7.下準備は俺達
山賊「いや、それはそうっすけど……相手、国ですぜ?」
母さん「国だろうと何だろうと、悪いことしてる人がいるんだろ。その一番偉い人にやめなさいって言いに行くんだよ」
山賊「それを言いに行った国が二つなくなってるんすけど……」
母さん「じゃあ、よっぽど話を聞かない人なんだねぇ」
担当者は口を開きかけて閉じた。
たぶん間違ってはいない。
間違ってはいないのだがそれで片づけていい話でもなかった。
咎人「まじかよぉ……母さん、帝国の問題に首突っ込んじゃいかんてぇ!」
俺は机に両手をついた。
さっきまで映像が浮かんでいた場所を意味もなく睨む。
睨んだところで母さんの気は変わらない。
咎人「俺たちの組織の次に物騒で有名なんだから、流石に危ないてぇ!」
シェンリィ「おやおや。随分と真っ直ぐな性格の持ち主のようだね、君の母さんは」
咎人「真っ直ぐすぎるんだよ。進行方向に帝国があっても曲がらないんだよ」
シェンリィ「帝国の方に避けてもらうしかないね」
咎人「道ですれ違う話じゃないから」
俺は額を押さえた。
店の弁償をしなくていいと伝えれば少しは落ち着くと思ったが甘かった。
母さんはもうあの担当者の話を聞いてしまった。
捕まっている人がいる。帰れない人がいる。
それを知った後で自分の用事は済んだから帰ろう、とはならない。
咎人「まじの勇者かもしれない……」
紫苑「咎人様……?」
咎人「紫苑。帝国の資料、ある?」
紫苑「はい。すぐにお持ちいたします」
机の上に地図と数冊の報告書が並んだ。
《ガルゼイド帝国》。
力によって土地を奪い、力によって人を従え、力によって自分たちを正当化する軍事国家。
奪われたくなければ奪う者より強くあれ。
皇帝がそう言っているのだから下の連中も遠慮しない。
軍が通った村からは食料が消える。
抵抗した都市からは旗が消える。
それでも逆らえば都市そのものが消える。
世界で葬月の次に関わりたくない勢力、と言われているらしい。
紫苑「現在も周辺国への侵攻は継続しています。ただし、葬月の領域に近い部隊には進軍の制限が出されているようです」
咎人「そこはちゃんと学習したんだな」
帝国を治める皇帝ヴァルアス。
軍を従えるに足る強さも実際に持っている。
ただ威張っているだけの飾りではない。
……俺たちからすると見た目の割に弱かったけど。
以前、一度だけ懲らしめたことがある。
あの時は随分と物々しい登場だったから俺も少し期待した。
長い口上を最後まで聞いてやった。
結果、戦っていた時間より話を聞いていた時間の方が長かった。
咎人「ヴァルアスだけなら、多分母さんで何とかなる」
シェンリィ「昨日の店を見る限り、皇帝の方が心配になるね」
咎人「ただ……」
俺は次の報告書を開いた。
そこに描かれていた人物を見て指を止める。
紫苑「将軍ブレンダ。帝国軍の中でも特に警戒すべき人物です」
帝国の女将軍。
そして皇帝ヴァルアスより強い、とさえ言われている存在。
咎人「……こいつ、まだ会ったことないんだよな」
紫苑「はい。私たちが直接交戦した記録もありません」
シェンリィ「皇帝より強いって話が、どのくらい本当なのか。そこも気になるところだね」
報告書をめくる。
陥落した砦。敗走した軍。
ブレンダが関わった戦いの結果は幾つも記されていた。
だが肝心の戦い方がはっきりしない。
正面から潰したという話もあれば、気づいた時には指揮官が倒れていたという話もある。
残っている証言だけでは何をされたのか分からない。
咎人「ヴァルアスはともかく……こいつまで一緒に相手させるのは流石に嫌だな」
母さんは強い。
でも何ができるのか分からない相手を前にして大丈夫だろうで済ませたくはない。
それにあの国は戦場を選ぶ。
敵が強ければ強い相手と正面から殴り合わずに済む方法を探す。
人質を見せられた母さんがどうするか。
降伏したふりをして近づかれたら。
負傷した兵士が助けてくれと手を伸ばしたら。
……考えるほど嫌な想像が増える。
俺は報告書を閉じた。
仕方ない。自分のケツは自分で拭こう。
そもそも母さんが高額な仕事を探し始めた原因は俺だ。
俺がしでかした問題をいつまで経っても親に尻拭いしてもらうわけにもいかないしな。
咎人「……元は俺の不始末だ。俺が片づける」
紫苑がはっと顔を上げた。
紫苑「咎人様……素晴らしいお考えで……好きです……」
咎人「ありがとう。最後、感想が一段深かったけど」
紫苑「……っ。申し訳ありません、つい……」
シェンリィ「僕は聞き慣れてきたよ」
紫苑が報告書で口元を隠したところで扉が叩かれた。
俺は母さんの行き先を記した紙を裏返す。
咎人「どうぞ」
扉が開いた。
まず黒い棘が見えた。次に鋭い牙が見えた。
最後にそれらを全部連れている本人がひょいっと顔を出した。
ガングレリ「あれれぇん?ボスら何してんのぉん?」
⬆️ガングレリ
場違いなくらい軽い声だった。
ガングレリ「なんかやるならさぁ?俺ちゃんも混ぜてよ!今ちょうど暇してっからさぁ!」
葬月最高幹部、ガングレリ《不魔》。
シェンリィや紫苑と同格の異形の最高幹部だ。
背には大弓、肩の向こうには牙だらけの巨大な口。
大抵の人間はこいつが近づいてくるだけで逃げる。
それが口を開くとこれだ。
……こいつなかなか癖が強いんだよな。
何でも食っちゃう口よりもこの軽すぎる口の方が厄介だ。
シェンリィ「ちょうどよかった。君を呼ぼうと思ってたところだよ」
ガングレリ「うっそ。俺ちゃん空気読めちゃった?とうとう?」
咎人「読めたかどうかはこれからの話し合い次第かな」
ガングレリ「厳しぃ。入室しただけで試験始まってんじゃん」
ガングレリが椅子を引く。
その背後で大口が机へ近づいたので俺は地図を押さえた。
咎人「これは食べない」
ガングレリ「まだ何もしてないってぇ。信用ないなぁ」
咎人「その口、昨日俺の書類挟み食べたでしょ」
ガングレリ「紙は残したじゃん?」
咎人「気遣う場所そこじゃないんだよ」
俺は一度シェンリィと目を合わせた。
母さんのことは話さない。
シェンリィがごく小さく頷く。
咎人「ガルゼイド帝国に行く。今回は俺とシェンリィとお前の三人だ」
ガングレリ「おお?帝国?あそこの皇帝また何かやらかした?」
咎人「やらかし続けてはいるね」
ガングレリ「勤勉だねぇ」
咎人「褒めるな」
俺は地図の上へ帝国軍の配置図を重ねた。
咎人「神が呼んだ勇者がヴァルアスを止める依頼を受けた。その動きを見ながらこっちも帝国の内情を調べる」
ガングレリ「へぇ。ボスを倒す前に皇帝で練習する感じ?」
咎人「本人は練習のつもりじゃないと思うけどね」
ガングレリ「じゃ見物?いいねぇ、俺ちゃん特等席がいい」
咎人「働いてもらうよ」
俺は仮面の女将軍の肖像を置いた。
咎人「こっちの目標はブレンダ」
ガングレリの頭が少しだけ傾いた。
ガングレリ「ああ。この人、皇帝より強いってやつ?」
シェンリィ「そう言われてる。僕たちはまだ直接見てないけどね」
ガングレリ「おっ、じゃあお初だ。ご挨拶しなきゃ」
咎人「挨拶の前に調べる。居場所、護衛、能力。分かることから順番に」
紫苑が地図の一点へ印を置く。
紫苑「直近で確認されているのはこの軍事拠点です。ただし現在も滞在しているかは未確認です」
咎人「まずはそこだな」
シェンリィが指先でそこから皇都へ続く道をなぞった。
シェンリィ「勇者の進路と重なりそうだ。向こうも途中で迎え撃つつもりかもしれないね」
咎人「だからその前にブレンダを引き離す」
皇帝の隣に置いておかない。
母さんが通る道にも立たせない。
こちらへ向かせてこちらで終わらせる。
咎人「追い払うだけじゃ駄目だ。二度と戦線に戻れない状態にする。手段は実際に何ができる相手か確かめてから決める」
ガングレリ「皇帝は?」
咎人「勇者に任せる」
ガングレリ「んー?」
ガングレリが俺を見た。
ガングレリ「それ、勇者にめちゃくちゃ親切じゃない?」
やっぱりそこには気づくか。
俺が口を開くより先にシェンリィが笑った。
シェンリィ「神様の切り札だよ?どれほどのものか見ておきたいじゃないか」
ガングレリ「ほうほう」
シェンリィ「知らない将軍に横から刺されて終わったら、僕たちも見損ねるだろう?」
ガングレリ「あー、なるほどねぇ」
咎人「……そういうこと」
助かった。
今回はちゃんと助かった。
シェンリィは俺を見ずに地図の上へ指を戻した。
シェンリィ「皇都へ増援を回されるのも厄介だ。部隊の動きとブレンダの退路は僕が見るよ」
咎人「頼む。誰かを盾にして逃げられないようにしたい」
シェンリィ「うん。今回は逃げ道を増やすような真似はしない」
こっちを見て少し笑った。
店の件を言っている。
分かってるなら本当に頼むぞ。
咎人「ガングレリは兵器と罠。あと遠くからこっちを狙う連中を押さえてほしい」
ガングレリ「はいよぉ。飛んでくるものは俺ちゃんにお任せ。矢でも砲弾でもどんと来いってね」
咎人「民間人と捕虜がいる場所は先に確認して。建物ごと食べるのは禁止」
ガングレリ「俺ちゃんだって、そこら辺の分別はありますー」
紫苑「命令書や地図も回収をお願いいたします」
ガングレリ「はいはい。読めるものは残す。食えるものは――」
咎人「許可を取る」
ガングレリ「……はい」
少しだけ背後の口が閉じた。
本当に意思が連動しているから分かりやすい。
紫苑「私は城から情報を集めます。皆様から届いた報告と照らし合わせ必要なものをお送りします」
咎人「ありがとう。鵲には仕事を回さないでね。今回はちゃんと休ませたい」
紫苑「心得ております」
ガングレリ「鵲ちゃん、そんな大変だったの?」
咎人「……うん。色々あった」
シェンリィ「本当に色々ね」
咎人「その色々の一部はお前だからね」
シェンリィ「はーい。働きます」
俺は机の上に並んだ資料をもう一度見た。
皇帝ヴァルアス。
仮面の女将軍ブレンダ。
母さんは悪いことをしている皇帝にやめなさいと言いに行く。
だったらその話を横から邪魔する奴は俺たちで引き受けよう。
咎人「最優先はブレンダの確認と無力化。こちらの動きを勇者に知らせる必要はない。帝国軍にも気づかれるまでは気づかせるな」
ガングレリ「おっけぇ。こっそりやって、ばれたら堂々?」
咎人「……状況に応じて」
シェンリィ「君が一番得意なやつだね」
誰がとは聞かなかった。
俺は外套を手に取り立ち上がる。
咎人「支度ができたら出る。まずは下調べだ」
ガングレリ「最高幹部二人にボスまで連れて下調べぇ?帝国びっくりするだろうねぇ」
……母さん。
皇帝に説教するのは少しだけ待っていてくれ。
その前に俺が邪魔の入らない場所にしてくるから。




