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第4話 再試験

 それから一週間後。


 再試験の日。


 リナは訓練場の入口で、何度目か分からない深呼吸をした。


「……大丈夫」


 魔力は残っている。


 悪魔との契約で得た分は、今日のためにほとんど使わず残してきた。


 授業ではできるだけ自分の魔力だけを使った。


 放課後の練習も、魔法を撃つのではなく杖の構えや術式の確認を中心にした。


 全部、この日のためだ。


「リナ」


「ん?」


 エマが隣から顔を覗き込んでくる。


「緊張してる?」


「してない」


「杖を握ってる手、真っ白だけど」


 言われて手を見る。


 確かに強く握りすぎていた。


「……ちょっとだけ」


「大丈夫だって」


「何を根拠に?」


「最近、前よりちゃんと魔法使えてるし」


「そうかな」


「そうだよ」


 エマは笑う。


「一発だけなら元々すごかったんだから。今日は三発くらい頑張ればいいんでしょ?」


「障壁もあるから三発じゃないけど」


「細かい」


「試験なんだから細かいよ」


「じゃあ四発」


「そういう問題じゃないって」


 少しだけ緊張が薄れた。


「ありがとう」


「受かったら何か奢って」


「なんで私が?」


「応援料」


「お金ないんだけど」


「じゃあ食堂の安いのでいい」


「それなら」


 訓練場の中から名前を呼ばれた。


「次、リナ」


「……行ってくる」


「行ってらっしゃい」


 リナは杖を握り直した。


          ◇


 前回と同じ標的。


 前回と同じ試験官。


 同じ場所に立っているのに、身体の中だけが違った。


「準備は?」


「できています」


「では始め」


 リナは杖を前へ向ける。


 まず攻撃魔法。


 いつもの癖で、できる限り強く撃ちたくなる。


 だが抑える。


 今日は標的を粉々にする試験ではない。


「《火球》!」


 火球が飛ぶ。


 標的へ直撃。


 爆炎が広がる。


 前回ほどではない。


 それでも十分な威力だった。


「威力、合格」


 試験官が記録する。


「次、障壁」


「はい!」


 息を整える。


「《炎壁》!」


 炎が正面へ広がる。


 今度は消えない。


 訓練用の魔法弾が飛んでくる。


 一発。


 二発。


 三発。


 炎壁が揺れる。


 それでも維持できている。


「そのまま」


「はい!」


 魔力が減っていく。


 自分自身の魔力なら、もう空になっている頃だ。


 けれど、悪魔から譲渡された魔力がまだある。


 まだ使える。


「解除」


 炎壁を消す。


「最後。もう一度、攻撃魔法」


「はい!」


 これまでなら、ここで終わっていた。


 杖を持ち上げることすらできなかった。


 だが今日は違う。


 外付けの魔力は、まだ残っている。


 リナは標的へ杖を向けた。


「《火球》!」


 二発目の火球。


 標的へ命中。


 石片が飛び散る。


 少し遅れて、試験官が言った。


「合格」


「…………」


 聞き間違いかと思った。


「え?」


「再試験、合格だ」


「本当に?」


「嘘を言ってどうする」


「……受かった」


 杖を握ったまま呟く。


 退学しなくていい。


 学園に残れる。


「受かった……!」


 思わず声が大きくなった。


 試験官が少し笑う。


「まだ進級しただけだぞ」


「はい!」


「それから」


「はい?」


「前回より魔力の使い方がかなり良くなっている」


 リナの胸が少し跳ねた。


「威力を抑えることを覚えたな」


「練習しました」


「その調子で続けなさい」


「はい!」


 試験官へ頭を下げる。


 訓練場を出たところで、エマが待っていた。


 リナを見る。


 顔を見るだけで分かったらしい。


「受かった?」


「受かった!」


「やったじゃん!」


 抱きつかれた。


「ちょ、エマ!」


「退学回避!」


「声大きいって!」


「お祝いしよう!」


「安いやつね!」


「覚えてたんだ」


「こっちはお金ないんだから!」


 二人で笑う。


 久しぶりに、何も考えずに笑えた気がした。


          ◇


 食堂で簡単なお祝いをしてから、リナは寮へ戻った。


 扉を開ける。


「ただいま」


 悪魔が机の上に座っていた。


「戻ったか」


「受かった!」


「そうか」


「……それだけ?」


「他に何がある」


「もうちょっと喜んでもいいじゃん」


「なぜ私が?」


「あなたのおかげでもあるんだから」


「私は契約を履行しただけだ」


「分かってるけど」


 リナは鞄を置く。


 少し考えてから、悪魔の前に立った。


「でも、ありがとう」


「礼は不要だ」


「言いたいから言ってるの」


「そうか」


 やはり変な悪魔だった。


 リナは椅子に座る。


 今日の試験を思い返す。


 最後まで魔法を使えた。


 途中で倒れなかった。


 魔力が残っているというだけで、あんなにも違う。


「……私、本当に魔力さえあれば普通にできるんだ」


「以前も言っただろう」


「うん」


 才能がないわけではない。


 足りないのは魔力だけ。


 そこを補えばいい。


「でも毎回契約するわけにもいかないよね」


「なぜだ?」


「だって対価があるし」


「払えるなら問題ない」


「あなたはそうだろうけど」


 七日間の疲労を思い出す。


 あれはもう嫌だった。


「次は絶対、睡眠以外」


「好きに選べばいい」


「……まだ次も契約するって決めたわけじゃないから」


「そうか」


 悪魔はそれ以上、契約を勧めてこなかった。


 リナは椅子の背にもたれた。


 この悪魔は、条件を聞けば答える。


 選ぶのは自分だ。


 そう考えると。


 最初に思っていたほど、危険な存在ではないのかもしれない。


「……ん?」


 悪魔がこちらを見ていた。


「何?」


「契約で譲渡した魔力が残っている」


「ああ」


「どうする?」


 リナは自分の身体を確認する。


 確かに、試験を終えてもまだ残っている。


「返せるの?」


「返却する必要はない」


「じゃあ私の?」


「既にお前へ譲渡したものだ」


「じゃあ取っておく」


「分かった」


 少し得した気分だった。


          ◇


 数日後。


 リナは属性魔法の授業で杖を構えていた。


「今日は生徒会から授業の補助が来ている」


 教師の隣には、生徒会の徽章をつけた女子生徒が立っていた。


 会長ではない。


 以前、会長の後ろを歩いていた一人だ。


「二人一組で、攻撃側と防御側を交代しながら行うこと。リナは彼女と組め」


「はい」


 上級生がリナを見る。


「よろしく」


「よ、よろしくお願いします」


「緊張しなくていい」


 そう言われても無理だった。


 相手は上級生。


 しかも生徒会。


「まず私が攻撃する。君は障壁を」


「はい」


 リナは杖を構える。


「いくよ」


「はい!」


 魔法弾が飛ぶ。


「《炎壁》!」


 炎の障壁。


 一発目を防ぐ。


 二発目。


 三発目。


 まだ維持できる。


「悪くない」


 上級生が言う。


「次は少し強くする」


「はい!」


 魔法弾が飛ぶ。


 炎壁が大きく揺れた。


 足が後ろへ滑る。


「っ!」


 それでも消さない。


 もう一発。


 防ぐ。


「そこまで」


 リナは障壁を解除した。


 息を吐く。


「次は君が攻撃」


「はい」


 杖を向ける。


 今度はいつもの火球。


 ただし、威力は抑える。


「《火球》!」


 上級生が障壁を展開する。


 火球がぶつかる。


 炎が弾けた。


「なるほど」


 上級生が障壁を消す。


「会長が言っていた通りだ」


「え?」


「威力は高い」


 リナは思わず笑った。


「ありがとうございます」


「ただ、まだ使い方は粗い」


「……はい」


「でも以前よりいい」


「はい!」


 授業が終わる。


 会長だけでなく、生徒会の上級生にも認めてもらえた。


 少しずつ前へ進めている気がした。


          ◇


 夜。


 リナは机に向かっていた。


 母への手紙を書く。


『再試験、受かったよ』


 その一文を書いて、少し考える。


『前に話した生徒会長にも、才能がないわけじゃないって言ってもらった』


『今日も生徒会の先輩に魔法を褒めてもらった』


『ちゃんと卒業できるように頑張るから、心配しないでね』


 最後まで書く。


「よし」


 封筒へ入れる。


 明日出せば数日で村へ届くだろう。


「何をしている?」


 悪魔が机の端から見ている。


「手紙」


「何のためだ」


「母さんに送るの」


「母?」


「私を育ててくれた人」


「そうか」


「学費も出してくれてるんだよ」


「それは契約か?」


「違うよ」


「では、なぜ金を渡す?」


 リナは少し考えた。


「家族だから?」


「家族なら無償で財産を渡すのか」


「普通はそうじゃない?」


「知らない」


「悪魔には家族いないの?」


「人間と同じものはない」


「ふーん」


 リナは封筒を見た。


「だから、卒業したら今度は私が母さんを楽にするの」


「対価を返すのか」


「そういう言い方すると変だけど……まあ、近いのかな」


 悪魔はそれ以上尋ねなかった。


 リナは手紙を鞄へ入れる。


 再試験には受かった。


 退学の危機も、ひとまず遠ざかった。


 このまま頑張ればいい。


 魔力が足りないなら工夫する。


 どうしても必要なら――。


 リナは机の端に座る悪魔を見た。


 契約という方法だってある。


 一度経験したから、もう何も知らなかった頃ほど怖くはない。


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