↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/40

第5話 使わない力

 翌朝。


 リナは校舎入口の郵便棚へ、一通の封筒を入れた。


 昨夜、母へ書いた手紙だ。


「これでよし」


 数日もすれば村へ届く。


 再試験に受かったこと。


 生徒会の先輩に魔法を褒められたこと。


 母が読んだ時の顔を想像すると、自然と頬が緩んだ。


「嬉しそうだな」


「わっ」


 突然後ろから声をかけられ、リナは振り返った。


 そこにいたのは、クラリス・ヴァレンシュタインだった。


「すまない。驚かせたか」


「い、いえ。おはようございます、生徒会長」


「おはよう」


 クラリスの手にも何通かの封書がある。


 生徒会の仕事で送るものらしい。


「再試験に合格したそうだな」


「はい!」


「おめでとう」


「ありがとうございます」


 改めて言われると、少し照れる。


「会長が言ってくれたからです」


「私が?」


「才能がないわけじゃないって」


 七日分の休息を失っていた時。


 あの言葉がなければ、途中で心が折れていたかもしれない。


「私は見たままを言っただけだ」


「それでも、嬉しかったです」


 クラリスは封書を郵便棚へ入れた。


「次はどうする?」


「次?」


「進級はできた。だが、君の魔力の使い方はまだ粗い」


「……やっぱりですか」


「以前よりは良くなっている。それでも改善の余地はある」


 落ち込むより先に、リナは聞いた。


「どうしたらいいですか?」


 クラリスが少し考える。


「放課後、時間はあるか?」


「あります!」


「なら訓練場へ来るといい」


「いいんですか?」


「私でよければ見る」


「行きます!」


 即答だった。


          ◇


 放課後。


 訓練場の端にある固定標的へ、リナは杖を向けていた。


「いつも通り撃ってみろ」


「はい」


 魔力を集める。


「《火球》!」


 炎が標的へ直撃した。


 轟音。


 石の表面が大きく砕ける。


「どうですか?」


「強すぎる」


「……強い方がいいんじゃないんですか?」


「必要な威力ならな」


 クラリスは砕けた標的へ近づいた。


「君は、一つの魔法へ流す魔力が多すぎる」


「でも、弱くしたら倒せないですよね」


「相手を倒すのに十の威力が必要なら、十でいい。二十を使っても、消費する魔力が増えるだけだ」


「……十」


「例えだ」


「あ、はい」


 クラリスが別の標的を示す。


「次は壊そうとするな。表面を焦がす程度でいい」


「焦がすだけ?」


「ああ」


 リナは杖を構え直した。


 魔力を集める。


 いつものように一気に流そうとして――止める。


 少しだけ。


「《火球》!」


 炎が飛ぶ。


 標的へぶつかった。


 爆発。


 表面が少し欠けた。


「……まだ強い」


「かなり抑えたんですけど」


「君にとっては、だろう」


「もう一回いいですか?」


「ああ」


 さらに減らす。


 これで本当に魔法になるのか不安になるくらいに。


「《火球》!」


 小さな炎が飛んだ。


 標的へ当たり、消える。


 中央に黒い焦げ跡が残った。


 石は割れていない。


「……できた」


「まだ少し強いが、さっきよりいい」


「はい!」


 嬉しくなり、もう一度杖を上げようとする。


「今日はここまでだ」


「え?」


「自分の魔力は、もうほとんど残っていないだろう」


「でも、まだ――」


 契約魔力がある。


 そう言いかけて、止めた。


 悪魔との契約は誰にも話していない。


「まだ、何だ?」


「……少しくらいならできます」


「空になるまで使うのは訓練ではない」


 クラリスはリナの杖を軽く下げさせた。


「余力を残して終えることも覚えろ」


「はい」


「明日からは、今の一発を繰り返すといい。ただし、自分の魔力が減ったら終わりだ」


「会長は来ますか?」


「毎日は無理だ」


「ですよね……」


「だが、時々は見る」


 リナは顔を上げた。


「本当ですか?」


「生徒会は、困っている生徒を助けるためにもある」


「ありがとうございます!」


「礼は上達してからでいい」


 クラリスは訓練場を出ていった。


 リナは焦げ跡のついた標的を見る。


 壊せなかったのではない。


 壊さずに済ませた。


 それが少し誇らしかった。


          ◇


 それから数日。


 リナは放課後になると訓練場へ通った。


 一発撃つ。


 魔力の減り方を確かめる。


 減りすぎていれば、その日は終わり。


 契約でもらった魔力には手をつけない。


 最初は標的の表面を削った。


 次は焦げ跡が大きく広がった。


 その次は、中央だけを黒くできた。


 そして。


「《火球》!」


 小さな火球が標的へ当たる。


 リナはすぐに杖を引いた。


 自分の魔力を確かめる。


「まだある」


 杖を構え直す。


「《炎壁》!」


 小さな炎の障壁が立ち上がった。


 長くは持たない。


 それでも、攻撃のあとに障壁を使えた。


 どちらも、自分自身の魔力だけで。


「できた……!」


 以前なら、一発目の火球でほとんど空になっていた。


 魔力量そのものが増えたわけではない。


 使い方を変えただけだ。


 それでも、できることは増えた。


 実技授業でも、教師から以前より良くなったと評価されるようになった。


 少しずつ。


 本当に少しずつだが。


 落ちこぼれではなくなっている気がした。


          ◇


「最近、調子いいね」


 昼休み。


 エマが向かいの席から言った。


「そう?」


「そうだよ。先生にも褒められてたじゃん」


「聞いてたの?」


「近くにいたし」


 リナは少し照れながらスープを飲む。


「練習したからかな」


「でもさ」


「ん?」


「顔色も戻ったよね」


「…………」


 思わずスプーンが止まった。


「ほら。再試験の前、一週間くらい酷かったじゃん」


「あー……」


「ずっと眠そうだったし」


「勉強しすぎ」


「本当に?」


「本当」


 リナはスープをもう一口飲んだ。


 悪魔との契約については、まだ誰にも話していない。


 話していいものなのかも分からない。


 そもそも悪魔を召喚したなどと言ったら、エマがどんな顔をするか。


 怒る。


 たぶん怒る。


「最近はちゃんと寝てるから」


「ならいいけど」


 エマがパンをちぎる。


「また倒れそうになったら止めるからね」


「倒れてないよ」


「倒れそうだった」


「似てるけど違う」


「同じ」


 そんな話をしていると。


「よく普通に食べられるね」


 横から声がした。


 リナはそちらを見る。


 見覚えのある三人組。


 以前から時々、リナをからかってくる女子生徒たちだった。


「何?」


「別に」


 一人が笑う。


「田舎じゃ、そのくらいの食事でもご馳走なのかなって」


 リナは自分の皿を見る。


 学園食堂で一番安い定食。


 スープ。


 パン。


 少量の肉。


 別に珍しいものではない。


「普通だけど」


「ふーん」


「じゃあ何?」


「何でもないって」


 三人が笑いながら離れていく。


 エマが露骨に顔をしかめた。


「何あれ」


「いつもの」


「先生に言えば?」


「これくらいで?」


「これくらいって」


「言っても何も変わらないよ」


 リナはパンを口へ運ぶ。


 腹が立たないわけではない。


 けれど。


 以前ほど気にはならなかった。


 再試験には受かった。


 教師からも褒められた。


 クラリスにも、才能がないわけではないと言ってもらった。


 あの三人に何を言われても、それで自分の魔法が弱くなるわけではない。


「放っておけばいいよ」


「リナがいいならいいけど」


「うん」


 食事を再開する。


 ただ。


 胸の奥に残った小さな苛立ちは、すぐには消えなかった。


          ◇


 その日の夕方。


 寮へ戻る前に郵便受けを確認すると、一通の手紙が入っていた。


「あ」


 見慣れた字。


 母からだった。


 リナはその場で封を開ける。


『再試験合格、おめでとう』


 最初の一文を読んだだけで、頬が緩んだ。


『あなたなら大丈夫だと思っていました』


『でも、あまり無理はしないこと』


『魔法使いになって私を楽にするといつも書いているけれど、私は今でも十分です』


『ちゃんと食べて、ちゃんと寝ること』


「……ちゃんと寝る、か」


 一週間分の休息を失ったことを思い出す。


 母が知ったら、たぶん怒る。


『村では今年も畑の出来は悪くありません』


『次の仕送りも予定通り送れそうです』


『あなたが卒業するまで、母さんも頑張ります』


 最後まで読む。


 リナはしばらく手紙を見つめていた。


「……私も頑張らないと」


 自分のためだけではない。


 母が働いて送ってくれている金で、ここにいる。


 学費も。


 生活費も。


 教材費も。


 全部を無駄にはできない。


 リナは手紙を丁寧に折り畳み、鞄へ入れた。


          ◇


「ただいま」


「戻ったか」


 部屋へ入ると、悪魔はベッドの端に座っていた。


 最近は魔法陣の中にいることもなく、普通に部屋の中を動いている。


 別に何かをするわけではない。


 気づけば机にいたり。


 本棚の上にいたり。


 窓から外を見ていたりする。


 リナは鞄を置き、母の手紙を机の引き出しへ入れた。


 これまで届いたものも、全部そこに保管してある。


「そういえば」


「何だ」


「この前もらった魔力、あとどれくらい残ってる?」


「まだある」


「どのくらい?」


「あの再試験を、もう一度こなせる程度には残っている」


「結構残ってるんだ」


「ほとんど使わなかったからな」


「もったいないもん」


 一週間も苦しんで手に入れた魔力だ。


 練習程度で使う気にはなれなかった。


「使わなかったら残るんだよね?」


「残る」


「私のもの?」


「譲渡した時点で、お前のものだ」


 少し嬉しい。


 まるで貯金が残っているような感覚だった。


「じゃあ、大事に使おう」


 悪魔は何も言わなかった。


 使うのも。


 残すのも。


 リナのものなら、リナが決めることなのだろう。


 制服から部屋着へ着替える。


 翌日の時間割を確認していると、最後の一枚で手が止まった。


「あ」


「何だ」


「これ」


 三日後。


 学外実習。


 近郊の森で行われる魔物討伐訓練。


「何をする?」


「森に出て、魔物と戦うの」


 悪魔はリナの持つ紙へ目を向けた。


 攻撃魔法だけではない。


 移動。


 索敵。


 障壁。


 複数回の戦闘。


 長時間の実習になる。


「……足りるかな」


「何がだ」


「魔力」


 自分の魔力だけで使える回数は増えた。


 それでも、元々持っている量そのものが増えたわけではない。


 残っている契約魔力を使えば、ある程度は戦える。


 だが全部使えばなくなる。


 また必要になった時に困る。


「ねえ」


「何だ」


「もし、また魔力が欲しいって言ったら」


「契約すればいい」


「だよね」


 何でもないことのような答えだった。


 リナは少し考える。


 睡眠は嫌だ。


 絶対に嫌だ。


 一週間、本当に辛かった。


「睡眠以外でもいいんだよね?」


「構わない」


「味覚とか?」


「可能だ」


「どれくらい?」


「望む魔力量による」


「……そっか」


 今すぐ決める必要はない。


 まだ三日ある。


 残っている契約魔力だってある。


 自分の魔力も、以前より上手く使えるようになった。


「まだいいや」


「分かった」


 悪魔は契約を勧めてこなかった。


 リナも、それ以上は聞かなかった。


 ただ。


 一度知ってしまった。


 足りないなら、買えばいい。


 対価を払えば。


 自分には、足りない魔力を手に入れる方法がある。


 その事実だけで。


 以前なら不安で仕方なかった学外実習が、今はそれほど怖くなくなっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。