3.母さん、その店全員サクラです
鵲は何とか誤魔化した。
咎人という名は配信で知っているだけ。
先ほど叫んだのは世界最強の男なら助けてくれるかもしれないと思ったから。
かなり苦しい説明だったが母さんは納得したらしい。
母さん「ああ、有名な人なんだねぇ。その咎人さんって」
鵲「……うん。そう」
映像の中で鵲が小さく頷く。
その手はまだ母さんに握られていた。
俺は玉座に座り直した。
母さんだ。もう疑う余地はない。
あれは俺の母さんだ。
そして今、うちの潜入担当を連れて町へ向かっている。
紫苑「咎人様。鵲を迎えに参りますか?」
咎人「……普通に迎えに行ったら俺達との関係を聞かれるよな」
紫苑「そうですね」
咎人「しかもこっちは隠れて調べさせてたわけだし」
母さんはそういうところを気にする。
何で隠れていたの。何を調べていたの。誰に頼まれたの。
聞かれる。絶対に聞かれる。
そして答え終わるまで帰してくれない。
俺は顎に手を当てた。
正体を知られず母さんの注意を引きつけその間に鵲を取り返す。
できれば冒険そのものも諦めてほしい。
母さんが嫌がるもの。
無駄遣い。割に合わない買い物。高すぎる値札……それだ。決めたぞ。母さんを追い返せる作戦を……!
咎人「紫苑。店を用意してくれ」
紫苑「お店、ですか?」
咎人「旅用品の店だ。あの人達が向かってる町で空いてる建物を借りる。商品はすぐ揃えられる物でいい」
紫苑「かしこまりました」
咎人「俺が店長になる。値段で揉めてる間に鵲を試着室へ連れていって。裏から帰せるようにしておこう」
旅に必要な物がとんでもなく高い。
そうと分かればさすがの母さんも考えるはずだ。
いったん神殿へ戻ろう。
冒険なんてそう簡単には始められない。
そう思ってもらえればこちらの勝ちである。
咎人「あと、普通の値段に見せるための客も必要だな」
シェンリィ「へえ。面白そうな話をしてるね」
⬆️シェンリィ
いつの間にか玉座の間の扉にもたれている奴がいた。
薄く笑ったシェンリィがこちらへ歩いてくる。
シェンリィ「君が店長?僕、常連客をやってもいい?」
咎人「……ちゃんと作戦に協力してくれるなら」
シェンリィ「もちろん。こんなに困ってる君を放っておけるわけないじゃないか、僕はいい女だからね。」
頼もしい言葉だった。言葉だけは。
一時間後。
俺は旅用品店の会計台に立っていた。
冠はない。禍々しい外套もない。
髪の色を変え、眼鏡をかけ、髭までつけた。
鏡を見る限りかなり誠実そうな店主だった。
誠実そうなだけで値札は普段の十倍である。
店内には黒服に目隠しの客達。
売り場を行き来する店員達も黒服に目隠し。
紫苑だけは店員用の前掛けを着け試着室の近くで待機している。
完璧だ。
扉の鈴が鳴った。
母さん「あら、ここじゃない?旅の道具を売ってるって」
来た。
母さんと鵲と元山賊。
何だこの組み合わせ。
咎人「いらっしゃいませ」
声を少し低くして頭を下げる。
鵲が俺を見た途端一瞬目を丸くする。
俺は眼鏡の位置を直すふりをして小さく頷いた。
迎えに来たぞ。安心しろ。
今回は全員でお前を取り返す。
母さん「……あら。ここの人達みんな目を隠してるのねえ」
咎人「今、流行っておりまして」
母さん「そうなの?買い物するのに不便じゃない?」
客役の下僕が目隠しのまま水筒を取った。
下僕「これを頂こう」
咎人「ありがとうございます」
代金を受け取り商品を渡す。
下僕は深々と頭を下げた。買った側なのに。
俺は目だけで早く行け、と伝えた。
母さんは棚の値札を見ていた。
母さん「……へえ。結構するんだねえ」
よし。来るぞ。そんなに高いわけがない。
もう少し安くならないか。
その話をしている間に鵲を――。
シェンリィ「おや。これ、随分安くなったね」
棚の向こうからシェンリィが現れた。
手には水筒。
シェンリィ「僕が買った時は倍くらいしたのに」
咎人「……本日は、特別価格でして」
シェンリィ「ひどいなあ。僕ここの常連なのに」
母さん「あら、そうなの?」
シェンリィ「うん。ここ品物はいいんだ。店長も親切だしね」
シェンリィが俺へ微笑む。俺も微笑み返した。
そこまではいい。実にいい仕事だ。
母さん「それじゃあ、本当にお得なんだねえ」
咎人「……ええ」
母さん「でも今は持ち合わせがないからねえ」
元山賊が慌てて懐を探った。
山賊「師匠!俺の金を使ってくだせぇ!」
母さん「あるの?」
山賊「……ちょっとだけ」
掌に載った硬貨を見て母さんが苦笑する。
母さん「あんたも無理しなくていいよ」
山賊「すいやせん。剣だの何だの買い揃えたばかりで……」
母さん「形から入っちゃったんだねえ」
剣はさっき母さんが折った。
俺は咳払いをした。
咎人「……でしたら、こちらのお連れ様だけでも外套をご覧になりますか?」
鵲へ視線を向ける。
咎人「試着は無料ですので」
紫苑がすぐに動いた。
紫苑「こちらへどうぞ。奥でお身体に合う物をお選びいただけます」
鵲が小さく頷く。
ようやく帰れる、という顔だった。
母さん「ああ、いいんじゃない?見せてもらったら」
よし。
そのまま。そのまま行け。
シェンリィ「せっかくだし、君も一緒に見てあげたら?」
母さん「え?」
シェンリィ「服って、自分じゃ分からないこともあるからさ。似合うかどうか見てくれる人がいた方がいいよ」
母さん「それもそうねえ」
ちょ、おま、ばか!
母さんが鵲についていこうとする。
俺は慌てて会計台を出た。
咎人「お、お客様!こちらもご覧ください!」
母さん「何だい?」
咎人「こちらの鍋!旅先では非常に重宝する品でして!」
母さん「あら、鍋」
止まった。
母さんは料理道具に興味がある。
知っている。俺は息子だからな。
咎人「底が厚く、丈夫で、長くお使いいただけます!」
母さん「……ちょっと持ってもいい?」
咎人「もちろんです!」
俺は背中で紫苑へ行けと合図した。
紫苑が鵲を連れてもう一度試着室へ向かう。
あと少し。
シェンリィ「あ、その鍋。大きい方もあるよ」
母さん「そうなの?」
シェンリィ「ほら、君達、三人で旅をするんだろ? 人数分作るならこっちの方が便利じゃない?」
違う。三人で旅はしない。
そのうち一人は今日限りで返してもらう。
母さん「鵲ちゃんちょっとおいで。あんた、どのくらい食べる?」
鵲の足が止まった。
俺はゆっくりシェンリィを見た。
シェンリィは鍋を抱え薄く笑っていた。
間違いない。こいつ分かってやっている。
咎人「……お客様。少々、こちらへ」
シェンリィ「何かな、店長」
棚の陰へ連れていき声を落とす。
咎人「何してんの?」
シェンリィ「買い物のお手伝い」
咎人「鵲を取り返すお手伝いをして?」
シェンリィ「してるよ。ちゃんとお客さんを信じさせたじゃないか」
それはそうだ。それはそうなんだが。
咎人「俺が注意を引いてる間に帰してほしいんだよ」
シェンリィ「うん。分かった」
咎人「本当に?」
シェンリィ「もう。そんなに疑うなんてひどいなあ。僕、傷ついちゃうよ?」
傷ついたふりをしながら指の隙間から俺を見ている。
それ傷ついてない時のやつ。
母さん「店長さん?」
咎人「はいっ」
振り向くと母さんが鍋を棚へ戻していた。
母さん「色々見せてもらって悪いんだけど、やっぱり今は買えないねえ」
咎人「いえいえ。お気になさらず」
よし。これで旅の難しさを感じてくれれば――。
母さん「ねえ。このお店、人手は足りてる?」
俺は笑顔のまま固まった。
咎人「……はい?」
母さん「あたし、少し働かせてもらえないかね。掃除でも、荷運びでも。旅の道具を揃えるお金くらいは稼がないといけないし」
咎人「足りてます」
返事が早すぎた。
母さん「あら、そうなの?」
咎人「ええ。人手は十分に足りておりまして」
母さん「そう。残念だねえ」
シェンリィ「でも店長、さっき困ってたじゃないか」
俺は目を閉じた。
シェンリィ「『誰か助けてくれ』って」
咎人「あれは、人手の話ではございませんので」
シェンリィ「そう?こんなに忙しそうなのに」
シェンリィが店内を見回す。
黒服の客が次々に商品を持ってくる。
黒服の店員が棚を整える。
会計の前にはいつの間にか行列までできていた。
全員俺の指示に忠実だった。
母さん「本当だ。繁盛してるんだねえ」
咎人「……おかげさまで」
母さん「少しくらいなら手伝えるよ。ほら、あの子も大変そうじゃない」
紫苑が試着用の外套を持ったまま行き場を失って立っていた。
隣の鵲も俺を見ている。
まだか、と言いたそうだった。
母さん「この子の分だけでも何か用意してあげたくてねえ。さっき、ずいぶん怖い思いしてたみたいだから」
鵲の頭へ母さんがそっと手を置く。
鵲は少し肩を揺らしたが今度は逃げなかった。
俺は黙った。
……そういうのはやめてくれ...そんな理由を出されたら。
咎人「こちらの外套は、無料です」
紫苑「……店長?」
咎人「初めてご来店のお客様への、特典でして」
母さん「あら、いいの?」
咎人「ええ。もちろん」
シェンリィ「僕も初めてなんだけど?」
咎人「お前、常連だろ」
シェンリィ「あ、そうだった」
こいつ。
シェンリィ「ふふ。ごめんね、店長」
俺は紫苑から外套を受け取り母さんへ差し出した。
咎人「どうぞ。お気になさらず、お持ちください」
これで鵲を試着させる。そのまま裏口へ。
今度こそ。
母さんは外套を見てそれから俺を見た。
母さん「……あんた、いい人なんだねえ」
咎人「いえ。それほどでも」
母さん「でもこんな高い物、ただで貰うのは悪いよ。やっぱり何か手伝わせておくれ」
何でだよ。
金を取ろうとしても働く。無料にしても働く。
どうしたら帰るんだこの人。
シェンリィ「いいんじゃないかな、店長」
シェンリィが母さんの隣へ並んだ。
シェンリィ「一日だけでも、お願いしてみたら? 僕、この人なら安心して任せられると思うよ」
母さん「あら、ありがとう。頑張るよ」
母さんが袖をまくった。
まずい。
あれはもうやると決めた時の動きだ。
咎人「ちょ、おま、ばか……!」
シェンリィ「ん? 何か言った?」
俺にだけ見える角度でシェンリィが笑う。
母さん「それで店長さん。何からやればいい?」




