うく、傷つけるところだった。この猫の配慮が足りていなかった……えと、必要ない」
慌てた様子で、文章もおかしくなっている。フィラインは、何度もつっかえながら答えた。
「そうかい。あんたは昔からいい子だよ」
まるで孫を見るかのような目をして、アーシェは微笑んだ。
フィラインは何度か深呼吸すると、話し始めた。相変わらずラウラを恐れて、目を合わさないままである。
「イデアはたった三語で詠唱を終わらせていた」
そしてフィラインは、イデアよく使っていた、三つの詠唱を表裏を含めてラウラに教える。
「溢れた野原、穏やかなざわめき、風の魔法」「血に濡れた草花、潰えぬ絶望、風の魔法」
「鈍色ガラスの海、満ちた記憶、水の魔法」「狭い水桶、終わらぬ苦痛、水の魔法」
「戦場の狼煙、燃え尽きぬ日々、火の魔法」
「だが、これは自分のだからと言っていた。獣人は同じことをしても使えない。さらに、通常と発狂した時の表裏と……二種類ある」
ラウラは過去の出来事から、火にトラウマがある。視界にちらつく火も、本当は目にも入れたくない。だからこそ、最初に風と水について考える。
前からラウラは、良く分からない存在や物に祈るのが嫌いだった。これは父親の教えからきていることを、自覚している。
どの詠唱も、その謎の存在への祈りから始まる。そして次にまた不明の物から力を借り、その事象を発する。そう考えれば、イデアの詠唱はその過程を自分に置き換えていると言える。
「表と裏の存在はよくわからないわね」
「この猫も分からない。だが、どちらも裏の方が強かった……が、良くない気がする」
まずは、詠唱である。風と水の表の詠唱はどちらとも、過去にあった良い思い出を集約した言葉だと推測できる。そのどちらにも自分は含まれていないし、その経験を聞いたこともない。ラウラは少し悔しく感じたが、当たり前だとも思った。二人が出会った時の人間国家は、きな臭い情勢にあったのだから。
その考えが合っているのであれば、裏は悪い思い出となる。どう考えても、捕らえられてからの出来事だ。想像しただけで、ラウラは罪悪感と吐き気に襲われる。
風と水、ラウラはそれらにまつわる良い思い出を考えた。だが、すぐに思い浮かぶことはない。またこちらも、当たり前である。ラウラは幼少から教育漬けの日々を送り、滅多に外に出かけることはなかったのだから。悪い思い出についても、同様である。
生まれてから今日までの記憶では、あまりに多すぎる。ラウラはイデアと出会ってからのこと限定で思考する。
運よく長い時間を確保し、イデアやその友達たちと外へ出かけた。その時に見た川を思い出す。水場自体は何度か見たことがあるが、いつもよりも光の反射がきれいに思えた。
「光る水……いいえ、陳腐すぎる」
イデアは詩的な教育は受けていない。それにも関わらず、分りやすく洗練された言葉を選んでいる。だとしたら、もっとゴテゴテした装飾過多なものだろう。そのほうが未だに高慢な自分に合っていると、ラウラは思った。
その場にいる者たちに背を向けると、イデアの居る家を見据える。
「一筋の煌き、潺湲の音、水の魔法」
その詠唱は合っていた。まさに正しいものである。
ラウラの望み通りの水球が生まれる。前より小さく見えるが、確かな力強さを感じる。
成功した喜びで胸がいっぱいになりながら、まるで走馬灯のようにいい思い出が頭の中に現れては過ぎ去っていく。注意散漫な状態でも、消えることはない。
ラウラはそれをどうにか動かそうと、生みだした後に手をまっすぐかざした。
指示に従い、勢いよく動き出した水球は、反転する。
そして、ラウラの右手首を切り落とした。




