46:ラウラの過去(1)――高慢で好奇心旺盛なご令嬢
共同生活はしばらくいたしません&この先、基本話が暗いです。過去話は全11話となっております。主人公ですので、カテリーナの倍を目指していましたが、かなり増えてしまいました……
ラウラはミケランジェリ伯爵家の長子であり長女である。
母親は癇癪さえなければ、穏やかな人であったが、いい意味でも悪い意味でも貴族だった。ラウラに優しい言葉を偶にかけることはするが、面倒を見ることはなく他人任せである。
それに対し、父親は己の手一つで成り上がった元商人で、一応は一人娘であるラウラの教育に力を入れていた。女子であろうとも、お構いなしの厳しい内容である。
その甲斐あってか、ラウラは油断ならないミケランジェリ伯爵の、金の白鳥と呼ばれていた。父親相手だと渋る相手の時にラウラが同伴すれば、態度を変えることもあるからだ。
教育内容は、礼儀作法から始まり金勘定、話術などおおよそ貴族らしくないものが多かった。唯一らしかったものは音楽関連位だろう。特に宗教関連は父親が毛嫌いしていたため、全く触れていない。そのため一部の人たちには頭がおかしいと思われていた。
ゆえに、ラウラは人間以外の種について疎いのである。
ラウラは一般的な貴族の令嬢とは話が合わず、表面上だけの友人さえもいなかった。父親はもちろん、ラウラも多忙なスケジュールをこなす日々である。
そんなラウラの唯一の休息が、母親と訪れる孤児院であった。定期的に寄付をしている貴族たちへのお礼の披露会であるが、その内容に興味があるわけではない。
母親は子供たちの催し物に目を輝かせ、純粋な笑みを浮かべているが、ラウラは無表情どころか冷徹な笑みを浮かべていただろう。自分自身の腕前を理解し、高名な演出家たちによる演出を見てきたせいで、どう考えてもこれに価値があるとは思えなかったからだ。
「ねえ見て、あの子供たちの笑顔」
心の底から嬉しそうにしている。子供たちは今日の為にか、普段より上等な衣服を身に着けている。それに対し、母親はいつも通りきらびやかな装いで、傍らには扇であおぐ三つ編みのメイドが立っている。その落差に皮肉な笑みを浮かべてしまいそうになる。
「はい、お母様」
適当に相槌を打ち座っているだけ。無理に表情を作ることも、我慢することも何もない。なんと楽なのだろうとラウラは思っていた。中には寝ている貴族が居ることをラウラは知っていたが、それはさすがにプライドが許さず、ひたすら我慢していた。
催し物が終わると一方は貴族同士だけの談笑。もう一方の善良で朴訥な貴族は子供たちとのふれあい。母親は前者でラウラはどちらも選ぶことなかった。
こんな時くらいしか、自由に周りを見るチャンスはないのだ。院の人たちの大半はここに集合しており、人と遭遇する心配もない。ラウラはこっそり、部屋を後にした。
あの奥の部屋はいったいどうなっているのだろうか。普段の訪問時、子供たちが遊んでいるおもちゃはどんな形をしているのだろうか。こっそり父親に禁止されている礼拝堂に行ってみるのもいいかもしれない。ラウラは期待に胸を膨らませながら、歩き出した。
「あれ?こんな所でどうしたの?」
一人の少女が後ろからラウに声をかけた。しかし想定内である。できるだけ、驚いたことを露見させないよう穏やかに微笑みを作ると振り返る。
「何でもありませんよ。お構いなく」
ラウラは何か秘密や、含みがあるような言い方をする。
「いやぁ、構うよ。だって、この先ゴミ捨て場だよ?」
少女はおそらく孤児院の子供だろう。
ラウラと同じくらいの年頃で、栗毛色の髪の毛を高く一つに結んでいる。同じ色の目は真ん丸で愛嬌と善良さを感じされられた。
「それは知りませんでした。ご親切にありがとうございます」
放っておいてくれての意味を込めて、ラウラは告げると、少女は困った顔をする。
「うーん……どうしようかな」
小さく呟くと、少女はラウラの頭の上を見た。
「頭の上に何かついてるよ。もしかして、さっき皆が撒いた花びらじゃない?」
最後の劇が終わるとき、確かに何かを撒いていたような気がした。しかし、眠かったせいか記憶が曖昧だ。
「取ってあげようか?」
普段のラウラならこの物言いに眉をひそめたかもしれない。しかし、今はそんなことに気に掛ける余裕がなかった。
「よろしいでしょう」
少女がラウラの横に近づいたとき、小さく囁かれた。
「早くしたほうがいいよ。もう少ししたらこっちに人が来ると思うから」
「なっ、なにを」
ラウラは大きく後ずさった。
「花びらは嘘だったんですか?」
この少女は一体何を考えて、そんなことを言うのだろうか。ラウラは猜疑の目で見据えるが、相変わらず困ったような笑顔を浮かべるだけだった。
「ううん。ほら、ちゃんと取れたよ」
右手につまんだ、花びらを見せる。
「それは……そのようですね。ありがとうございます」
「いいよ、そのくらい。それよりも、ここじゃなくて一先ずあっちの廊下の方に」
少女はラウラの腕をつかむと、引っ張っていこうとする。ラウラはそれを振りほどき、キッと目を吊り上げた。
「何をするんですか!」
「いやあ、だからさ……あ、ほら。もたもたしてるから来ちゃったじゃん」
少女の言う通り、すぐ近くの扉が開く音が聞こえる。ラウラはその音が耳に入った瞬間、計画の崩壊を予感し、青ざめた。それを見た少女は、反対側の廊下に向かって石を投げる。
「あれ?何の音だ?」
「ほら、今のうちに」
少女が小声で呼びかけると、再びラウラの腕をつかんだ。今度は振りほどかなかった。
「あなたは……」
「あなたじゃなくて、イデア。行くよ、お嬢様」
「ここなら後……そうだね、三十分は人が来ないはずだよ。ただあんまり大声出すと、見つかっちゃうと思うけど」
「あなたは一体、何が目的なんですか?」
「だから、イデアって言ったじゃん。大したことじゃないんだけど……どこからどう見ても眠そうなお嬢様が、時折目を輝かせて別の所に興味を示しているのが気になって」
「……わたし、そんなあからさまな態度を取っていましたか?」
「いや、他の子は分からなかっただろうし、気にしてないんじゃない。ただの退屈してるお嬢様にしか見えなかったと思う」
それはそれで複雑だとラウラは思った。
「あたしはなんというか、ちょっとした空気の変化とか周りの気配を伺うのが得意で。それでお嬢様の様子に気づいたんだ」
「……ラウラミド・レ・ミケランジェリ」
「ん?」
「お嬢様ではなくて、わたしの名前です。そちらから名乗ったのに、返さないのは失礼ですから」
その理由もあったが、ミケランジェリ家の者と分かれば、うかつな態度は取れないだろうとの打算もあった。
「ラ…………ミド………レミ?んー、長くて立派な名前なんだね。あたしの頭じゃ覚えられないや……そうだ、ドレミちゃんって呼んでいい?」
「あなた……はあ、ちゃんと聞いて……」
呆れたように言い放つ。ラウラの名前を聞いたにも関わらず、イデアは気にした様子がなかった。それどころか、一度もつけられたことのない愛称を考案する始末で、ラウラは口が開いたままになりそうだった。
「なに?それよりどうなの?」
「よろしいです。許可します」
「許可って、頭かったいねー。それともっと普通に話していいよ。あたしはただの孤児なんだし」
「普通と言われましても、これがわたしの通常ですが」
「えっ、うそでしょ?こう、なんというか友達とか身内同士の感じっていうの」
「嘘ではありませんし、友人も血縁者だろうとわたしはこの話し方です」
「えぇええ?それ友達じゃなくない?」
「確かに、すべて父が連れてきた方たちです」
「うひゃあ、疲れそう。今さらだけど、あたしみたいのと話なんかして大丈夫?」
「別にあなたがどんな身分だろうと、会話くらい何の問題もありません」
ラウラは母親のことを思い出し、吐き捨てるような強い言い方をした。
「せっかくあなたが場を作ってくれたのですから、わたしはわたしの目的を果たします」
「へぇ……そっか。そういう感じなんだね」
イデアは含みのある言い方をするが、すぐに笑顔になる。ラウラはそれが作りものだと一目で分かった。
分かりにくいが、困ったような笑顔が本物で、普通に見えるのが偽物なのだろう。
「だったら、あたしが案内するよ」
イデアはラウラの腕を掴むと強引に引っ張ろうとする。作り笑顔を見たせいか、訝しんでしまう。
「ん?あ、あぁ……うーん。あたしとしては、片づけをサボる口実ができるだけいいんだけど。そうだね、だったらあたしはお金で雇われたということにしよう」
自己完結すると、当の本人が言ったお金を受け取ることもせず、そのまま歩を進めた。
◇
それから二人は孤児院内と周辺を見て回った。基本ラウラが建物について質問し、イデアが答えるだけである。
「ねえ、あの絵に描いてあるすごい形相の人?は、いったいなんでしょうか?」
「あれは敵であるエルフとヤギを混……って、ドレミちゃん教会に来たことないの?」
「あそこにいる日焼けした子、なぜ薄着なのでしょうか?」
「日焼けじゃなくて元からだし、南方から来たみたいだから、寒さに強いらしいよ」
この時はイデアという少女対して何も思うことはなかった。それよりも視覚から得られる情報と、答えとして与えられるものに夢中で仕方がなかった。あっという間に時間が経過し、その日は再会を約束し普通に別れた。
家へと戻ったラウラは、その日得た未知の情報で胸が一杯だった。
答えを間違え、家庭教師に腕を小さな鞭で叩かれようとも。母親の金切り声を聞きつつ、癇癪に付き合わされようとも。父親が他者を痛めつける場面を見せられようとも、耐えることが出来た。
全てをこなした後、気絶するようにベッドに倒れこむが、グッと我慢して立ち上がる。あたりを見渡し、誰もいないことを確認すると本棚から一冊の本を取り出した。
それを開くと中心がくり抜かれた中に別の本が隠されていた。ラウラがひそかに購入した大衆向けの冒険譚だ。何度も読み返したせいで、少しくたびれている。
再びベッドに横たわるとゆっくり読み始める。抑圧された生活を送る貴族の少女が、あるきっかけから勇者となり様々な場所、様々な人と関わり旅をする話だ。
あまりに幼少時の境遇が似ていたため、ラウラは感情移入しこう思っていた「いつかわたしもすべてから解放されたい」と。それが悪い意味で叶うのはあと少しのことであったが、この時のラウラは知る由もなかった。
現時点では、この話から二章としていますが、ラウラの過去が終わった後の位置を変える可能性もあります。




