26.師匠の役に立ちてぇ!
時は少しさかのぼる。俺は今家を探している。
俺の家じゃねえ。師匠の家だ。
そう。俺が心の底から尊敬しているあの人のための家である!
……いや、別に頼まれたわけじゃねえんだけどな。
けどそろそろ必要だと思うんだ。
毎回毎回、知らねえ町で宿を探して、金を払って、違う部屋で寝て。
それだけでも面倒だってのに師匠は行く先々で何かに首を突っ込む。
荷車が動かなきゃ押してやる。
子どもが泣いてりゃ立ち止まって話を聞く。
宿の親父が腰を押さえてりゃいつの間にか薪まで運んでいる。
俺が代わりますって言う頃にはもう全部終わってるんだ。
母さん「ありがとねぇ。でももう済んじゃったよ」
……俺の仕事がねえ。
師匠が強すぎて俺の出番がねえんだよ。
あの人と一緒にいると助ける側に回るのがこんなに難しいもんだとは思わなかった。
だからこそだ。
こういうとこくらい俺が何とかしなきゃならねえ。
昨夜も師匠はなかなか寝つけなかったらしい。
朝、食堂へ下りてきたとき首をゆっくり回していた。
山賊「師匠、どうしたんすか?どっか痛むんで?」
母さん「ん?いやぁ枕がね。どうも高くてさ」
山賊「替えてもらいやしょうか」
母さん「もう朝だよ。今からまた寝る気かい?」
山賊「それもそうっすね!」
母さん「はっはっは。あんたは朝から元気だねぇ」
そう笑っていたけど俺は見逃さなかった。
師匠はそのあと一つ欠伸をしたんだ。
これはもう間違いねえ。疲れている。
あの師匠が疲れている!そりゃそうだ。
どんなに強くたって人に気を使わなくなるわけじゃねえ。
俺が見てるだけでもあんなに色んな人のことを気にしてるんだ。見てねえところじゃもっと何かやってるかもしれねえ。
……やってるだろうな。
目を離すとだいたい誰かと話してるし。
その相手も最初は困った顔をしてんのに最後には笑ってる。
師匠本人だけが何でもねえことみたいな顔をして。
だから帰る場所が必要なんだ。
今日はもう何もしなくていいって落ち着ける場所。
毎晩同じ枕で眠れる場所。
俺だってたまには師匠の役に立ちてえ。
毎回後ろで騒いでるだけの雑魚の山賊のままじゃいられねえからな!
母さん「……あんた」
山賊「はい!」
母さん「パン、握り潰してるよ」
手を見る。
さっきまで丸かったパンが気合いを込めた拳の中でぺったんこになっていた。
山賊「……食いやすくしてたんで」
母さん「そうかい。変わった食べ方するねぇ」
師匠は何も疑わず俺の皿へ卵を一つ載せた。
母さん「ほら。足りないならこっちも食べな」
……違うんすよ。
今日は俺が何かしてあげたいんすよ。
そう思いながら卵も食った。うまかった。
食事を終えたあと俺は宿の入口で振り返った。
山賊「師匠。ちょいと出てきてもいいっすか?」
母さん「いいけど、どこ行くんだい?」
山賊「ちょっとした用事です。すぐ戻りますんで!」
母さん「じゃあ、あたしも買い物がてら――」
山賊「いやいやいや!今日は休んでてくだせぇ!」
思わずでかい声が出た。師匠が片眉を上げる。
母さん「……何か悪いことでもするつもりじゃないだろうね?」
山賊「違いますって!ただ師匠もちょっとゆっくりしたほうがいいと思っただけで!」
母さん「そうかい?」
山賊「そうです!」
母さんは俺の顔をしばらく見たあと小さく笑った。
母さん「じゃあ、お言葉に甘えようかねぇ」
よし。第一段階成功だ。
母さん「帰り、迷わないようにするんだよ」
山賊「子どもじゃねえんですから!」
母さん「この前、宿を間違えたじゃないか」
山賊「あれは看板が似てたんです!」
母さん「床屋と宿屋が?」
山賊「……行ってきます!」
後ろで師匠が笑っていた。
俺はその声を聞きながら通りへ飛び出した。
家を扱っている店はすぐ見つかった。
窓に建物の絵と数字が貼ってある。
何となくそれっぽい格好の男が中で帳面をめくっていた。
俺は胸を張って入った。
山賊「家を探してるんですが!」
店主「借家でしょうか。購入でしょうか」
山賊「……いいほうで!」
店主「用途が違います」
出だしからつまずいた。
けどここで引き下がっちゃ駄目だ。
俺は手持ちの金を確認しながら条件を伝えた。
まず静かなこと。
師匠がぐっすり寝られるのが一番だ。
それからちゃんとした台所があること。
この間、宿で借りた小せえ鍋を見て師匠は少し使いづらそうにしていた。
あとは雨漏りしないこと。風が入ってこねえこと。
寝床と便所が遠すぎねえこと。
……それと。
山賊「あの、でけえ剣を置ける場所も欲しいんですが」
店主「剣?」
山賊「はい。こう……これくらいの」
両手で大きさを示す。
店主の視線が俺の右手と左手を往復した。
店主「……剣ですか?」
山賊「剣です」
店主「門扉ではなく?」
山賊「剣なんです」
師匠の持ち物、家探しに向いてねえな。
しばらくして店主が一枚の紙を出してきた。
条件に近い物件らしい。
悪くねえ。
窓もあるし台所もある。小さいけど庭までついてる。
ここで師匠が椅子に座って茶でも飲んでたら。
……いいじゃねえか。すげえいいじゃねえか!
山賊「これ!これいいっすね!」
店主「では、初期費用がこちらになります」
差し出された金額を見た。
俺はもう一度見た。
山賊「……これ、家の番号です?」
店主「金額です」
山賊「一年分?」
店主「契約時に必要な金額です」
山賊「城でもついてくるんすか?」
店主「つきません」
山賊「ですよねえ!」
元気よく答えた。答えることしかできなかった。
俺は店を出て少し歩いた先の石段に腰を下ろした。
金袋を開き数える。
……増えてねえ。
山賊「当たり前か……」
分かってた。家なんてもんが簡単に買えるわけねえ。
だけど俺の手持ちの金で何とかなるかもしれねえって、ちょっと思っちまったんだ。
師匠から渡されてる旅の金は使えねえ。
あれで買ったら師匠が自分で買ったのと同じじゃねえか。
俺が用意したいんだ。
俺が少しくらい、あの人を驚かせたい。
山賊「……何か、ねえかなぁ」
空を見上げる。
城を壊せる人が枕一つで寝不足になってる。
俺には城なんて壊せねえ。
けど寝床くらい。落ち着いて帰れる場所くらい。
何とかしてやりてえじゃねえか。
目の前に影が落ちた。
一人分じゃない。二人分。
顔を上げると銀色の髪をした男女が並んでこちらを見下ろしていた。
どっちもそこらの旅人には見えねえ。
ただ妙に静かだった。
人通りのある道なのにその二人の周りだけ声をかける前から話を聞く準備ができているような。
そんな変な感じがした。
少年「お困りですか」
山賊「……ああ。いや、まあ。ちょっと家を探してて」
少女「ご自身の住まいを?」
山賊「俺のじゃねえです。世話になってる人のために」
二人は同じ角度で首を傾けた。まったく同じだった。
少女「贈り物ですね」
山賊「……そう。そういうことです」
口にされると何だか気恥ずかしい。
俺は頭をかいて立ち上がった。
山賊「あの、それで……お二人は?」
少年「僕はアダム」
少女「私はイヴ」
二人「我々は運命共同体。二つの肉体に一つの御意を与えられたもの」
……おう。
思ってたよりずっと重たい自己紹介が返ってきた。
アダム「進む先は、定められています」
イヴ「退く理由は、与えられていません」
二人「駒に迷いは不要です。選択はすでに我々より高い場所で終えられています」
山賊「……神様、関係のお方で?」
二人「そのように理解していただいて差し支えありません」
ああ。なるほど。
師匠も神様に呼ばれたって言ってたし、この世界にはそういう連中もいるんだろう。
……神様のところは自己紹介まで決まってんのかね。
俺がそんなことを考えているとアダムが静かに言った。
アダム「帰る場所を求めているのですね」
イヴ「あなたが敬う方のために」
山賊「……ええ。まあ」
アダム「であれば」
イヴ「我々がお手伝いできます」
俺は思わず顔を上げた。
山賊「本当ですか?」
二人「ええ」
二つの声がぴたりと重なる。
二人「その方にふさわしい城を、我々は知っています」




