24.温泉+幹部紹介3
鵲「咎人様」
湯船の端から静かな声がした。
紺色の水着に羽織を合わせた鵲が少し離れたところに座っている。
《黒雷の隠密》。
黒い雷を神経のように張り巡らせ敵地の情報を集める潜入の名手だ。
他人の秘密には目がないくせに自分のことを聞かれると急に口が重くなる。
鵲「先ほど、何を考えていらしたのですか?」
咎人「先ほど?」
鵲「皆さんをご覧になって少し笑っていました」
咎人「いや。全員そろうと、賑やかだなって」
鵲「……それだけですか?」
咎人「それだけ」
鵲「本当に?」
シェンリィ「鵲。今日は尋問もお休みにしたらどうだい」
鵲「尋問ではありません。会話です」
シェンリィ「じゃあ僕も会話をしよう。君、その水着は自分で選んだの?」
鵲「……今、その話は必要ですか?」
シェンリィ「ほらね」
鵲「覚えておいてください……」
やっぱり自分のことになると弱い。
俺が笑うと鵲は少しだけむっとしてそれから湯へ視線を落とした。
鵲「……今日は、着替えを追加されないので。落ち着きます」
咎人「うん。今日はゆっくりしていいよ」
それ以上は聞かないでおいた。
店の件は本人の中でまだ完全には片づいていないらしい。
ふと気づくとローデリヒが湯から上がっていた。
手には飲み物を載せた盆。
咎人「ローデリヒ」
ローデリヒ「休憩がてら、皆様のお飲み物を」
咎人「休憩がてら仕事してる」
ローデリヒ「手持ち無沙汰でしたので」
モノ「分かる。不肖も何もしていないと何か足りない気がする」
ローデリヒ「ええ。まさに」
咎人「そこで分かり合うな」
華蓮「ほな、お二人ともここ座り」
華蓮が自分の隣を軽く叩いた。
華蓮「休むんが下手なら練習せなあきませんなぁ」
モノ「……練習」
ローデリヒ「なるほど」
咎人「急に納得した」
華蓮「何もしないまま、五分。できはる?」
ローデリヒ「もちろんです」
モノ「試してみる」
二人が座る。十秒ほど経った。
モノの前に小さな青いキューブが浮かんだ。
華蓮「何してはるん?」
モノ「……桶の縁に、ささくれが」
華蓮「あとでなぁ」
キューブが引っ込む。
その横でローデリヒの視線が空の杯へ向いた。
華蓮「あとでなぁ」
ローデリヒ「……はい」
咎人「世界でも指折りの幹部が休憩の補習受けてる」
無「得手不得手は誰にでもあるものよ」
ラザルド「おじさんたち、こういうの得意でよかったねぇ」
ベルベット「お前らはちょっと苦手になれ」
ロゼリオが湯の縁を指先で軽く叩いた。
小さな音が不思議と心地よく庭園に広がる。
鼻歌が重なった。
戦場を震わせる大音声ではなく会話の隙間に入るくらいの柔らかな旋律だった。
06「あはは。いいねぇ」
黄色い仮面が揺れる。
やがてその手が顔を覆い黒い仮面へ変わった。
06「……こうしている時間も、悪くない」
さっきまでとは打って変わって静かな声だった。
咎人「盛り上げようとしなくてもいいんだよ。好きにしてて」
06は少しだけ俺を見たあとゆっくりうなずいた。
それから何も言わず湯へ肩を沈める。
隣でガングレリが何かを話し始めても今度は笑う役を引き受けずにただ聞いていた。
……新鮮だな。全員で温泉なんて。
いつもなら誰かが任務に出ている。
誰かが城を守っていて誰かが報告を持ってきて誰かが面倒を起こしている。
最後のやつは今日も変わらないか。
それにしても幹部多いなぁ。
仲間を増やしすぎたかな。
湯船を一つ見渡すだけで世界のどこかが壊滅しそうな顔ぶれがそろっている。
一人ひとりが誰かにとってはどうしようもない最強だ。
でもまあ。多いほうが心強い。
頼もしいし威圧感もある。
そして何より。こうして集まると楽しい。
列車の上ではもっと人数がいればと思った。
今はこんなにいてよかったと思っている。
ベルベット「……何ニヤついてんだよ」
休憩椅子から声が飛んでくる。
咎人「別に。悪くないなって」
ベルベット「そりゃよかったな。散々寄り道した甲斐があったじゃねぇか」
咎人「次はもっと普通に来ようね」
ベルベット「最初からそうしろ」
ニルカ「次も。みんな?」
咎人「うん。来たい人はみんなで」
ニルカは満足そうにうなずいた。
そして刻印を入れてもらった瓶の蓋を両手で大事に包む。
ニルカ「じゃあ。次の宝物も、できる」
シグレイド「全員が同一地点に滞在している機会は稀だ。記録を残しておく合理性がある」
ベルベット「写真撮ろうぜ、だとよ」
咎人「今日、お前いないと会話進まないな」
ベルベット「休ませろ」
シグレイドの翼から撮影用の魔道具が取り出された。
岩庭と大きな湯船が収まる位置へ置かれる。
途端にあちこちから声が上がった。
ヴァレリア「待ちたまえ。私は女性陣の中央がいい」
アルティナ「端」
ヴァレリア「では、君の隣という折衷案で」
アルティナ「庭園の端」
ロゼリオ「はいはい喧嘩しない!笑顔が一人でも欠けたら撮り直しよ!」
レイ「それ、ベルベットがいる限り終わらなくない?」
ベルベット「聞こえてんぞ」
無「余はここでよい。若者が動けばよい」
ラザルド「婆さん見切れてるよ」
無「……それは困るの」
華蓮「動くん早いなぁ」
モノ「撮影範囲に合わせ椅子を移動させる」
ベルベット「持ち上げんな!自分で――」
ニルカ「ベルベット。休む」
ベルベット「……ちっ」
ローデリヒ「総帥は中央へ」
咎人「そんな大げさにしなくても」
紫苑「こちらが最も皆様とよくお写りになります」
シェンリィ「紫苑が隣に立てる位置でもあるね」
紫苑「偶然です」
Φ「咎人様こっち向いてぇ!一緒に撮ろ!」
スルト「隣、空いてる?」
Φ「空いてるよ!ぎゅってすれば入れる!」
ガングレリ「俺ちゃんの後ろの口入ってるぅ?」
シグレイド「三割ほど範囲外だ」
ガングレリ「じゃあ小さくすればいいのねん」
鵲「……そちらが縮められるなら先にしていただけませんか。私が隠れています」
ノクス「あ……私、もう少し後ろに……」
ロゼリオ「だーめ。ノクスちゃんもそこにいるルクスちゃんもちゃんと写るの!」
ノクス「……はい」
エルミナ「皆様、素敵なお顔ですねぇ」
ああ。これ全員そろうまで時間かかるやつだ。
ようやく配置が決まった頃には俺は中央で少しだけ押しつぶされていた。
紫苑は肩が触れそうな距離で固まっている。
Φは上機嫌に手を振っている。
スルトはただ隣で落ち着いている。
少し離れた椅子には相変わらず不機嫌そうなベルベット。その脇にはニルカ。
後ろには、うるさくて、頼もしくて、ろくでもない俺の仲間たち。
撮影を任された黒服の部下が魔道具へ手を添えた。
部下「総帥。お撮りいたします」
咎人「待って。せっかくだから少し格好よく――」
ベルベット「そのままでいいだろ」
思わずそちらを見る。
ベルベットは左手に飲み物を持ったまま面倒くさそうに続けた。
ベルベット「休みにまでいちいち作んな」
ニルカ「今のボス。楽しそう」
紫苑「……はい。私も、今のお顔が好きです」
咎人「……そっか」
じゃあまあ。一枚くらい。
最強っぽくない写真があってもいいか。
俺が肩の力を抜いたその瞬間。
06「あっははははは!!ボス!髪に葉っぱ乗ってる!!」
咎人「え、どこ?」
シャッターが切られた。後で確認した写真には。
笑う仲間たちの真ん中で自分の頭を探っている世界最強の男が写っていた。
……撮り直しを命じようと思った。思ったのだが。
咎人「……全員分、焼いておいて」
結局そう言った。




