23:診察に同伴しに行こう
ラウラは朝日とともに目を覚ました。珍しいこともあるものだと考えながら、上体を起こすとその場で伸びをする。久しぶりに悪夢を見ずに睡眠をとれたおかげか、ラウラはすこぶる快調であった。
昨日倒れかけた時、過労に心労が重なったのだろうと診断され、ラウラはすぐに家へと帰宅した。夕飯を取る気力もなくそのままベッドに倒れこむと、眠りに落ちてしまったのだ。
せっかく早く起きたのだから、今日は何をしようかと考えを巡らせる。昨日の出来事を思い出すと胸が重たくなるが、暗くなっている場合ではない。
朝食後にカテリーナたちと共に、ロッカのもとへ向かう予定であるからだ。自分の犯した罪や嫌悪に向き合うのはそのあとだ。ラウラはそう考えてまた先延ばしにすることにした。
そうやって、ラウラは自分の不安定な心を守った。
部屋の扉を開けると、きれいに片付けられている空間が目に入った。前と違い、机には花が飾られテーブルクロスも敷かれている。
まずは何か飲み物を飲もうとコップを探していると、後ろから戸が開く音が聞こえた。
「おはようございます。早起きなんですね。遅くなって申し訳ありません」
「おはよう!エミリア」
思っていたより大声が出てしまったのか、ラウラは顔を少し赤くすると、手で口をふさいだ。
「その、今までずっと一人だったから。よろしくね、エミリア」
「はい、ラウラ様」
それからラウラはエミリアに普段着を難なく着せてもらうと、部屋のシーツを整え始めた。少なくとも起きたときよりは幾分かマシであるが、クシャクシャなことに変わりはない。しばらく苦闘しているとエミリアが部屋の扉を叩いた。
「朝食の準備が整いましたのでいらしてください」
「いかがされましたか……?開けますよ」
エミリアが扉を開けると、そこにはシーツを複雑な形に丸め頭を抱えたラウラの姿があった。
「あっ、あの。えーっと。整えようと思って、その」
ラウラは塊を伸ばしてどうにか戻そうとするが、大した変化にはならなかった。
「そちらは後で洗濯いたしますからお気になさらず、放っておいてください」
「……はい」
「これ、すごくおいしい。いったいどうやって、こんな上手くできるのかしら」
ラウラは心からそう思い発言したが、エミリアは独り言ととらえたようだ。返事がない。
「エミリア?」
「すみません、ぼーっとしていましたね。なんでしょうか?」
「もしかしてエミリアって朝に弱い?」
「いえ、そんなはずはないのですが」
「具合が悪いのだったら診てもらう?女医さんを紹介できるけど」
「そこまで深刻ではないので。必要になった時はお願いします」
エミリアは力なく微笑むが目は笑っていない。顔色もほんの少し良くないようにも見える。きっと自分と同じように、毎晩悪夢を見ているのだろうとラウラは考えた。
「それでは行ってきます。どのくらい掛かるかわからないから、お昼は向こうで食べていくね。体調が悪いと思ったら無理しないで。わたしが起こしてしまったのもあるし、お昼寝するのはどうかな」
「ありがとうございます。少しずつ良くなってきましたので、もう大丈夫です」
「そう……気を付けてね」
ラウラは後ろ髪をひかれながら、家の戸を開けて前へ踏み出すと、さらさらした筋肉質な何かにぶつかった。
「わっ、何?」
「おっと、呼ぶ前に出て来たか。調子はどうだ?」
ヤギの獣人レザルタスが、少し屈み込むとラウラに視線を合わせた。
「わたしは何とも。ただ、え……」
後ろを向くと、エミリアは真っ青な顔をして首を横に振っていた。視線がレザルタスの方にあることから、彼が苦手なのだろうと判断した。前へ向き直ると同じく、レザルタスも硬直している。
「いやあ、誰が悪いってわけじゃないけど。そ、そうだ今日はフクロウいないよな?」
「はい、あれから帰ってきてないと思いますけど」
「ならいいや。よし、行こう行こう。カルボスの所だろ?」
先を歩くレザルタスを気にしながら、ラウラは一度エミリアの傍に戻った。
「大丈夫?」
「え、ええ。少々あの方が苦手なだけです。行ってください」
「わかったけど、気を付けてね。行ってきます」
後を追うが歩幅が違いすぎて全く追いつかない。やがて追従することを諦めると、レザルタスがくるりと振り返った。
「あ、いけねえ」
レザルタスはすごい勢いで走り出すと、とび上がりラウラの横へ着地した。ドスンと地響きが鳴り響き、すぐ近くの家から「うるせえぞ」と怒鳴り声が聞こえた。
「悪い悪い」
クラールスより力はあるが、彼ほど長く軽やかに跳躍はできないのだろうと、ラウラは考えた。
「無駄に歩かせてごめんな、さ、乗った乗った」
レザルタスはその場に膝をつくと背中を叩いた。下方を向いているせいか、瞳孔が半回転している。
「えっ、結構です」
「うっそぉ………い、いや細かいこと気にすんなって!それとも抱えた方が」
「本当に必要ありませんから」
「それじゃあオレが来た意味って……」
「ぬし様に健勝であることを伝えて頂ければ、充分ですので」
「なんか距離あるなー、前も思ったけど。もしかしてフクロウに何か言われた?」
「いえ、とんでもない」
ラウラにとってレザルタスは、下町によくいるような距離感の掴めないタイプである。今までそのような者とは殆ど会話をしたことがなく、どう接していいのかラウラは考えあぐねていた。
「うーんやっぱりオレ怖い?でもあれは役割上仕方なくというか。あ、もちろんぬし様が悪いわけじゃなくて」
「あの、本当に結構ですので」
「っは、レザルタス、何やってるの?」
肩に手は届かなかったのか、レザルタスは後ろから蹴られた。しかしびくともしていない。
「なっ、おい!クラールス何すんだよ」
案の定レザルタスは痛いと言うことはなかった。
「頑丈が取り柄なんだからそのくらいなんともないよね?それよりどっか行ってくれる?」
ウサギの獣人クラールスが腕を組んで立っていた。
「出会い頭にそれ酷くね?」
「カテリーナが怖がるから、付いてきてほしくないんだけど」
「オレは!ラウラちゃんの様子を見なくちゃなんねえの!」
「カルボスやカルボスのあの子は、別に危害を加えないと思うけど?」
「んなことわかんねえだろ。特に後者は……それにカルボスもクラールスも、いざってときは自分の所の子を最優先するに決まってんだから、オレは必要だ」
「はあ、仕方ないなあ。だったら後ろの方で黙っていてくれる?」
「へーへー、わかりました」
「本当にわかってる?それでなくても君の姿を見たらカテリーナは……」
「わかったって!以前にもましてしつけえな」




