22.温泉+幹部紹介
世界の脅威ただいま休暇中
温泉郷ルミエラ。
白い湯煙。山あいを渡る風。磨かれた石畳と静かに流れる湯の音。
本来なら誰もが日々の疲れを忘れ穏やかな時間を過ごせる場所だ。
そこへ。
世界各地で名前を聞くだけでも嫌な顔をされる連中がぞろぞろと集まっていた。
俺の仲間たちである。
咎人「……改めて見ると、多いな」
紫苑の開いた裂け目からまた一人出てくる。
続けて一人。その後ろから大量の荷物。
さらに荷物を運ぶ黒服に目隠しの部下たち。
旅行というより拠点を一つ移しているように見える。
ローデリヒ「総帥。貸切の庭園浴場、休憩室、食事の手配はすべて整っております」
隣で一礼したのは狼獣人の執事ローデリヒ。
葬月の侍従兵団を束ねる総隊長であり城の門を守る幹部の一人だ。
こいつは俺たちの世話となると本当に抜かりがない。
抜かりがなさすぎて休暇にも仕事を持ち込む。
咎人「ありがとう。で、ローデリヒの休む準備は?」
ローデリヒ「皆様に快適にお過ごしいただくことが、私にとって何よりの――」
咎人「水着ある?」
ローデリヒ「……ございます」
咎人「よし。着替えておいで」
ローデリヒ「ですが」
スルト「行こう。休むように言われた」
その袖を隣のメイドが引いた。
同じく門番を務める幹部スルト。
赤黒い炎で敵を焼き尽くす力を持ちながら普段は驚くほど静かだ。怒っているのか喜んでいるのかたまによく分からない。
今も無表情のままローデリヒを更衣室の方向へ引いている。
ローデリヒ「スルト。あなたも先ほどから総帥のお荷物をお持ちでしょう」
スルト「これは持っていたい」
咎人「仕事を趣味扱いして突破しようとしないで」
スルトは少し考えたあと俺の鞄を部下に渡した。
スルト「……じゃあ、隣にいる」
それならいい。
いやそれも護衛扱いになるのか?
もう考えるのはやめよう。今日は休暇だ。
そのために来たのだから。
06「……我々も、ご参加してよろしいのでしょうか」
控えめな声に振り向く。
仮面をつけた人物が湯場の案内図を両手で持って立っていた。
《四面の執行者》、06――ゼロシックス。
仮面を替えると感情も口調も変わるなかなか忙しい幹部だ。
06「今回、我々は何もしておりません。それなのに、このようなおもてなしまで……」
咎人「働いた分だけ入れる温泉じゃないんだから。休みなんだし、楽しんでよ」
06「……では、せめて、雰囲気を盛り上げるために」
す、と指先が顔を覆った。
次の瞬間仮面が黄色へ変わる。
06「あっははははは!!僕たちも参加なんてさすがはボスだね!!嬉しいよ!僕ら何にもしてないのにさ!」
咎人「言ってる内容ほぼ同じなのに印象すごい変わったな」
06「あははは!何もしてない!何もしてないのに温泉だ!」
咎人「あんまり連呼すると俺が働いてないやつを集めたみたいになるからやめようか」
ガングレリ「えぇん?今日なんにもしなくていいのぉん?じゃあ俺ちゃんすっごい得意な日じゃん!」
背後からやけに軽い声。
異形の最高幹部ガングレリ。
物だろうが魔法だろうがこいつの口に入るものはだいたい食われる。
咎人「何もしないことを得意げに申告するな」
ガングレリ「得意分野は伸ばすべきじゃなぁい?」
06「あっはははは! 伸びしろしかないね!」
この二人隣に置いておくとよくないかもしれない。
庭園浴場は水着で利用する大きな共同湯場だった。
深さや温度の異なる湯船が岩庭に点在し屋根のある休憩所もついている。
全員で使っても余裕がある。
そう聞いて予約したのだが更衣室前には早くも小さな問題が発生していた。
ノクス「あの……私……水着、用意してないんですけど……」
小さく縮こまっているのは黒い結晶の翼を持つ少女ノクス。
《宵暁の双翼》の宵を担う一人だ。
誰かのためなら震えながらでも魔法を張り続けるくせに自分のことになるとひどく遠慮する。
ノクス「ごめんなさい……せっかく皆さんで来たのに……私の準備不足で……」
ロゼリオ「はい、そこまで。水着一枚で世界の終わりみたいな顔しないの!」
明るい声とともに大きな鞄が開かれた。
ロゼリオ「安心なさいノクスちゃん。ちゃーんとアタシが予備を用意してるわ♡ほかにも持ってない子はいる?」
《狂騒のディーヴァ》、ロゼリオ。
声と音を自在に操る悪魔で舞台に立てば戦場まで自分の公演に変えてしまう。
普段は誰かが輪から外れそうになると真っ先に引っ張り戻してくれるやつだ。
今は引っ張り戻すための衣装まで持参していた。
ノクス「でも……私に似合うものなんて……」
ロゼリオ「似合うものを探すためにいろいろ持ってきたのよ。ほら、色はどっちが好き?」
ノクス「……こっち、です」
ロゼリオ「決まり!好きなものを選べた時点で今日はもう一歩前進よ」
ノクス「……ありがとうございます」
ロゼリオ「それから、ルクスちゃんのことも考えて動きやすいのにしましょうね」
ノクスの表情が少しだけ和らいだ。
彼女の内側にはもう一人。
自信のないノクスの価値を本人よりずっと信じている明るい相棒がいる。
着替えを抱えて更衣室へ向かう足取りはさっきより軽かった。
その隣では別の問題が起きていた。
レイ「これ、武器置き場?」
ローデリヒ「はい。湯場への大きな武器のお持ち込みはご遠慮ください」
レイ「ふうん。じゃ、これと、これと……あ、こっちもかな」
一本。二本。三本。
レイの手元に次々と魔剣が現れる。
《魔剣聖》、レイ。
数多の魔剣を呼び出す力を持つ気楽な剣士だ。
気楽に取り出している一本一本が普通なら国の宝物庫に保管されていてもおかしくない代物である。
咎人「レイ。それ出さなければ持ち込んだことにならなくない?」
レイ「……ああ。そっか」
一斉に消えた。何だったんだ今の時間。
無「今三本目に出した剣じゃが」
消えた途端少し離れた場所から声が飛んできた。
無「あとで余にも見せてくれぬか?」
レイ「いいよ。湯上がりにね」
無「うむ。楽しみが増えたのう」
《終の剣豪》、無。
姿だけでは分からないが葬月でも指折りの古老だ。
普段は老骨をいたわれと言うくせに珍しい刀剣の話になると誰より耳がいい。
ラザルド「婆さん、さっきまで歩くのも面倒だって言ってなかった?」
無「耳は歩かぬからの」
ラザルド「なるほどねぇ。便利な老け方してるわ」
先に湯場へ出てようやく肩の力を抜いたところだった。
Φ「咎人さまぁ〜♡ 見て見てぇ!」
ばしゃばしゃと元気な足音。
振り向くと紫色の水着に軽い上着を合わせたΦが、両手を広げて立っていた。
髪飾りとおそろいのリボンが動くたびに揺れている。
Φ「可愛い?」
紫苑「Φ様……もう少し段取りとか……皆様そろってから、その……」
少し遅れて紫苑たちも姿を見せた。
黒地に淡い紫の花をあしらった水着とそろいの羽織。
いつもの厳かな装いとは違うのに花の色が妙に紫苑らしい。
シェンリィは落ち着いた青黒の装いですでに楽しそうに眼鏡を押し上げている。
へぇ。
俺たちを待っている間にこんな準備をしてたのか。
咎人「いいね。みんなっぽい水着で似合ってる」
Φ「可愛い?」
咎人「可愛いよ」
Φ「やったぁ♡ちゅーちゅー♡♡咎人様好き好き〜!」
勢いよく抱きつかれた。
伸びてきた触手が落ちそうになった俺の手ぬぐいまで器用に拾う。
褒められた本人と同じくらい先端までご機嫌に揺れていた。
紫苑「な、なりません!濡れた石の上で急に飛びついては……!」
咎人「大丈夫。ちゃんと受け止めたから」
Φ「ほらぁ、紫苑も見てもらいなよ。さっきからずっと待ってたじゃん」
紫苑「ま、待ってなど……いえ、お待ちしてはおりましたが、そういう意味では……!」
咎人「紫苑も似合ってるよ。その花、いいね」
紫苑「…………」
咎人「紫苑?」
紫苑「……はい」
声が小さい。
紫苑「……選んで、よかったです」
それきり羽織の端を両手で握ったまま黙ってしまった。
《界縫いの剣姫》。
世界の継ぎ目を斬り開きどこへでも道をつなげる最高幹部が今は俺との間の一歩をどう埋めるかで困っている。
シェンリィ「よかったね。帰ったら会議の議事録に書いておこうか」
紫苑「議事録などありません」
シェンリィ「じゃあ、今から作ろう。成果は大きかった」
紫苑「シェンリィ様」
シェンリィ「おや怖い。僕は褒めているのに」
竜の力を自在に解放する最高幹部、《戯れる冥竜》シェンリィ。
今日も相手が一番反応するところを正確につついていた。
咎人「何の会議?」
紫苑「温泉における、適切な、その……準備についてです」
シェンリィ「とても熱心だったよ。君に提出したいくらい」
紫苑「焼却します」
咎人「やっぱり議事録あるんじゃん」




