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第38話 捕縛部隊

 炎壁が、四方から迫った拘束鎖を弾き飛ばした。


 熱風に押され、前列の警備隊員たちが大盾を構える。


「もう一度言う。杖を置いてくれ!」


 炎の向こうから、クラリスの声が届く。


「置いたら、寿命を取るんですよね?」


「契約者へ返してもらう!」


「だったら嫌です!」


 リナは炎壁を左右へ広げた。


 警備隊員たちは盾の陰へ入り、正面から押し返してくる。


 炎を受けても、盾は燃えなかった。


 表面に刻まれた水の術式が熱を逃がし、赤くなる前に冷やしている。


「火への対策まで……」


 炎壁の勢いが弱まった瞬間、頭上から水の網が落ちてきた。


「《雷矢》!」


 白い雷が網を打ち抜く。


 水に沿って光が広がり、網全体が空中で弾けた。


 その下を抜けようとしたリナの足元へ、土の帯が伸びる。


「邪魔!」


 杖を下へ向け、《火球》を撃った。


 爆ぜた炎が土を砕く。


 舞い上がった土と蒸気が、訓練場を白く覆った。


 リナはその中を入口へ走った。


 全員を倒す必要はない。


 訓練場から出られればいい。


 霧の中で、金属の擦れる音がした。


 身体を沈める。


 直前まで頭があった場所を、拘束鎖が通り過ぎた。


 リナは鎖を放った隊員の足元へ、威力を落とした《雷矢》を撃つ。


「ぐっ!」


 隊員が痺れ、膝を突いた。


 その隣から、別の隊員がすぐに盾を出す。


 雷は盾の表面を走り、下端から地面へ流れた。


 盾とつながった金属杭が、光を吸い込んでいる。


「それは、もう見ました」


 二発目を盾ではなく、杭へ撃つ。


 金属杭が折れた。


 逃げ場を失った雷が盾の上を跳ね、持っていた隊員の腕を痺れさせる。


 隊列に隙間が開いた。


「行ける」


 リナが踏み込む。


 だが、倒れた二人を後ろへ引きながら、次の盾役が前へ出た。


 さらにその後ろでは、捕縛用の杖が一斉にリナへ向けられている。


「交代が早すぎる……」


 炎で盾を押す。


 雷で拘束の杖を弾く。


 一人を倒すたび、別の隊員が同じ場所を埋めた。


 警備隊は、初めから長期戦にするつもりだった。


 リナ一人の魔力が尽きるまで、守る者と捕らえる者を入れ替え続ける。


「リナ!」


 霧の向こうから、青白い光が走った。


 反射的に《炎壁》を立てる。


 雷と炎が衝突し、訓練場を白く照らした。


 クラリスが、警備隊の隊列を抜けて近づいてくる。


「ここは通せない」


「どうしてもですか?」


「ああ」


 クラリスの杖先から、三本の雷が分かれた。


 一つは正面。


 残る二つは、炎壁の左右を回り込む。


 リナは後ろへ跳びながら、二本の《雷矢》を続けて放った。


 左右の雷を空中で打ち消す。


 正面の一本は炎壁で受け止めた。


「私だって、雷を使えます」


「知っている」


 クラリスが踏み込む。


 次の雷は、五つへ分かれた。


 合同訓練で見た魔法。


 けれど、あの時の固定標的とは違う。


 五本すべてが、別の角度からリナへ向かってくる。


「《炎壁》!」


 一枚では足りない。


 正面と左右へ三枚の炎壁を立て、高い威力で雷を止める。


 その間に、クラリスの姿が消えた。


 背後で空気が弾ける。


 リナは振り返り、杖を横へ払った。


 細い炎と、クラリスの杖が衝突する。


 クラリスは炎を避けながら杖を滑らせ、リナの手首を打った。


「っ!」


 杖を落としかける。


 リナは左手から炎を放ち、距離を取った。


 クラリスの制服の袖が焦げる。


 だが、クラリスは杖を下ろさない。


「私の方が弱いと思ってますか?」


「思っていない」


 クラリスは焦げた袖を一度見ただけだった。


「一人で押さえられる相手なら、これほど準備はしていない」


「一人じゃ勝てないからですか?」


「君を殺さずに止めるためだ」


 同じ答えばかりだった。


 リナは奥歯を噛んだ。


「それを決めるのも、先輩なんですね」


 杖へ契約魔力を流し込む。


 先端に集まった炎が、白く輝くまで圧縮された。


「防御!」


 クラリスの声に合わせ、警備隊の大盾が重なる。


「《火球》!」


 白い炎が盾の列へ衝突した。


 最初の盾が弾かれる。


 二人目の足が地面を滑る。


 盾に刻まれた水の術式が次々に消え、金属が赤く染まった。


 それでも、隊列は崩れなかった。


 後ろの隊員が前の背中を支え、さらに外側から防御魔法を重ねている。


 クラリスの雷が網のように広がり、火球の中心を細かく裂いた。


 一つだった炎が分かれ、威力を失って消えていく。


「まだ……!」


 リナは残った炎を地面へ落とした。


 爆風が土を巻き上げ、警備隊の視界を塞ぐ。


 その中を、結界の端へ走る。


 床と壁をつなぐ支柱が見えた。


「《雷矢》!」


 一本目で、支柱の表面に亀裂が入る。


 二本目。


 三本目。


 同じ場所へ雷を重ねると、支柱が砕けた。


 二重結界の内側に、人一人が通れるほどの穴が開く。


「開いた!」


 リナは穴へ飛び込んだ。


 その先で、もう一枚の光の膜に身体を弾かれた。


「第二結界、閉鎖を維持!」


 外側にも警備隊員が並んでいる。


 初めから、結界は二重だった。


 背後では、壊した内側の結界が修復を始めている。


 リナは二枚の間へ閉じ込められた。


「拘束鎖、放て!」


 左右から銀色の鎖が飛ぶ。


 炎で一本を弾く。


 雷でもう一本を落とす。


 三本目が、リナの左腕へ巻き付いた。


 冷たい金属から、魔力の流れを鈍らせる力が伝わってくる。


「離して!」


 契約魔力を一気に流し、鎖を内側から弾き飛ばした。


 左腕に赤い痕が残る。


「リナ、もうやめろ!」


 結界の向こうで、クラリスが叫ぶ。


「今なら、まだ誰も大きな怪我をしていない!」


「私も、させるつもりはありません!」


「なら杖を置け!」


「寿命を返さなくていいって約束してください!」


「それはできない!」


「じゃあ、やめません!」


 リナは外側の結界へ杖を向けた。


 今度こそ、一撃で壊す。


 本来の魔力は、もうほとんど残っていない。


 契約魔力も、急速に減っている。


 それでも、目の前の一枚を破るだけなら足りるはずだった。


 残っている魔力を杖先へ集める。


 白い炎が、先ほどよりさらに強く輝いた。


「全防御を外側へ!」


 大盾が並ぶ。


 その後ろへ、何層もの障壁が重なった。


 クラリスが一番前へ立つ。


「退いてください!」


「退かない!」


「《火球》!」


 白い炎が放たれた。


 最初の障壁が砕ける。


 二枚目に亀裂が走る。


 盾が赤く焼け、警備隊員たちの足が地面を滑った。


 クラリスの雷が炎の中心へ突き刺さる。


 炎が左右へ裂ける。


 残った威力が最後の障壁へぶつかり、光とともに消えた。


「嘘……」


 リナの膝が揺れた。


 契約魔力は、ほとんど空になっている。


 本来の魔力も尽きていた。


 結界は壊れていない。


 警備隊には、まだ動ける者が残っている。


 クラリスも立っていた。


「降伏してくれ」


 クラリスが、結界の内側へ入ってくる。


「君が弱いと言っているのではない。これ以上続ければ、誰かが死ぬ」


「私を閉じ込めなければ、続きません」


「それはできない」


 どちらも、同じ言葉しか返さなくなっていた。


 リナは、残った魔力を探した。


 あと一度。


 弱い魔法なら撃てる。


 クラリスの足元へ雷を落とし、動きを止める。


 その隙に、結界の支柱を――


「今だ!」


 警備隊の指揮官が叫んだ。


 リナの足元に、隠されていた魔法陣が浮かび上がる。


 土の輪が両足を固定した。


 水の帯が右腕へ絡み、杖を外側へ引く。


 四方から、新しい拘束鎖が迫る。


 リナは最後の雷を足元へ落とした。


 土の輪が砕ける。


 水の帯も半分まで千切れた。


 だが、そこで魔力が尽きた。


 杖が右手から離れる。


 銀色の鎖が左腕へ触れた。


 正面では、クラリスの雷が網となって迫っている。


 避けられない。


 そう思った瞬間。


「契約を提案する」


 悪魔の声がした。


 音が消えた。


 クラリスの雷が、空中で止まっている。


 拘束鎖も、水の帯も動かない。


 舞い上がった土の粒さえ、同じ場所に浮かんでいた。


 リナは身体を動かそうとした。


 指一本、動かなかった。


 呼吸もできない。


 瞬きをすることも、目の前の雷から視線を外すこともできない。


 動いているのは、意識だけだった。


 その静止した世界を、悪魔が歩いてくる。


 いつもなら、机の上に座れるほど小さな身体。


 今、リナの前に立った悪魔は、人間よりも大きかった。


 長く伸びた角。


 訓練場の光を覆う、黒い翼。


 鋭い爪と、濃い闇に縁取られた輪郭。


 姿は変わっていた。


 それでも、リナにはいつもの悪魔だと分かった。


『……大きくなったね』


 声にはならなかったはずの言葉へ、悪魔が答えた。


「そうだな」


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