47:ラウラの過去(2)――街中での再会
「すみません、お嬢様。馬車の車輪がいかれてしまったようです。すぐに代えを用意しますので、大変恐縮ですが少々お待ちください」
御者がそう告げると、急いで走って行った。ラウラを一人置いて。これがもし路上だったら減給どころか、処刑沙汰に発展するだろう、過失であるが、幸いここは父が幅を利かせている街中である。
この場に限り、無法者が絡んでくるぐらいだったら、言葉でどうとでもあしらえるだろう。それどころか、これは正当な遅刻理由になるうえ、ラウラに責任を問われることはない。
素晴らしい自由時間を得たと、ラウラは上機嫌になっていた。馬車から降りると、さすがに大きな通りだけあって、人の目を引く。
あまり目立つことはできないだろうが、近場の建物を見て回ったり、もしかしたら店にも見て回れるかもしれない。ラウラは期待に胸を膨らませながら、どこへどう移動しようか頭の中で計算していた。
「あれ?ドレミちゃんだよね?こんなところで何してるの?」
この呼び方をする人物は一人しかいない。
「あなたは……イデア」
「あー!えへへ、ようやく普通に呼んでくれたね」
「別に名前くらい覚えています」
取り澄ますような態度を取るラウラに対し、イデアは困ったような笑顔を浮かべた。
「見た感じ故障中ってところだよね?今回はどこに行くつもりなの?」
「そうね……」
会話を続けようとしたが、ラウラは周りの目が気になり、今度は逆にイデアの腕を引っ張って、馬車内に引き入れた。
まだ成長途中の体といえども、さすがに馬車内でまっすぐ立てるほどスペースはない。それにも関わらず、イデアは腰を曲げて立っていた。
「外は目立つからここの方がいいでしょう。それでどこに案内してくれ……座らないんですか?」
「いやあ……こんな高級そうな座席に気軽には腰を下ろせないよ」
「あら、そこは気にするんですね」
その場に屈もうとするイデアを見かねて、ラウラは座席の向かい側にハンカチを敷いた。
「ここに座りなさい。これならいいでしょう?」
「でもこれもさ……まあ、いいや」
これ以上の問答は無駄だと感じたのかイデアは大人しく言うとおりにした。
「ドレミちゃんってさ、貴族としては変わってるよね。庶民に興味を抱くお嬢様はまあまあ居るけど、礼なんて言わないし。ましてや絶対こういう所に招かないよ」
ラウラは顔にかかった髪の毛を耳にかけなおすと、外をのぞく。
「そうね、さっさと滅べばいいのに」
道の中心に行き交う高級な馬車を見ながら吐き捨てるように言った。
「自分で作ったルールに従いすぎると、何も得られない」
ラウラは自分の言葉で言ったつもりだったが、よく考えてみれば父親が言っていたことだと気づき、顔を歪ませた。
イデアはしばらく驚いた顔をしていたが、すぐに口を閉じて真剣な表情になる。
「ドレミちゃんはもっと素直になっていいと思うよ。内容はともかく、今の話し方いい感じじゃない」
「それ本当……?」
ラウラは視線を外からイデアに向けると真正面から見つめた。前回は得られる情報が優先で、このイデアという少女自身を見ていなかった。向こうも同様だったのだろうと、ラウラは確信を得た。
「もちろんだよ」
イデアは困ったような笑顔で、前のめりになって頷く。馬車に慣れていないせいか、大ぶりな動きである。そのせいで、横に置いてあるものに、肘をぶつけた。
「うわっ、ごめん。なんかすごい高そうな入れ物に」
触るもの恐れ多いと言った具合で、イデアは手をさまよわせている。その様子を見て、ラウラは小さく笑った。
「大したことないわ。楽器が入っているだけなので」
ラウラは中腰でケースを手に取ると、開けて見せる。
「これって、ヴァイオリンだよね?ドレミちゃん弾けるの?」
「当然よ」
ラウラは軽く弾いて見せた。するとイデア目を輝かせ、先ほどよりも前のめりになる。
「すごい……何度か聞いたことあるけど、一番きれいかも……ううん、一番だよ!ねえ、もっと弾いてみて」
「この狭さでは無理だし、こんな人通りのある所では目立ちます。それよりも、この近辺を効率よく見て回る方法を教えなさい」
ラウラは当たり前だと思いながらも、照れを隠すように強く言った。しかし、そんな高慢な物言いにも関わらず、イデアは困ったような笑顔であった。
「分かった。でもまた今度、絶対聞かせてよ?さて、計画を練ろうか。えへへっ、今から次に孤児院に会うのが楽しみになってきた。他の子に会わせるのも面白いかも」
もっと長くイデアとラウラの交流を書こうとしましたが、長くなりすぎそうになったので、少しまいています。番外編で別に書くか迷い中です。




