34:村外の事実(下)
ずっと先まで雪原と背の高い木々が見える。ラウラたちがおちた場所に似た光景を延々と眺めていると、やがて雪化粧が施された白い崖が見えてきた。
「到着でございます」
レザルタスは手前で立ち止まると、足で周りの雪を退けた。
「これで良いでしょう。気を付けて降りてくださいね」
ラウラはレザルタスから降りるとすぐに距離を取られた。彼自身人間より体温が高かったのか、妙に寒さを感じる。
「ラウラ様、ご気分はいかがでしょうか?」
「なんともないわ」
まさかレザルタスから身を放したせいで寒いとは言えず、ラウラはそれを隠すように微笑んだ。
「それはそれは……さすがです、すばらしい。ようございました」
大げさにほめるレザルタスにもしかしたら、体調のことではなく別のことを言っているのではとラウラは考えた。
「申し訳ありませんが、ここでしばらくお待ちください。雪がございますので、その場を動かないようお願いいたします」
レザルタスはラウラの返事も聞かず、軽快に崖へ飛び付いた。ラウラの歩く速度より早いのではないかと思うほどの勢いで登っていく。やがて彼の姿が少しだけ小さくなり、中間よりも少し上ほどの位置ピタリと停止した。
ここからでは何をしているのか見えないが、おそらく目的のものが見つかったのだろうと推測した。ラウラはしばらくその姿を見ていると、レザルタスは片手を離して後ろに体を捻るとラウラに手を振った。
いくら慣れていると聞いてもかなり肝が冷えた。あとで文句を言うべきかと考えていると、レザルタスの手から何かが落とされた。ラウラが立っている位置ではなく、レザルタスが踏みしめていった位置にそれが落ちる。
ラウラはそれを取りに行こうとするが、一歩踏み出しただけで転びそうになった。過去にイデアたちと中途半端に除雪された道を歩いたときを思いだす。重心を下に落としながら靴の裏全体をつけて慎重にゆっくりと歩いて行った。
時間をかけて歩みを進めた結果、ようやくそれを手に取ることができた。しかし、明日あたり体中の筋肉が痛くなる予感がした。よく見てみるとスカーフを丸めて包んだものである。レザルタスが身に付けていたものを外して利用したのだろう。中からは薬草らしきものが顔をのぞかせていた。
「ラウラ様、お怪我はありませんでしたか?」
いつの間にか降りてきたらしく、顔を上げると心配そうにしたレザルタスが立っていた。
「それはわたしのセリフだと思うの」
「わたくしはなんともありませんとも。この通りでございます」
レザルタスは両手を広げて見せる。
「よかった……あ、動いてごめんなさい。どうしても気になってしまって」
「その履き物、雪原仕様になってないでしょうし、肝が冷えました」
「それはわたしもよ!あんな、崖で手を離すなんて」
「ではお互い様ですね」
ひとしきり笑いあったあとラウラは冷静になり、ふと思った。自分はなんのためにここに来たのだろうと。薬草関連についてはただの役立たずでしかないと。
そんな心中を察してか、レザルタスはラウラに目線を合わせるように屈むと手を差し出した。
「これはわたくしが持ちますので、お気にせず。さあ、行きましょうか。二つ目の境界へ」
ラウラを背に乗せたレザルタスは崖を駆けるように登っていた。目を閉じるように言われたので、見えている訳ではないが、風を切る音と浮遊感からそう判断を下していた。
ラウラの頭部は、マントを頭巾のようにして覆われている。薄い生地で出来ているにも関わらず、これのおかげで耳が痛くならない。ペリアの技術が確かであることを実感していた。
「お待たせいたしました。目を開けてくださって構いません。ああ、できるだけ下は見ず真っすぐ先を見た方がいいと思います」
言われた通りゆっくりと目を開くと、意識するまでもなく先に見える光景がラウラの目線をとらえて離さなかった。
「あれは……小さいけど、村?」
「その通りでございます」
小さな集落があった。あまりにも小さいため、村と称していいか分からない規模であるが、広い雪原の中に立つ家々はかなり目立っていた。
「あの者たちは主に地下で暮らしているので、地上にあるものがあれだけとなっているのです」
「地下ってことは、人間じゃないのね」
「ええ。毛のないネズミの獣人が主として暮らしております。わたくしが来る前……いえ、生まれる前から住んでいるのでいつ頃かはわかりかねますが」
なんとなく、何を見せたかったのがわかってきた。おそらく村から一番近い別の生き物の存在を見せたかったのだろう。
「レザルタスっていったいいくつなの?」
「わたくしはに……え!?ンなっ、なにを……急に」
大した質問をしたつもりはなかったが、予想以上にレザルタスは過敏に反応した。
「え、ただ年齢が知れたら、最低でもどのくらいそこの村のかたたちが居るのか、分かると思ったのだけど」
「あ……はあ、そういうことですが。少なくとも数十年の単位ではないことは確かです、年齢についての問いはお答えいたしかねます」
「そんなに年かさだとは思わないけど、何で?」
「クラールスの所はお互いに年が離れているのを随分と気にしているからな、オレもそのくらい……おほん。ラウラ様にもわたくしに対して、気後れを感じて欲しくないからです」
「何百歳だろうと態度を変えるつもりはないけど」
それに、無理に丁寧に話さず普通に話してほしい。そうも言おうと思ったがこれ以上動揺されるのもどうかと思い、言葉を飲み込んだ。
「フクロウじゃないんだから、オレはそんな年じゃ!……あ、失礼いたしました」
「いいえ、話が逸れたわね。あの村との関わりって何かあるの?」
「偶に物々交換をする程度ですかね……」
なぜか急に声色低くなる。
「もしかして……あの村、あまり好きじゃないの?」
「はあ……まあ……なんというか、個人的なものでございまして。わたくしのですねぇ、出身と同じく、一体の女王に対し複数の」
レザルタスはあまりにもせつなそうな目で話し出した。
「ごめんなさい。理解したから、もう話さなくていいわ」
「お気遣い感謝いたします」
「ここを見せたかった理由については聞いていいのかしら?」
「ラウラ様はどのようにお考えを?」
「そうね……わたしたちが住んでいる村が、完全に孤立した別世界ではないと証明したかったとか」
「概ね当たっております。皆様当初はそう思っていたかたも多かったと思いますからね。それゆえ二つ目の境界と言ったのです。ここもですが、周りを険しい山や谷で囲まれており、ニンゲンが生きるのに難しい場所です」
確かに少し前まではそうだっただろう。しかし魔法という力を手に入れ戦争をはじめた今、この先どうなるかは分からない。
「一つ目の境界は急に妙な感じがした村の端よね?」
「はい。ぬし様を中心地とし、あの御方のおかげで村内は守られているのでございます。どんな攻撃も通しはしません」
「だからあなたたちは尊敬しているの?」
「それもありますが……なんというか本能的に従わねばと思うのですよね。そう言った存在感といいますか、実際にかなりの年月を生きている年著者ですし」
その言葉を聞くと、まるで人間以外の者たちを強制的に従えているように聞こえるが、さすがにそれはないだろう。村民たちや、レザルタスの様子を見ればそれは分かる。ラウラはそう思い、考えるのをやめた。
「わたしたちに感じ取れない何かがわかるのかしら。わたしには受け取れないけど、遠くにいても話ができるのよね?」
「正しくはぬし様のお言葉を我々が受け取れる、ですね」
「だからおちてきたばかりの時、みんな一斉に出て行ったのね」
「よくあの状態の時のことを覚えておりますね」
「だって、あからさまに変だったもの」
「あれはちょっとした手違いだったのです。ぬし様も大変な時に呼びつけてしまったと、落ち込んでいました」
「最後に一つ。聞きたいのだけど、村には雪が降っていないのに、わたしたちがおちた場所には降っていたわよね?あれはなぜ?実は村外なの?」
「いいえ。あの場所は村内ですよ。詳しくは知りませんが、寒さを好むかたも居るからではないでしょうか?」
レザルタスの言葉には含みも何もなく、正直に言っているように思える。おそらく本当に知らないのだろう。
「なるほど……」
「さて、あまり長時間居ては寒さが身に沁みましょう。待ち人も居ることですし、そろそろ戻りましょうか」
「レザルタスのおかげで全く寒くないけど」
衣服がいいものなのか毛布に包まれているような感覚だった。足元が少し冷えるが、耐えられないことはない。
「おかげで助かったわ。ありがとう」
ラウラがお礼を告げると、レザルタスはしばらく押し黙った。背負われているため、表情はまったく読み取れない。
あまりにも間が開き、何か失礼なことをしてしまったかと考えると、ようやくレザルタスは口を開いた。
「下降します。また目を閉じていてください」
「分かったわ」
ラウラが言うとおりにすると行よりもきつい浮遊感に襲われた。胃が浮くような感覚に少し気持ち悪くなる。しがみ付く手に力を入れるとサラサラの毛並みを感じた。
何度か繰り返されるうちに慣れて来たのかまるでゆりかごのような安心感を得ることができ、眠りに落ちそうになる。しかし寝てしまえば手を放してしまうだろう。寒さ、寂しさよりも眠気に耐えながらラウラは村に帰還した。




