36:ヤギさんになりたい!
「おっと、戻ってきたな」
レザルタスがつぶやくと、カテリーナとクラールスが部屋へと入ってきた。
「……あっ」
カテリーナはレザルタスを視界に入れた瞬間、身を縮こませる。クラールスはいつものように前に出て彼女をかばういつも通りの光景だ。しかし、今回はカテリーナが目を逸らしながらもクラールスの肩に手をかけた。
「クラールス。もういいんだ、ありがとう。あんなに小さい子が平気なんだ。見慣れて来たし、そろそろ失礼だからね」
そういうと、カテリーナはレザルタスの前に歩み出た。
「今までは無礼な態度を取り、申し訳ございませんでした」
カテリーナは緊張しているのか、ラウラと会った時のように男性式の礼をする。さすがに目を見ることはできないのか、伏せたままである。
「今すぐに恐怖心を取り除くことはできませんが、あなたはクラールスの友人です。今後気兼ねすることはしないようお願いいたします」
「別に無理することねえと思うし、一部とはいえオレは恐怖の原因となることに加担していたからな」
レザルタスは気まずいのか、まっすぐカテリーナを見ることはできないようだ。
「そうそう、僕とレザルタスそんなに仲いいわけじゃないし」
「おまえなあ」
クラールスは特に表情を変えることなく言う。仲がいいからこその遠慮ない物言いであろう。
「それよりも薬草早く渡してくれる?」
クラールスが手を差し出す。
「あっ、これ」
ラウラは先ほど渡し損ねた薬草を今度こそ手渡した。
「この包み、レザルタスのだよね?」
「おう」
「後で返す。あー、忘れてた。いつも通り何か籠か、別の包みでも渡せばよかったか」
「んなこと気にすんなって」
「ま、しっかり払えばいいか。ラテ、ちょっと向こう借りるよ」
「おいっ、待てよこの毒舌ウサギ!」
クラールスは当然聞く耳持たず、去っていった。
「心配なことがあるから、私も付いていくね」
カテリーナも退出する。彼女の存在のせいか、ラウラに付いていることを優先したのか、レザルタスは追いかけることをしなかった。
「あっ!ツィア、起きたんだ。どう?なんともない?」
いつの間にか起きていたのか、ツィアは体を起こしていた。ラテはすぐに近づくと、目の前に膝をついた。
「……ラテ、手かして」
「えっ、だ、だめだって。危ないから」
ラテが手を後ろに隠すと、ツィアは頬を膨らませる。
「怪我したら、た、大変だから」
「いつもそれ」
納得がいかないのか、次にツィアは顔の上部分に巻かれている包帯を取ろうとした。
「だだだだっ、だ、だめだって」
ラテはツィアの手が届かない位置に体を離した。
「ケチ」
「えええええ!?で……でも、こんなの見せちゃ、気持ち悪いし」
ツィアの頬はさらに膨らみ、リスのようになるが、ふとラウラたちを見ると急にしぼませた。
「……おねえちゃん、こっち」
ラウラがツィアの傍に近寄ると、ギュッと服の端を掴まれた。
「どうしたの?」
「ん……これでいい」
ツィアは満足したのか口の端をほんの僅かに上にあげる。それを見て微笑ましくなったラウラは、頭を軽く撫でた。
「………ヤギさん」
「……んっ、え?オレ?」
話しかけられると思ってもいなかったのか、レザルタスは確認するように自分の胸辺りを軽く叩いた。
「……そ……しつもん」
「なんだ?」
レザルタスは怖がらせないようにと、中腰になると優しく答えた。
「……どうしたら、ヤギさんになれるの?」
「へっ!?」
まさか嫌われ者のヤギになりたいと言われるなど、全く予想していなかったのだろう。レザルタスは少しだけ体をのけぞらせた。
「ツィア、どうしてヤギになりたいの?」
動揺したレザルタスの代わりにラウラが質問した。
「ウサギさんがいってた……ヤギさんはがんじょうだから、ラテにさされてもなんともないって」
「あいつ……」
レザルタスは呆れたのか、起こったのか額に手を当てた。
「だからツィア、ヤギさんになりたい。そうしたら、ラテとあくしゅできる」
「いや、握手したことねえし、したくも……そうじゃねえ」
「おいしゃさんは……どうしゅじゅつしてもムリっていってた。でもヤギさんなら……しってるかもって」
「おいおい何言ってくれてんだよ。似た者同士かよ、あいつら……」
レザルタスは悪態部分をツィアに聞こえない様小声で言っているが、ラテには当然聞こえている。しかし、どうしたらいいのか、焦るだけであった。
「ねえ、ツィア」
ラウラは掴まれていた服の裾をそっと離すと、その場に膝をついた。
「ヤギさんは、生まれたときからヤギさんなの」
「……ツィアはヤギさんになれないの」
不安げに問うツィアにラウラは首を振った。
「ツィアの目的はヤギになることじゃないでしょ?だったら、ラテさんに心配されないくらい丈夫になればいいだけのことよ」
人間が、それも体の細い女の子がいくら鍛えようとも限界はある。筋骨隆々な男性だろうと、ラテに刺されればひとたまりもないだろう。だからと言って、その場限りのことを言っているわけではない。
ラウラは魔法で肉体を強化する方法があることを知っていた。だからこそ、この言葉を選んだのだ。
「わかった。ツィア、がんばる」
己の行く先を見定めたのか、ツィアの口がキュッと強く閉じられた。




