23 温泉+幹部紹介2
湯船の脇には背もたれつきの長椅子が置かれていた。
ベルベットがそこにどかりと座る。
焼けた右腕には処置がされているがまだ指先の動きは鈍い。
今回は無理に湯へ入らず休憩だ。
ベルベット「……何で椅子がこんな豪華なんだよ」
モノ「腕を置く場所が必要だった。高さが合わなければ言ってほしい」
椅子の肘掛けに触れモノが淡々と答えた。
《未完の創造主》。
物質をキューブへ分解し望む形に組み直す幹部だ。何でも作れるくせに自分自身はまだ学ぶことばかりだと思っている。
仲間のために作ったものを褒められるとほんの少し機嫌がよくなる。
ベルベット「……合ってる。十分だ」
モノ「そう。よかった」
シグレイド「上肢への負担を軽減しつつ、姿勢保持に必要な支持点を増設した。休息中の無意識な代償動作も抑制できる」
咎人「シグ。今は休みだよ」
シグレイド「休むための説明だが」
ベルベット「腕が楽になる椅子だっつってんだよ」
咎人「なるほど」
シグレイド「そう言っている」
ベルベット「言ってねえんだよ」
《虚空の蒼翼》シグレイド。
翼に広大な空間を内包し武器から家具までしまっている頭の切れる軍師だ。話が通じれば頼もしい。
通じるまでに一回ベルベットを挟むことが多い。
ニルカ「ベルベット。飲み物」
ベルベット「おう」
ニルカ「開ける。ニルカ、やる」
ベルベット「左手は動く」
ニルカ「知ってる。ニルカ、やりたい」
ベルベット「……勝手にしろ」
瓶の蓋が触れてもいないのにくるりと回った。
金属を操る《鉄屑の女王》、ニルカ。
機械の破片も曲がった釘もこいつにとっては大切な宝物だ。
外した蓋をしばらく眺めたあと嬉しそうに自分の荷物へしまった。
ベルベット「それも拾うのかよ」
ニルカ「今日の。宝物」
ベルベット「ただの蓋だぞ」
ニルカ「今日、みんなで来た。蓋」
ベルベットが少し黙った。
それから飲み物を一口飲み視線をそらす。
ベルベット「……そうかよ」
モノ「その蓋には、現在の日付を刻める」
ニルカ「ほんと」
モノ「不肖でよければ」
ニルカ「お願い。今日、忘れない」
ああ。こういうところだよなニルカは。
何でもないものを持って帰りたくなるものにする。
シグレイド「記念物への意味の付与は記憶の想起に有効だ」
ベルベット「いい思い出になるな、でいいだろうが」
シグレイド「……君は要約に長けている」
ベルベット「てめえのせいで鍛えられてんだよ」
広い湯船の奥ではラザルドと無が並んでいた。
ラザルド「あぁ〜……こりゃいいねぇ。おじさんもう今日はここから動きたくないなぁ」
無「先ほども同じことを言っておったぞ」
ラザルド「さっきより動きたくなくなったの」
《不死狩人》ラザルド。
死にたくても死ねない身体と傷を力に変える剣を持つ。
だからといって痛くないわけでも疲れないわけでもない。
今は本当に気持ちよさそうに目を閉じていた。
無「主は動かぬと言うた日に限って誰かを助けに走るからの」
ラザルド「今日は若いのがたくさんいるから大丈夫でしょ」
無「うむ。今日は座っておれ」
ラザルド「……婆さんもね」
二人の間に少しだけ静かな時間が流れた。
その静けさをすぐ近くでレイが壊す。
レイ「華蓮、湯上がりに一勝負しない?」
華蓮「ええよぉ。何でやるん?」
レイ「卓球」
華蓮「魔剣は?」
レイ「使わない」
華蓮「ほな、ええ勝負になりそうやねぇ」
レイ「いや、華蓮も魔力なしで」
華蓮「もちろん。わっち、加減は得意やから」
《万技の拳后》華蓮。
拳や脚に魔力を纏う格闘の達人だ。
ただ、こいつの場合魔力を使わないほうが優しい遊びになるとは限らない。
レイ「……今、ちょっと後悔した」
華蓮「誘うときはあんなにええ顔してたのに。もう帰り道探してはるん?」
レイ「一本先取にしよう」
華蓮「短い思い出になりそうやなぁ」
咎人「普通に遊んでね。卓球台は敵の城壁じゃないからね」
華蓮「分かってますよぉ。壊さへん、壊さへん」
レイ「今のどっちに言った?」
咎人「両方」
ガングレリ「ねぇねぇ、この湯気って味ついてんの?」
咎人「知らない。吸ってみれば?」
ガングレリ「いいのぉ?」
咎人「普通の呼吸の話だからな?」
返事をする前にガングレリの背後で異形の口が小さく開いた。
湯気が細い流れになって吸い込まれる。
ガングレリ「……んー。あったかい」
咎人「感想が素朴」
ガングレリ「でも、ちょっと物足りないかもぉ」
スルト「温度、上げる?」
咎人「上げなくていい。こいつの好みで温泉を調理しないで」
スルト「分かった」
スルトは俺の隣の浅い段に腰を下ろした。
いつもより肩が下がっている。
咎人「スルトは気持ちいい?」
スルト「うん」
咎人「ならよかった」
スルト「ここ、落ち着く」
言いながらほんの少しだけ近づいてくる。
紫苑がその移動を見ていた。
見てから自分も少しだけ近づいた。
シェンリィ「紫苑。あと二回くらいやると、君、彼の上に座ることになるよ」
紫苑「距離を測っていらしたのですか?」
シェンリィ「分かりやすかったからね」
紫苑「……お湯が、こちらのほうが」
シェンリィ「温かいんだ?」
紫苑「はい」
スルト「こっちも同じ」
紫苑「スルト様」
悪意のない追撃が一番よく刺さっていた。
少し離れた場所ではアルティナが片肘をついてこちらを眺めていた。
アルティナ「随分と難しい入浴をしてるのね」
《紫眼の暴君》アルティナ。
神眼で相手を見通し封印の弾丸で得意なことから順に奪っていく腕のいい狙撃手だ。
性格はだいたい二つ名の通りである。
紫苑「何かおっしゃいましたか?」
アルティナ「隣に座りたいなら座ればいいでしょ?あたしならそこまで考える前に座ってるわ」
シェンリィ「君は座ったあとで元からいた人にどいてと言うだろうね」
アルティナ「邪魔ならね」
咎人「休暇中も安定してるなあ」
アルティナ「休暇だからいつもより優しいつもりだけど?」
普段の被害者に聞かせたら泣くぞ。
そのとき。頭上から遠い悲鳴が降ってきた。
ラグネル「うわああああああああああああ!!」
俺たちはそろって空を見上げた。
黒竜グリムが庭園から離れた上空を旋回している。
その背には金髪を風になびかせたヴァレリア。
そして竜の下には。
縄でぐるぐる巻きにされぶらぶらしているラグネルがいた。
ヴァレリア「あっはははは!どうだい!私が考えた罰ゲームは!」
ラグネル「下ろせえええええええ!!」
ヴァレリア「苦しいだろう!はは!苦しかったら私の胸の中に飛び込んでくるといい!私はこれでも女だ!その甘いひと時ぐらいは許してあげよう!」
ラグネル「飛び込める状態に見えるかあああああ!!」
宙を往復する男と心底楽しそうな竜騎士。
《蒼穹の竜騎卿》、ヴァレリア。
黒竜を鎧や武器として纏い戦場を駆ける歴戦の女騎士だ。
立って黙っていれば絵になる。
口を開けばだいたい誰かが嫌な顔をする。
咎人「……あいつ、まだやってたのか」
エルミナ「ラグネルさんは今どちらへ?」
すぐ横から柔らかな声がした。
白い湯煙の向こうで黒い翼が静かに揺れている。
エルミナ。
《安寧の黒翼》と呼ばれる穏やかな微笑みのアークエンジェル。
言葉だけ聞いていれば敵にすら手を差し伸べる聖人のようなやつだ。
咎人「今、ヴァレリアが罰を与えてると思うよ。ほら、あそこ」
エルミナは空を見上げた。
そして少し困ったように眉を下げる。
エルミナ「いけませんね。あの方はお優しいですので、罰も生ぬるいのでしょう」
咎人「……今の見て?」
エルミナ「はい。次は私にお任せを」
咎人「う、うん……考えとくよ」
やめよう。
こいつに任せたら反省するための人格まで残るか怪しい。
表向きはこの通りだが中身はまったく別である。
人を気遣うような顔をしたまま戻ってこられない場所へ丁寧に案内しようとする。
エルミナ「ご心配なく。静かに過ごしていただけるようにいたしますから」
咎人「その静かの内訳が怖いんだよ」
エルミナ「……?」
首を傾げた。
その表情をそのまま信じられた頃に戻りたい。
咎人「ヴァレリアー!もう終わり!ちゃんと下ろして君も休みなー!」
ヴァレリア「おや!私が恋しくなったのかい!」
咎人「捕虜の扱いについて言ってる!」
ヴァレリア「照れなくていい!今行くとも!」
アルティナ「聞こえてる部分だけで会話を作るの、やめさせなさいよ」
しばらくしてラグネルは黒服の部下たちに引き渡された。
足が地面についているのにまだ何かを疑うように膝を曲げたり伸ばしたりしている。
ガングレリ「ねぇ、あの子誰?」
咎人「お前に負けたのを根に持ってたやつだよ」
ガングレリ「えぇ〜?候補多すぎなぁい?」
遠くでラグネルが顔を上げた。
言い返そうとして。頭上のグリムを見て。
何も言わずまた下を向いた。
そのグリムは仕事を終えたように岩庭の外で伏せている。
ヴァレリアよりよほど休暇の過ごし方が上手そうだった。
着替えて戻ってきたヴァレリアは湯場を見渡すなり、胸に手を当てた。
ヴァレリア「……なんということだ」
咎人「何」
ヴァレリア「私の休暇にこんなにも美しい理由が集まっている」
アルティナ「うるさい。座るなら静かに座りなさい」
ヴァレリア「君の隣に?」
アルティナ「そこ以外に座るところがないように見える?」
ヴァレリア「あるとも。しかし、私の心にはそこしか空いていない」
シェンリィ「身体も心と同じくらい小さくまとまってくれると助かるね」
ヴァレリア「君たちといると言葉の棘さえ花束に思えてくるよ」
アルティナ「刺さってる自覚があるなら抜きなさい」
ヴァレリア「思い出を捨てろというのかい?」
すごい。
会話でここまで後退しない人間を俺はほかに知らない。
ただノクスが湯船へ入ろうとして足を止めるとヴァレリアはすっと立ち上がった。
ヴァレリア「この段からなら入りやすい。手は必要かい?」
ノクス「あ……いえ、大丈夫、です」
ヴァレリア「了解。では、場所だけ空けよう」
素直に下がる。
こういうところはちゃんとしているのだ。
惜しい。本当に発言の八割くらいが惜しい。
ノクスが無事に湯へ入るとその黒髪と結晶翼が淡い光に包まれた。
現れた銀髪の少女がぱっと顔を上げる。
ルクス「みんなありがと!ノクス、すごく喜んでる!」
《宵暁の双翼》のもう一人。
明るく人懐っこいルクスだ。
ひとつの身体の中で互いを支え合っている。
ルクス「ロゼリオ!この水着あたしも好き!」
ロゼリオ「でしょ?二人とも楽しめなくちゃ選んだ甲斐がないもの」
ルクス「うん!今ノクスも中でうなずいてる!」
ロゼリオ「じゃあお礼は二人分受け取ったわ♡」
ルクス「次はノクスに戻るね。あの子まだちゃんと温まってないから」
咎人「ルクスはいいの?」
ルクス「いいよ。あの子が楽しいとあたしも楽しいし!」
迷いなくそう言って笑った。
さっきまで騒いでいた連中もその一瞬だけは妙に優しい顔をしていた。




