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14.最強御一行、休業します

紫苑「勇者はギルドへの報告を終えた後、新たな依頼を受けたようです」


俺は椅子の背もたれからゆっくり身体を起こした。


咎人「……新たな依頼?」


紫苑「はい。若返った身体と譲り受けた装備を試したいとのことで。しばらくは各地を巡られるそうです」


咎人「……つまり?」


紫苑「こちらへ向かう予定は、ひとまず取りやめたようです」


咎人「よかったぁ…………」


長かった。

実際にはそれほど日数は経っていない。だが俺の心はもう三年くらい働いている。


配信していたら母さんが来た。鵲が連れていかれた。

店を建てたら店が消えた。帝国に行ったら帝国も消えた。

俺、最初は猫のオムレツを見せたかっただけなんだけど。


紫苑「咎人様。随分とお疲れのようですね」


咎人「うん。ちょっとね……流石に短期間に動きすぎた」


母さんはまだ俺の正体を知らない。

こちらへ来る気も今のところはない。

ならばこの隙を逃す手はなかった。


咎人「休もう」


紫苑「……お休みに?」


咎人「俺だけじゃなくて皆も。急がなくていい仕事は後回し。部下たちにも休みを取らせてあげて」


紫苑「承知いたしました。では、その間のご予定は――」


咎人「何も決めない。それが休みだから」


そう言った直後机の端に置かれた旅行案内が目に入った。

山々の間に広がる湯煙。石造りの宿。渓谷を望む大きな露天風呂。

――霧嶺温泉郷《ルミエラ》。


咎人「……温泉とか、いいな」


紫苑「温泉」


咎人「うん。湯に浸かって、美味しいもの食べて、寝て。そういうのをさ――」


紫苑「咎人様も……入られるのですよね?」


咎人「え?」


紫苑「入られるのですよね!?」


咎人「え、う、うん。もちろん入るけど……」


紫苑「ならば私も……気合いを入れなくては……」


休む話をしているのになぜか戦支度が始まった。


咎人「紫苑。温泉は基本気合いを抜く場所だからね」


紫苑「はい。存じております」


絶対俺とは違うものを思い浮かべている。

俺は案内を開き行き方を確かめた。

温泉郷の麓まで魔導列車が通っているらしい。途中には渓谷を横断する大橋があり展望車両からの景色が評判だという。


ほう。列車か。


紫苑「でしたら、私の刀ですぐ――」


咎人「いや、大丈夫。紫苑は休んでていいよ。俺も列車で少し休みたいし、何より列車で休む最強も映えるからね」


紫苑の手が刀の柄に触れる寸前で止まった。


紫苑「……車窓を眺めながら、静かに物思いに耽る咎人様」


咎人「そう」


紫苑「流れる景色には目もくれず、遥か先を見据えていらっしゃる……」


咎人「そうそう」


紫苑「その横顔に誰もが声をかけることすら躊躇ってしまうのですね」


咎人「分かってるね紫苑」


ベルベット「切符の確認が来たら普通に声かけられるだろ」

挿絵(By みてみん)

⬆️ベルベット


談話室の入口から夢のない声がした。

黒い長髪の隙間で赤い瞳がこちらを見ている。幾重ものベルトを渡した黒衣と機械仕掛けの腕。

ベルベットは扉に肩を預け気だるそうに俺を眺めていた。


咎人「そこはいいんだよ。必要な会話だから」


ベルベット「最強様も切符は出すわけだ」


咎人「当たり前だろ。何だと思ってるんだ俺を」


その脇から猫耳の形をした黒いフードがひょこりと現れる。

白と黒の髪を揺らしニルカが机の旅行案内を覗き込んだ。紫の瞳に描かれた列車が映る。


ニルカ「……列車。乗る?」

挿絵(By みてみん)

⬆️ニルカ


咎人「うん。温泉にでも行こうかなって」


ニルカ「私、いく。やること、ない」


即決だった。

手にはどこで拾ったのか分からない曲がった金具を握っている。さっきから親指で撫でているあたり、今日の宝物なのだろう。


咎人「じゃあ一緒に行こうか。ベルベットもどう?」


ベルベット「あぁ?なんで俺までついて行かなきゃなんねぇんだ。一人で十分だろ」


咎人「十分とかじゃなくて旅行だから。皆で行くのも楽しそうじゃん」


ベルベット「俺は関係ねーよ。てめぇら二人で好きにやってろ」


そう言ってベルベットが扉から肩を離す。

その裾を小さな指がつまんだ。


ニルカ「……ベルベット」


ベルベット「あ?」


ニルカ「こない?」


紫の瞳が少しだけ伏せられる。


ニルカ「寂しい。仲間、いっぱい、楽しい」


ベルベットの動きが止まった。

ニルカはそれ以上何も言わない。

ただ裾をつまんだまま見上げている。


ベルベット「…………」


咎人「…………」


ベルベット「……何見てんだよ」


咎人「いや。別に」


こいつこういう顔に弱いんだよなぁ。

ベルベットは顔を背けた。

それでも裾をつまむ指を振り払おうとはしなかった。

やがて盛大な舌打ちが一つ。


ベルベット「ちっ……わぁったよ。行きゃいいんだろ、行きゃ」


ニルカ「……くる?」


ベルベット「来るっつってんだろ。何回言わせんだ」


ニルカの顔がぱっと明るくなった。

その変化を見た途端ベルベットはますます不機嫌そうな顔をする。負けたことが自分でも分かっているのだ。


ベルベット「つまらなかったら列車ごと粉砕するからな。覚悟しとけよ、咎人さんよぉ」


咎人「そこは俺なんだ。別に列車壊しても、被害受けるのは俺じゃないんだけど」


ベルベット「ちっ、分ぁってるよ。うるせぇな」


ニルカ「列車、壊すの、ダメ」


ベルベット「壊さねぇよ」


咎人「俺のときと返事の速さ違わない?」


ベルベット「んで、いつ行くんだ」


露骨に無視された。


咎人「早めの方がいいしね。準備ができ次第、行こうかなって」


ベルベット「宿は」


咎人「これから」


ベルベット「列車の時間は」


咎人「これから見る」


ベルベット「……お前、決まってんの窓際で格好つけることだけじゃねぇか」


咎人「旅の目的は大事だから」


ベルベットは溜息をつき俺の手元から案内を引き抜いた。


ベルベット「直通か。途中の乗り換えは……ねぇな。飯は車内でも買える。荷物の持ち込みは――」


もう大丈夫だ。

こいつは引き受ける気になると急に話が細かくなる。

ニルカが握っていた金具を差し出した。


ベルベット「……何だよ」


ニルカ「あげる」


ベルベット「要らねぇよ。お前のだろ」


ニルカ「きれい。あげる」


ベルベット「…………」


差し出された手は引っ込まない。

ベルベットはしばらくその金具を見ていたが結局受け取ってコートのポケットへ入れた。


ベルベット「これで貸し借りなしだからな」


ニルカ「うん」


どういう貸し借りなのか俺には分からなかった。

でもニルカは嬉しそうだった。


紫苑「あの、咎人様。それでは、私は……」


振り返ると紫苑が旅行案内の端を見つめていた。

刀ですぐに送れるのにそれを断られた。しかも列車の同行者はもう二人決まっている。


……ああ、そういう顔だったか。


咎人「紫苑もおいでよ。今回は移動も含めて休みたいから俺たちは列車で行くけど。そっちは皆を誘って後から合流すればいい」


紫苑「……よろしいのですか?」


咎人「もちろん。一緒に休もうって話なんだから」


紫苑「はい……!では、皆さんにもお声がけしておきます」


途端に紫苑の声が弾んだ。

旅行案内をもう一冊手に取り熱心に読み始める。


紫苑「水着で利用できる湯遊び庭園……」


咎人「ん?」


紫苑「いえ。必要な持ち物を確認しておりました」


真面目だ。

真面目なんだけどさっきより明らかに目が輝いている。


ベルベット「おい。座席、三人なら個室取れるぞ」


咎人「いいね。じゃあそれにしよう」


ニルカ「三人。一緒」


ベルベット「武器はちゃんと固定しとけよ。揺れて床抜いたら笑えねぇからな」


ニルカ「わかった」


咎人「……ベルベット、結構楽しみにしてない?」


ベルベット「二人まとめて置いてくぞ」


来ないと言っていた男がもう俺たちを置いていく側に回っている。

俺は笑って椅子の背もたれに身体を預けた。

母さんの行き先も、帝国の後始末も、今はひとまず頭の隅へ置いておく。


列車に揺られて知らない景色を見る。

温かい湯に浸かって何も考えずに寝る。

そういう時間が少しくらいあったっていい。


咎人「よし、決まりだ。準備ができたら、三人で行こう」


ニルカ「……うん」


ベルベット「へいへい」


ニルカはベルベットの裾を離した。

もう引き止めておく必要はなかった。

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