24:悪ガキの悪あがき
クラールスたちと供に歩いていくと、すぐにカルボスの家へ到着した。ドアのすぐ近くにカテリーナが立っており、ラウラたちに気が付くと駆け寄ってきた。
「あ、ラウラちゃん、こんにちは。クラールスもおかえり。後ろのかた……えっ」
レザルタスの姿を認識すると、カテリーナはクラールスの後ろに隠れた。
「大丈夫。黙るように言ってあるから」
「うん………ありがとう」
レザルタスは特に落ち込んだ様子もなく、ひたすらに無であった。まるでぬしの家に居るときのような態度にも見える。
「その、さっきあのような態度をとっておいてあれですけど、わたし、怖くはないから。その、落ち込まないで?」
ラウラが声をかけてもレザルタスは無反応であった。律儀に約束を守っているようだ。
「レザルタス?」
ラウラが呼び掛けるとしっぽがピンと立ち上がり、まるで犬のように左右にブンブン振った。ラウラはそれを確認すると微笑ましさに表情がやわらいだ。きっと大丈夫だろうと思い、カテリーナたちとともに、カルボス家へと入っていった。
「キサマたち!また来たのか!あっ……いや、悪い意味じゃなくて……その……あー、んんんっ……なんか飲んでく?それとも早めの昼ごはん?」
「今日はそうじゃ……いや、カルボスに先に話してからの方がいいか。カテリーナ、ラウラさん、大丈夫?」
「もちろんだよ」
「はい、最初からそのつもりだったので」
「だってさ、頼むよカルボス」
「ぷっぷぷぷー。クラールス!相変わらずの対応だな!レザルタスのことガン無視じゃーん」
カルボスは両手で指さすと、器用に眼窩の炎を曲げて弧を描く。そのおかげでどう見ても、からかっているのが分かる。
「さ、カテリーナは一番端に座って」
「あるぇ、オレ様のことも無視ですかー、はい」
クラールスは椅子をカテリーナのために引くと早々に座らせた。少しラウラと話をしたかったのか、ちらりと一瞥するがすぐに諦めたようだ。ギイと椅子がきしむ音がするとレザルタスが椅子を引いている。
「あ!」
ボーッとしている間にやられてしまったと、ラウラは少し悔しくなった。行き場のないこの感情を発散すべく、ラウラはレザルタスの為に椅子を引いた。
「どうぞ!」
ラウラは満足して目の前の椅子に座る。レザルタスの反応はない。彼には悪いが、話さないレザルタスは確かに接しやすいとラウラは思った。
「で、話って何?」
食後のお茶を飲んでいる時、カウンターの向こうにカルボスがやってきた。椅子を持ってくると丁度クラールスの前に座り頬杖をつく。
「あんたの所の子を診ようと思うんだ」
「ん?いつも来てくれてるよね」
「そうじゃなくて、その……僕のところのカテリーナが医師なんだ、だから……」
名前を呼ばれた瞬間、カテリーナはびくりと身を振るわせた。
「ほお!それはよかったな。外に出てきたってことは大分よくなったということか。うちの子も早くそうなったらいいんだけど……」
「ほら、カテリーナ。だから言っただろ」
「うん……」
「片付けが終わったら案内するからちょっと待ってね」
「わかった」
「ロッカ!きゃ」
カルボスが大声で前回と同じことを叫びそうになった時、クラールスはカルボスの頭蓋骨を取り外した。
「きゃ、ぎゃああぁあああ!な、なに?なんでえぇええぇ!?」
残った胴体が取り返そうと手を伸ばしてくる。しかし頭蓋骨はすぐにレザルタスに手渡された。無言でそれを受け取るとカルボスの目を覆い持ちなおした。
「事前に伝えておくことも考えたけど……言ってもきっと、どもるか同じこと言いそうだったからさ。この方が早い」
レザルタスも黙って頷いていた。仲が悪いようで呼吸の合う二人である。
「このクールウサギさんめ!伝えようよぉおお!意思の疎通大事だよ!?」
「カルボス?ねえ、何?また足の小指をぶつけたとかとれたとか?」
カルボスがその場で騒いでいると、部屋の奥の方からロッカの声が聞こえ、目の前のドアが開かれた。
「あ……」
ロッカは瞬時に閉めようとしたが、それは叶わなかった。なぜならレザルタスが足を挟み込んでいるからだ。
「え、なにこれ……は?びくともしないんだけど……って、悪魔ぁあああぁあ!!」
顔を上げ、レザルタスを認識すると、ロッカは大声で叫び声を上げた。そしてベッドに飛び込むとシーツを頭からかぶった。
「安心して、今日も診察に来ただけだから」
「ごほっ、体調悪いし気分最悪だから。早くその化け物連れて帰ってよ!」
「まあそこまで怯えるならすぐ退出させるけど」
「ア、アタシは動物アレルギーなの!獣人は全部ムリ!くしゅん。ほら、くしゃみが……いいから出て行ってよ」
くしゃみはどう聞いても自然なものでなく、棒読みである。ロッカはラウラとカテリーナのことに気づいていないらしい。
クラールスはカテリーナのほうを見ると頷く。レザルタスは心配そうに見つめている。しかし、クラールスが同伴しないのを見て決心したのか身を引く。カテリーナとラウラを残し退出した。
「ロッカ?ロッカー」
カルボスがロッカを呼ぶ声が鳴り響くが、すぐに聞こえなくなった。
「さて、診察の時間だね。よろしく、ロッカさん」
「は?女の声?」
ロッカが隙間から顔を覗かせ、カテリーナの顔を確認すると、シーツを投げ捨てた。
「誰?ババアが何の用?勝手に入ってくんじゃねえし」
「ば……」
カテリーナはロッカに罵倒された瞬間、硬直した。
「ロッカさん、彼女はカテリーナさんって言って女医さんなんですって」
「んっんー?誰かと思ったら、服も着れない何もできないお子ちゃまじゃん。正義の味方ごっこでもしにきまちたか~?」
ラウラは怒ったというよりも言葉を失った。今まで罵倒されたことは何度もあった。しかしどれも遠回しや皮肉めいたものばかりで、ここまで直接的な表現をされたことがないからだ。
昔イデアの友人だという下層出身の子供とあったことがある。彼らはあの時彼らなりに気を使っていてくれていたのだろう。ラウラは今はじめて理解することができた。
「ぷぷぷ、お嬢様育ちにはちょっと辛かったでちゅね。ほーら、べろべろばー」
ロッカは何度も赤子をあやすような態度を取る。二人はまだ固まっていた。
「さ、そろそろ帰れよ」
先ほどの高いテンションと声は一転し、低くなる。
「……私はさ、君みたいの散々診てきてるんだよね。まさかここにこういう子がいるとは思ってなかったからさ。ちょっとびっくりしちゃったよ、ハハハ」
額に手を当てて笑うが、目は笑っていない。
「何このババア、キモいんだけど」
ロッカの方からカテリーナの表情は見えていないのか、気にせず暴言を吐き続ける。
「いやあ、懐かしい。そういう子って、大抵処置を始めればおとなしくなるんだよね。痛い、もうしません。止めてくださいーって」
そういうとカテリーナは鞄から手袋を取り出し装着する。
「ラウラちゃん、ちょっとこれ持ってて」
カテリーナはラウラに試験管のようなものを渡すと、鞄の中から注射器を取り出した。
「ありがと」
カテリーナは注射器に中身を移し替えると、片手で構える。
「さ、ちょっとじっとしていてもらおうか?」
「は?え?なになになに、怖いんだけど」
ロッカは詰め寄ってくるカテリーナに距離を置こうとするが、やがて壁にぶつかり追い詰められた。
「ちょっと我慢しようね」
「ひっ、ね、ねえそこのヒヨコ頭、助けてよ!」
「頑張って、すぐに終わるから」
ラウラは片手でロッカの手を掴んだ。
「動いたら失敗しちゃうよ?腫れあがる程度で済めばいいけど、下手したら神経が傷ついて」
「ひ、いいぃいいい」
「うーん。診た感じだと内部損傷はなさそうだね。前に吐血したのは口の中を噛んだか何かかな。擦り傷等外部損傷はほとんど消えている。さすがクラールスだ」
カテリーナは満面の笑みで診察を終えた。
「っち」
「ん?何か言った?」
「ひえっ、う……何でもないです」
「喉の腫れも目の充血もない。ここで寝ているのが不健康なくらい健康体だね。しいて言えばまだ栄養不足気味だから、きちんと食事を取って適度な運動をすれば何の問題もない」
「い、言いつける気かよ」
「そりゃあ、ね。報告はしないと。君の保護者だって心配してるだろうし」
「あっそ……」
「ま、今日はここまでだね。また来るよ」
「二度と」
「何?」
退出しようとしていたカテリーナが振り向くと、ロッカは身を縮こませた。
「……すみません」
ラウラはカテリーナの後を追おうとしたが、ロッカに声をかけようと振り返る。
ロッカは中指を立て舌を突き出していた。
「その……お大事に」
ラウラは声をかけるとその場を後にした。




