1.当たらないでくれ俺の勘
召喚の光がゆっくりと薄れていく。
白い石床。古びた柱。
その中央に一人の女が立っていた。
女は眩しそうに目を細め周囲を見回す。
女性「……何?ここどこ?」
⬆️女性
俺の頬杖がずれた。
神「異界より招かれし者よ。汝には勇者としてこの世界の王を名乗る者――葬月総帥、咎人を討つ使命を授ける」
女性「……とがびと?」
神「然り。神をも恐れず、好き勝手に振る舞う不届き者じゃ」
女性「なんだかよく分からないけど、ここはどこなんだい?やれって言われたならやるけどさぁ、そのとがびと?さん以外にももうちょっと説明欲しいわぁ」
声。顔。困ったように眉を寄せるその癖。
俺は玉座の肘掛けを握った。
咎人「……うっそでしょ」
紫苑「咎人様?」
咎人「ちょっと配信止めて止めて!」
紫苑「は、はいっ!」
紫苑の指が術式を滑る。
黒都の空いっぱいに俺の顔が広がった。
咎人「違う違うそれズーム!ちょっと俺の顔近す――」
ぶつりと映像が途切れた。
神「どうした、世界の王よ」
金色の光の向こうで神が笑っている。
神「わしの用意した勇者は喜んでもらえたかな?」
咎人「……いや?別にぃ?勇者にしては普通の人だなって」
神「普通の人を見てあんな顔をしたのか?」
咎人「意外性に驚いただけだが?」
神「ほうほう」
気に入らない。何だその顔。こっちを見るな。
俺は背筋を伸ばし脚を組み直した。
咎人「まあ、せいぜい頑張ってもらえばいいんじゃない?我ら葬月の前に立つには少々荷が重いと思うがね」
神「そうか。ならば楽しみに待っておれ」
金色の光が細くなる。
咎人「……あれ、もう帰るの?」
神「何じゃ。引き止めたいのか?」
咎人「いや別に、きもいよ」
神は最後にもう一度笑った。
神「その勇者の前でも今と同じ喋り方ができるとよいな」
胸の奥が嫌な縮み方をした。
神「――世界の王よ」
光が消える。
俺は何もなくなった空間を見つめていた。
別の世界から招いた勇者。俺と同じ異世界転生。
……異世界転生って世界で一人だけとかじゃなかったんだ。
俺だけが選ばれた特別な存在、とか。
この世界に紛れ込んだ唯一の異物、とか。
そういうのじゃなかったんだ。
くそが!その特別感にも浸ってたのに台無しだ!
いや今はそれどころじゃないけど!
紫苑「咎人様……?」
咎人「……人を呼んで」
紫苑「はい」
咎人「調査に出せる部下と鵲。急ぎでお願い」
程なくして玉座の前に黒服の下僕達が並んだ。
全員が黒い目隠しを着け静かに頭を垂れている。
その隣に紺黒の外套をまとった鵲が立った。
片目を覆う白い包帯。肩には双刃の武器。
外套の隙間から覗く黒い腕に青い光が細く走っていた。
鵲「お呼びでしょうか、咎人様」
⬆️鵲
咎人「うん。さっき召喚された女性について調べてほしい」
鵲「勇者ですね。何を優先しますか?」
咎人「名前。どこから来たのか。家族がいるのか。その辺」
鵲が僅かに首を傾けた。
鵲「戦闘能力ではなく?」
咎人「それも分かるなら。ただ、まずは本人のことを知りたい」
鵲「……命令は承りました。ですが咎人様、何がそんなに気になっているのですか?私も、身勝手ながら知りたいです」
落ち着いた声だった。
だが見えている片目は完全に俺を観察していた。
咎人「んー、これはシークレット任務だから、まだ誰にも話してないんだ。だからまだダメかな」
鵲「……まだ、ですか」
咎人「うん。まだ」
鵲「では、調査を終えたら教えていただけますか?」
咎人「結果次第かなあ」
鵲は少し考えた。
それから武器を肩から下ろす。
鵲「分かりました。詳しく調べます」
妙にやる気になっていた。
咎人「あと、相手には気づかれないようにね。いきなり尋問とかしないで」
鵲「様子を見て、必要な時だけ話しかけます」
咎人「そう。それと映像も送って。こっちでも確認したい」
下僕「かしこまりました」
紫苑が刀を抜いた。
空中に紫の線が走り遠方へ繋がる細い裂け目が開く。
その向こうには召喚の映像に映っていた神殿へ続く道が見えた。
鵲が先に通り下僕達が続く。
咎人「あ、鵲」
鵲「はい」
咎人「……危ないことになってたら、助けてあげてね」
鵲の目が少し細くなった。
鵲「勇者を、ですか?」
咎人「調べる前に死なれたら困るでしょ」
鵲「……承知しました」
納得したのかしていないのか。
鵲はそれ以上聞かず外套を翻した。
空間の裂け目が閉じると急に玉座の間が静かになった。
俺は背もたれに身体を預ける。
まだそうと決まったわけではない。
顔が似ているだけ。声が似ているだけ。
そういうこともある。
あるだろう...あってくれ。
紫苑「……咎人様。やはりご気分が優れないのでは?」
咎人「うん……まあ、ちょっとね」
答えながら額を押さえる。
隣で衣擦れの音がした。
何気なく顔を向けると紫苑が帯を解いていた。
咎人「……え?」
するりと浴衣が肩から落ちる。
紫苑は腕を抜き脱いだ浴衣を抱えると中に身に着けている衣だけの姿でそっと近づいてきた。
頬が赤い。目が合うと少しだけ俯く。
それでも足は止まらない。
咎人「ちょっと...どうしたの?紫苑さん?」
紫苑「咎人様……随分とお調子が悪いようですので……少しでも、元気になっていただければと思い……」
いつもより小さな声だった。
玉座のすぐ脇で膝を折り俺を見上げる。
手が触れそうな距離に来て紫苑はようやく立ち止まった。
俺は背もたれから身体を起こした。
咎人「え……いやいや、大丈夫だからね!?」
紫苑「ですが、何か私にできることがあれば……」
咎人「その気持ちは嬉しい!でもまだ部下残ってるし!ここ玉座の間だから人も来るからね!?やるなら部屋でね!?やらないけど!」
紫苑の目が僅かに見開かれる。
紫苑「……お部屋で」
咎人「最後まで聞いて」
紫苑「は、はい。失礼いたしました」
浴衣を胸元へ抱き寄せる。
ところが口元は少し嬉しそうだった。
聞こえてほしい部分だけ届いていない気がする。
残っていた下僕が静かに扉へ歩き出した。
咎人「どこ行くの?」
下僕「暫し、入室を控えるよう申し伝えてまいります」
咎人「頼んでないよ?」
下僕「……失礼いたしました」
その場に戻る。
何でこういう時だけ全員の判断が早いんだ。
咎人「紫苑、とりあえず服を――」
下僕「咎人様。現地より映像が届いております」
俺は口を閉じた。
玉座の前に薄い光の幕が広がる。
紫苑もそちらを向き抱えていた浴衣を膝へ寄せた。




