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6.勇者適正母さん

咎人「はぁ……はぁ……ミッション……コンプリートだ……」


城の廊下に座り込んだまま俺は顔から付け髭を剥がした。

無事に帰ってきた。鵲も取り戻した。

全員生きている。店は死んだけど。

……まあ、成功だろう。


咎人「みんな、今日はもう休んで。店の後始末は、こっちで何とかするから」


黒服の部下たちが頭を下げ去っていく。

俺はその背中を見送ってから立ち上がった。


紫苑「咎人様」


咎人「……はい」


紫苑「お疲れのところ申し訳ありません。ですが、あの方について、そろそろお聞かせいただけませんか」


逃げられない声だった。

隣では鵲も花柄の袖を握ったまま俺を見ている。

そりゃ知りたいよな。

調べに行かされて、捕まって、着替えさせられて、店まで吹き飛んだんだから。


シェンリィ「僕も気になるなぁ。君があそこまで取り乱す相手なんて、初めて見たし」


咎人「……分かった。三人とも、こっちに来て」


近くの小部屋へ入る。

扉を閉め声が外へ漏れないようにしてから俺は椅子に座った。


三人の視線が集まる。


……まだ少しだけ。

ものすごく似ているだけの別人だと言い張りたい自分がいた。


だがあの叱り方。あの笑い方。

人が困っていると自分まで困った顔をして首を突っ込んでいくところ。全部知っている。


咎人「……母さんだよ」


紫苑「…………」


鵲「…………」


シェンリィ「……誰の?」


咎人「俺の」


沈黙。

シェンリィの尻尾まで止まった。


鵲「……咎人様の、お母様……?」


咎人「うん」


紫苑「咎人様を……お産みになった……?」


咎人「そうだね。その母さん」


言ってしまった。

言葉にした途端胸の奥が変に重くなった。

もう会えないと思っていた人がいる。

しかも俺を倒すために。


神様の奴本当に性格悪いな。


鵲「……そうでしたか」


最初に息を吐いたのは鵲だった。

何かが腑に落ちたように小さく頷く。


鵲「最強の方のお母様なら納得です。あの強さの秘訣は気になりますが……刃を向けて反抗しなくて良かったと、今思っています……」


咎人「うん……まあ、そうだね」


強さの秘訣については俺も知りたい。

前から怖かったけど前は店を消し飛ばしたりしなかった。

少なくとも俺が知っている限りでは。


鵲「知らなかったとはいえ、失礼をしてしまったかもしれません」


咎人「いや、巻き込んだのは俺だから。鵲が気にすることじゃないよ」


そう言ってから紫苑を見る。

さっきから妙に静かだ。

両手を膝の上で揃え真剣な顔で何か考えている。


紫苑「……お母様」


咎人「紫苑?」


紫苑「未来の咎人様の妻として……まずは、きちんとご挨拶を……」


咎人「ん?」


紫苑「ふつつか者ですが、咎人様のお身の回りは、私が責任をもって……お着替えから、ご入浴、夜のお世話まで……」


咎人「紫苑さん?」


紫苑「同じ寝所であれば、寝顔も毎晩……いえ、一晩中お見守りすることも……」


咎人「え?」


紫苑がぴたりと止まりゆっくり顔を上げる。


紫苑「…………声に」


シェンリィ「出てたね」


紫苑「……どちらから」


シェンリィ「未来のお嫁さんのところから」


紫苑の顔が首まで一気に赤くなった。

さっきの爆発より発火までが早い。


紫苑「ち、違……これは、その、先々を考えた礼節として……!」


咎人「礼節で入浴まで担当しないでしょ」


紫苑「……っ」


自分で追い打ちをかけてしまった。

紫苑は両手で顔を覆いそのまま小さくなった。

普段なら世界の継ぎ目だって見つける剣姫が今はこの場から逃げる隙間を必死に探している。


紫苑「……もう、顔を上げられません……」


咎人「大丈夫。ここにいる人しか聞いてないから」


紫苑「その中に咎人様がいらっしゃることが、一番……」


咎人「ああ……」


それはそう。


シェンリィ「僕はもっとあの暴れ具合を見たかったけどね」


何事もなかったようにシェンリィが椅子へ背を預けた。

紫苑への追及をやめてくれたことだけは助かる。


シェンリィ「あの力をこちらに向けてこない間は平和に過ごそうじゃないか。穏便にね。僕は平和主義なんだ。か弱いからね」


咎人「シェンリィは少し反省してなさい」


シェンリィ「はーい」


軽い。返事に重さが一切ない。

俺はため息をつき三人を見回した。


咎人「このことはほかの幹部にもまだ広めないでほしい。母さんにも俺が息子だって絶対に知られないようにする」


鵲「承知しました。誰にも話しません」


シェンリィ「分かった。そこはちゃんと守るよ」


紫苑「……私も、命に代えて」


咎人「命までは代えなくていいから。あとそろそろ顔を上げていいよ」



少し落ち着いてから鵲には休養を言い渡した。

本人はまだ調査できると言ったが今回は休んでほしい。

俺の事情に散々付き合わせたのだ。

花柄の服を着たまま退室する鵲を見送り扉が閉まる。

ようやく一息ついたところで俺は机の上の付け髭をつまんだ。


咎人「……でも、少し後味悪いな」


紫苑「鵲のことですか?」


咎人「いや。母さんの方」


店を壊した直後の申し訳なさそうな顔を思い出す。


咎人「多分母さん、自分のせいで店を壊したって思って弁償とかしようとすると思う。そうなったら厄介だ」


シェンリィ「責任感が強そうだものね」


咎人「強いんだよ。自分が悪いと思ったことには、特に」


紫苑「では、弁償は不要だとお伝えしては?」


咎人「うん。店長も店員も無事、店はこっちで何とかするから心配しないでって。母さんにはそう伝えよう」


そこでふと止まる。

商品。あの商品の値札。


咎人「…………あ」


シェンリィ「どうしたの?」


咎人「母さん、あの店の品物、全部あの値段だと思ってる」


シェンリィ「……ああ」


紫苑が顔を上げた。

俺たちはしばらく無言で見つめ合った。


咎人「……急いだ方がいいかもしれない」




その頃母さんは冒険者ギルドの掲示板の前にいた。

片手には瓦礫から拾った水筒の値札。

もう片方の手で依頼書の報酬額を指している。


母さん「……これを一回やってこのお金?」


山賊「そうっすね」


母さん「何回やれば水筒になるんだい?」


山賊「……結構、やらないと」


母さん「水筒までが遠いねぇ」


山賊「建物までだともっと……」


二人で黙った。

母さんは値札を畳んで懐へしまう。


山賊「師匠。店長さんも見つかんねぇですし、先に神様の用事を……」


母さん「借りを残したまま、世界を救うだなんて偉そうなこと言えないでしょう?」


山賊「師匠……!」


母さん「こっちはこっちで何とかしないとね」


受付へ向かいもっと報酬の高い仕事はないかと尋ねる。

昨日、店で起きた騒動は既にギルドへ伝わっていた。

一撃で武装集団を制圧した女性。

神に召喚された勇者だという話も。

受付係は一度奥へ下がり支部長を連れて戻ってきた。


支部長「……お話を聞いていただきたい依頼がございます」


案内された先には複数の国の紋章が掲げられていた。

机の向こうにいた担当者が深く頭を下げる。


担当者「ガルゼイド帝国の侵攻を受けた国々による、共同依頼です」


母さん「……帝国?」


担当者「皇帝ヴァルアスの侵攻を止め、占領地と捕虜を取り戻していただきたいのです」


依頼書が広げられた。

母さんと山賊が並んで覗き込む。


山賊「……師匠。店、いけます」


母さん「そうだねぇ」


担当者「ですが、金額だけで判断なさらないでください」


男は地図を広げた。

いくつもの印がついている。

消された国境線。塗り替えられた領地。

帰ってこない捕虜の数。


担当者「既に三か国が降伏し、二か国が地図から消されています。並の討伐依頼とは……」


母さん「つまり、他所の家に押しかけて、物を奪って、逆らったら殴ってるんだろ?」


担当者「……大まかには」


母さん「で。その皇帝ってのを懲らしめて、取った物を返させればいいんだね?」


山賊「師匠、それ、国単位の話なんすけど……」


母さんは地図を見ていた。

報酬額からはもう目が離れていた。


母さん「捕まってる人たちはご飯、食べさせてもらえてるのかい?」


担当者「……分かりません。連絡も、途絶えているので」


母さん「そうかい」


その時受付係が小さく扉を叩いた。


受付係「失礼します。こちらにいらっしゃる方へ、お手紙を預かったと……」


黒服に目隠しをした男が入口で一礼する。


母さん「あら。あんた、昨日のお店の……!」


部下「店長から、お預かりしております」


差し出された手紙を母さんが開く。

店長も従業員も無事であること。

店の後始末はこちらですること。

弁償は不要であること。

読み終えた母さんはほっと息を吐いた。


母さん「……よかった。みんな無事だったんだねぇ」


山賊「師匠!じゃあ、金はもう……!」


母さん「ああ。本当にありがたいね」


母さんは手紙を丁寧に畳んだ。

それから担当者へ向き直る。


母さん「それで。捕まってる人たちはどこにいるんだい?」


山賊「……受けるんすか?」


母さん「お店の人たちが無事だったのと、この人たちが困ってるのは別の話だろ?」

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