2.幹部持ってかれたんだけど
映ったのは木々に囲まれた街道だった。
あの女性が一人で歩いている。
少し離れた木陰で鵲と下僕が身を潜めていた。
鵲の黒腕は外套に隠され、地面へ伸ばしたごく細い黒雷だけが周囲の動きを拾っている。
鵲「神殿を出て近くの町へ向かっています。今のところ、同行者はいません」
咎人「……そう」
鵲「ただ、前方に人がいます」
道を塞ぐように三人の男が立っていた。
擦れた革鎧。腰の剣。
脇へ放り出されたどこかで奪ってきたらしい荷袋。
山賊だった。
山賊「おい、そこの女。ちょっと止まりな」
女性「……何?」
山賊「ここを通るなら金を置いていけ」
女性「お金?持ってないよそんなの」
山賊「じゃあ持ってる物を全部出せ。こっちで確かめてやる」
男が女性の腕へ手を伸ばした。
女性は一歩下がる。
怒鳴りもしない。逃げ出しもしない。
ただ呆れたように男達の顔を順番に見た。
女性「あんた達、そうやって弱そうな人をいじめて満足してる輩でしょ?ほんと、どこにでもいるわよねぇ。そういう馬鹿な人達」
俺は玉座の上で僅かに背筋を伸ばした。
鵲が黒腕を覆っていた外套をずらす。
山賊「てめぇ舐めてんのか!?殺すぞ女ァ!」
男が剣を抜いた。
咎人「ちょ、鵲――」
鵲「動きます」
その瞬間女性が両手を上げた。
女性「ちょっと!危ないでしょうが!」
構え、というには頼りなかった。
片足を引き掌を前へ向ける。
指を開いたかと思えば、握りかけ、また開く。
女性「ええと……力を込めて、前に……こう?」
掌に小さな赤い光が灯った。紫苑の表情が変わった。
紫苑「……咎人様」
光が膨らむ。
山賊「な――」
女性「……えいっ」
掌を押し出した。
轟音。
赤い閃光が街道を走り男の剣を弾き飛ばした。
続く衝撃が身体をさらい背後の木へ叩きつける。
幹が大きく軋んだ。
男は地面へ崩れ落ちそのまま動かなくなった。
一発だった。
女性「……あら」
突き出した手をそのまま見つめている。
残った山賊達は倒れた仲間と女性を交互に見た。
次の瞬間、荷袋も置き去りにして逃げ出した。
女性「ちょっと!仲間置いてくんじゃないよ!」
返事はない。
女性は困ったように眉を寄せ倒れた男へ近づいた。
女性「もう……だから、危ないって言ったのに」
木陰で鵲が動きを止めていた。
黒腕に集めていた雷が細く散る。
鵲「……今の、見えましたか」
下僕「はい。映像もそのままお送りしております」
城では俺と紫苑が黙っていた。
紫苑は浴衣を脱いだまま膝の上でそれを握り締めている。
紫苑「術の扱いは初めてのように見えました。あの動きで、この威力を……」
俺は返事をしなかった。
映像の中の女性が男の顔を覗き込む。
女性「聞こえる?あんた大丈夫?……まったく、人の話を聞かないからこうなるのよ」
あの声。あの言い方。
怒っていたくせに相手が倒れると放っておけなくなるあの感じ。
俺はゆっくりと顔を覆った。
咎人「やったわ……あー、まじやったわ……こりゃ本物だわ」
倒れていた山賊がゆっくりと目を開けた。
女性「……ああよかった。起きたね」
その顔を母さんが覗き込んでいる。
女性「立てる?無理ならもうちょっと座ってな」
山賊はしばらくぽかんと母さんを見上げていた。
次に自分の身体を見る。
擦りむいた腕には布が巻かれていた。
弾き飛ばされた剣も手の届かない場所へきちんと置かれている。
山賊「……あんたがやってくれたんで?」
女性「他に誰がいるのよ。仲間はみんな逃げちゃったし」
山賊「俺ぁ、あんたを襲ったんですぜ」
女性「知ってるよ。だから怒ってるんじゃない」
母さんが腰に手を当てた。
女性「でも、怪我して倒れてるのを放って帰るのも、後味悪いでしょ」
山賊の顔がくしゃりと歪んだ。
俺は嫌な予感がした。
山賊「……惚れました」
咎人「は?」
山賊が勢いよく地面へ両手をついた。
山賊「その強さ!その逞しさ!しかも自分を襲った野郎にまで情けをかけてくださるその優しさ!俺ぁ惚れました!」
やめろ。
山賊「師匠と呼ばせてくだせぇ!」
母さんが目を丸くしそして笑った。
女性「えぇ?なんだい急に。元気な子だねぇ。はっはっは!」
なにわろてんねん。
こっちはマジで笑えないんだけど。
山賊「お願いします!何でもします!」
女性「じゃあもうこんな馬鹿なことはやめな。話はそれからだよ」
山賊「へい!今日限りで足を洗いやす!」
早い。人生の進路変更が早すぎる。
さっきまで道で人を襲っていた男がもう母さんの弟子になろうとしている。
紫苑「……人を従えることにも、長けているようですね」
すぐ近くで声がした。俺は視線を下げる。
紫苑が俺の膝に座っていた。
浴衣はまだ着ていない。
畳んだそれを膝へ載せ真剣な顔で映像を見つめている。
咎人「……てか、いつまで俺の膝の上に乗ってんの、紫苑さん」
紫苑「お邪魔でしたか?ご不安そうでしたので、おそばにと思いまして」
咎人「そばって、もう少し範囲あるからね」
紫苑が少しだけ身体を横へ寄せた。
膝からは降りなかった。もういいや。
俺は顔を上げ映像の向こうへ声をかけた。
咎人「……十分な情報は、もう取れた」
木陰の鵲が僅かにこちらへ顔を向ける。
咎人「嫌なほどにね。部下達も鵲ももう戻っておいで」
鵲「よろしいのですか?まだお名前も伺えていませんが」
咎人「うん。もう大丈夫。多分そこに長居すると……」
鵲が音もなく片足を引いた。
黒腕から地面へ伸ばしていた雷を消し外套の裾を押さえる。
葉擦れすら起きなかった。
それなのに女の顔がこちらを向いた。
女性「あら?まだ誰かいるのかい?」
俺の背中が冷えた。
山賊「えぇ?いや、俺の仲間はさっき逃げたあいつらしかいねぇでっせ?」
女性「そう?でも今そっちに……」
咎人「……まずい」
鵲が動きを止める。まだ見つかっていない。
気配を探られているだけだ。
普通ならそう考える。
だが駄目だ。それは駄目だ。
咎人「逃げろ……」
紫苑「咎人様?」
咎人「早く逃げろ、鵲!」
鵲「……え?」
映像の中で母さんが木陰へ歩き出した。
鵲は幹の裏へ身体を滑らせる。
角度を変えた。足場を選んだ。
影の濃い場所へ完全に姿を溶かした。
俺にすら一瞬どこにいるか分からなくなる。
完璧だった。
でも女は迷わずその木の裏を覗いた。
女性「おやまぁ。こんな所で何してるんだいお嬢ちゃん?」
咎人「かささぎぃ!!!」
鵲が固まった。
女と目が合っている。
鵲「……え」
女性「一人?誰かとはぐれたの?」
鵲「うそ……私が……バレた?」
声が掠れていた。
あの鵲が。
敵の基地に入り込もうが厳重な警備を掻い潜ろうが一度として姿を見つけられたことのない鵲が。
葬月の中でも随一の潜入の才能を持つ幹部が。
その辺の木陰で普通に発見された。
鵲「……何で。音も、気配も……」
女性「ん?どうしたの?」
女が顔を近づけると鵲は後ずさった。
だが背中が木の幹へ触れる。
逃げる場所を選び直す前に女がまた一歩近づいた。
鵲の目に涙が溜まった。
積み上げてきた自信が折れたのか。
至近距離の女が普通に怖かったのか。
俺には分からない。
ただその気持ちは痛いほど分かった。
女性「あらぁ?どうしたの。泣いちゃって」
鵲「な、泣いて……」
最後まで言えなかった。
女は困ったように眉を寄せそれから山賊を振り返った。
女性「ちょっと。あんた達がさっき暴れてたからじゃないのぉ?」
山賊「ちげぇっすよ!俺達他にはまだ誰にも手出してねぇっす!初めての相手が師匠でした!」
女性「あら、そりゃ最悪なくじ運だったねぇ」
本当にそうだと思う。
山賊「でも、おかげで目が覚めやした!」
女性「それはよかったね。ほら、あんたも怖い顔してないで少し離れてな」
山賊「へい!」
さっきまで人に剣を向けていた男が素直に三歩下がった。
女は再び鵲へ向き直る。
女性「もう大丈夫だからね。あの馬鹿はもう変なことしないって」
鵲は首を振った。そっちではない。
怖いのはそっちではないんだ。
女性「……あら、よく見たら可愛い顔してるじゃない。そんな顔して泣かれると困っちゃうわねぇ」
女が鵲の頬に落ちた涙を指で拭った。
鵲の肩がびくりと跳ねる。
女性「目、怪我してるの?そっちの包帯痛くない?」
鵲「……だ、大丈夫」
女性「そう。それならいいけど。こんな所に一人でいたら危ないよ」
俺は口を開いた。何て説明すればいい。
そこにいるのは危ない山道に迷い込んだ女の子ではない。
その山道にいる大抵のものよりずっと危ない女の子だ。
女性「あたし、これから町へ行くんだけど。一緒においで」
女が鵲の手を取った。
鵲「……え」
女性「どこかへ行く途中だったんだろ?道が分かる所まで一緒に行こうか」
鵲「い、いや。私、戻らないと……」
女性「戻るの?じゃあその道まで送ってあげる。どっち?」
鵲がこちらを見た。
正確には下僕が映像を送っている場所を。
助けを求める目だった。俺は玉座から立ちかけた。
紫苑が膝に乗っているせいで立てなかった。
咎人「紫苑、ちょっと降りて。今、本当に」
紫苑「は、はい」
その間にも女は鵲の手を引いて歩き出す。
山賊が当然のようについていった。
鵲「ま、待って……違う、私……」
女性「大丈夫だって。何もしないよ」
鵲「え、いや、やだ!助けてぇ!咎人様ァァ!」
母さんの足が止まった。俺の息も止まった。
女性「……ん?とがびと?」
鵲が口を押さえる。
母さんは鵲の顔を覗き込み少し嬉しそうに笑った。
女性「あんた、咎人さん知ってるのかい?」
しまった。
悪い鵲。俺達のことは黙っててくれ……!




