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4.地下で俺達を倒す会議をするな

母さんが始めた最初の仕事は服売り場の整理だった。

そしてその手伝いに選ばれたのが鵲だった。


母さん「この服、棚に畳んで置くだけじゃ分かりにくいねえ。ちょっと着てみてくれる?」


鵲「……私が?」


母さん「そう。あんたなら似合うと思って」


最初は普通の外套だった。次が花柄のワンピース。

その次には大きなリボンが追加され今はつばの広い帽子まで載せられている。

さっきまで片手で双刃の武器を扱っていた少女が両手で帽子の縁を握っていた。


母さん「あらぁ、可愛いじゃない!」


鵲「……目立つ」


母さん「そうねえ。これなら遠くからでもすぐ分かるね」


鵲「……それが、嫌なのに」


声が小さかった。

俺は聞こえなかったことにした。

今は母さんの機嫌がいい。

下手に流れを変えるべきではない。


シェンリィ「ふふ。よく似合ってるよ、鵲」


色眼鏡を少し下げシェンリィが笑った。


シェンリィ「今なら僕でも見つけられそうだね」


鵲がゆっくり顔を向ける。

その目が潤んでいた。


鵲「……覚えといてください……」


シェンリィ「おや。褒めたのに?」


鵲「はい。忘れません……絶対に」


シェンリィは紫苑と同じ最高幹部だ。

鵲にとっては上司に当たる。

敬語は崩れない。

ただし目に込められたものまで敬意とは限らなかった。


シェンリィ「そんなに見つめられると、僕も照れちゃうなあ」


鵲「……」


また一粒落ちた。

俺はそっと目を逸らした。

鵲、耐えてくれ。もう少しで隙ができる。


母さん「店長さん、どう?この子が着てくれてると服もよく見えるでしょう?」


咎人「……ええ。大変、よく」


鵲が俺を見た。

助けに来たんですよね、という目だった。

そうだよ。俺だってそのつもりで来たんだよ。



店の扉が開いた。


男「……ここか」


聞き慣れない声だった。

顔を上げる。

黒服でも目隠しでもない男が立っていた。

その後ろからさらに数人。


厚い外套に旅の埃。腰には剣。

一人は長い包みを背負っている。

俺は下僕へ目を向けた。小さく首を振られる。

シェンリィを見る。

こちらも知らないという顔で肩をすくめた。


……本物の客だ。


男「地下を借りている者だ。予定どおり使わせてもらう」


地下?

そういえば建物を借りた時に言われた気がする。


店は使っていい。

ただし地下の集会室には別の予約が入っている。

その時は地下に用などないと思っていた。

俺に必要だったのは母さんと鵲を引き離す試着室だけだったからだ。


咎人「……ああ、はい。どうぞ」


男達が店内へ入ってくる。

先頭の男が紫苑を見たところで僅かに足を止めた。

続いてシェンリィを見る。


黒い角。蒼黒い尾。薄い笑み。

男の目が少し細くなる。

俺は内心で舌打ちした。


そうだ。こいつら外見が目立つ。


男「……そちらの二人は」


紫苑「お席のご用意をいたしましょうか」


シェンリィ「僕の顔に何かついてる?」


シェンリィが色眼鏡の上から男を見た。

男の後ろにいた痩せた男が小声で言う。


痩せた男「……どうした」


男「いや。噂で聞いた葬月の――」


痩せた男「お前、顔を見たことがあるのか?」


男「……ない」


痩せた男「俺もだ。まさかこんな店にいるわけがないだろう」


男がもう一度二人を見る。

紫苑は前掛けを着け試着用の服を腕に抱えていた。

シェンリィは値札を見ている。

そして最高の潜入担当は花柄の服で泣いていた。


男「……そうだな」


納得された。

助かった。助かったが少し腹が立つ。


男「店主。会議の間、余計な者を地下へ入れるな」


咎人「承知いたしました」


男「葬月の手の者に知られるわけにはいかん」


俺は店の中を見回した。


右に葬月。左に葬月。会計台の後ろにも葬月。

その頂点が今、店員の前掛けを着けている。


咎人「……何の会議でしょうか」


男「咎人討伐だ」


俺は一度頷いた。それからもう一度聞いた。


咎人「誰の?」


男「咎人だ」


聞き間違いではなかった。

シェンリィが口元を手で覆った。

肩が震えている。


笑うな。お前も対象に入ってるからな。


母さん「あら。咎人さん?」


男達が一斉に母さんを見る。


母さん「あんた達もその人に用があるの?」


男「……何者だ」


母さん「あたしも、神様にその人を倒せって言われて来たんだけど」


店内が静まった。男達が顔を見合わせる。


痩せた男「……神託の勇者か?」


母さん「そう呼ばれたねえ。まだ何が何だか分からないんだけど」


シェンリィ「ちょうどよかったね。お互い、話を聞いてみたら?」


俺はシェンリィを見た。

その顔にははっきり書いてあった。

もっと面白くなりそう、と。


男「……よければ、同席していただきたい」


母さん「いいよ。あたしもその咎人さんが何をした人なのか聞きたかったし」


シェンリィ「店長。お茶、人数分お願いできる?」


お前が仕切るな。



地下の集会室にお茶を運んだ。

俺を倒す会議へ俺が淹れたお茶を。


母さんは長机の端に座りその隣には鵲。

帽子こそ外していたが大きなリボンはついたままだった。

シェンリィは当然のように椅子を引き紫苑は俺の後ろへ控える。


男「まず、敵について説明しておこう」


咎人「……失礼します。お茶です」


男「葬月総帥、咎人。自ら世界の王を名乗る傲慢で冷酷な男だ」


俺は茶を置いた。


男「目的のためならば、配下すら道具として使い捨てる」


鵲を見る。

その配下を一人連れて帰るためだけに俺は店を借りている。

今も帰れていない。


シェンリィ「へえ。ひどい奴だね」


咎人「お客様。お茶が熱くなっておりますので」


シェンリィ「僕のだけやけに湯気が多くない?」


男「奴を正面から討つのは難しい。神ですら手を焼く相手だ」


そこは分かっているらしい。


母さん「そんなに強いの?」


男「ああ。率いている連中も化け物揃いだ。特に、最高幹部は――」


紫苑が静かに皿を置いた。

男の視線が一瞬そちらへ動く。


紫苑「お菓子もどうぞ」


男「……ああ」


シェンリィ「それで?どうやって倒すつもりなのかな」


男は机の上へ地図を広げた。

黒都へ向かう街道に赤い印がついている。


男「まず、ここを通る商隊を押さえる」


俺は茶器を持つ手を止めた。


男「人と荷を確保し黒都へ通告する。助けたければ咎人本人が出てこいとな」


母さん「……押さえるって?」


男「捕らえる、という意味だ」


母さん「その人達はあんた達に何かしたの?」


男「葬月へ物資を運ぶ者達だ。奴らを支えている以上、無関係とは言えん」


母さんが机の上の地図を見る。

それから男へ視線を戻した。


母さん「それ、ただのお客さんや荷運びの人もいるんじゃないの?」


男「犠牲なくして、あの怪物は倒せん」


母さん「犠牲になるの、あんたじゃないじゃない」


部屋の空気が変わった。男の口元から笑みが消える。

その間に鵲が椅子の背へ預けていた外套を手元へ寄せた。

布に隠れた黒腕から細い雷が床へ落ちる。

音はなかった。

さっきまで潤んでいた片目が静かに周囲を見ていた。


男「……勇者殿。相手は話の通じる人間ではない」


母さん「だから、関係ない人を捕まえていいって?」


痩せた男「こちらも覚悟を決めている。今さら綺麗事を言われても困る」


母さん「綺麗事じゃないよ。困るのは捕まる方でしょうが」


鵲が背後の紫苑へ僅かに顔を向けた。


鵲「……外に四人。裏口に二人です。こちらの部屋を囲む位置にいます」


紫苑「分かりました」


紫苑の指が皿の縁を一度叩く。

階段の上にいた下僕が静かに離れた。

シェンリィはまだお茶を飲んでいた。

ただ色眼鏡の奥の目は笑っていない。


男「店主」


急に呼ばれた。


咎人「……はい」


男「上の客を帰せ。それから扉を閉めろ」


母さん「何で?」


男「話が長くなりそうだからだ」


椅子が鳴り男が立ち上がる。

その手が母さんの腕へ伸びた。


男「勇者殿には、もう少し我々の事情を――」


指が止まった。


男「……っ?」


肘から先が不自然に震えている。

鵲が顔を上げた。


鵲「触らないで」


男が鵲を見る。

大きなリボン。花柄のワンピース。

その袖口から覗く黒腕に青い光が走っていた。


男「……お前、何をした」


鵲は答えなかった。

頭のリボンを外し丁寧に机へ置く。

それから静かに立った。


母さん「あら。鵲ちゃん……?」


母さんの声に鵲の肩が僅かに跳ねた。

だが今度は目を逸らさなかった。


鵲「……少しだけ、座ってて」


痩せた男が腰の武器へ手をかける。

紫苑が一歩俺の隣へ出た。

シェンリィはようやく茶器を置いた。

椅子を引いて立ち上がり階段の前へ移動する。

蒼黒い尾がゆっくりと出口を塞いだ。


シェンリィ「お会計、まだだよね?」


男「……何の話だ」


シェンリィ「椅子。壊したでしょ、さっき立ち上がった時に」


男の足元では椅子の背板が割れていた。

シェンリィが色眼鏡を少し下げる。


シェンリィ「ここの店長、値段にはうるさいんだ」


薄い笑みが戻った。


シェンリィ「覚悟した方がいいよ」


俺は母さんの前に置かれた茶器を端へ寄せた。

ついでに机の上の地図も回収する。


母さん「……店長さん?」


咎人「申し訳ございません、お客様」


前掛けの紐を、ゆっくり解く。


咎人「少々、店内が騒がしくなりますので」

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