第32話 見覚えのある炎
雷の義賊が捕らえた犯罪者は、必ず生きていた。
縛られたまま警備隊へ引き渡され、凶器も現場に残されている。
だが、多くの現場で、盗まれた金品だけが見つからない。
正体不明の雷使いに対抗するため、警備隊は魔法学園へ協力を求めていた。
クラリスは雷魔法への知識と戦闘力を買われ、学園側の協力者として会議へ参加している。
「これで五件目です」
警備隊の詰所で、隊員が机の上へ報告書を置いた。
「捕らえられた者たちが財物を使い切った可能性は?」
クラリスが尋ねる。
「最初はそう考えました。しかし商会の帳簿と、被害者の証言が合いません。直前まで拠点にあったはずの品まで消えています」
「義賊が持ち去ったと?」
「現物を運んだ痕跡はありません」
別の隊員が、空になった倉庫の見取り図を示した。
「荷車も使われていない。大量の金貨や銀食器を、一人で運んだとも考えにくい」
「転移魔法の痕跡は?」
「ありません」
捕縛された者たちは、雷の義賊についてほとんど話さない。
顔を隠していた。
雷魔法を使っていた。
それ以上を聞こうとすると、不自然に黙り込む者もいた。
「犯罪者を捕らえたこと自体は、治安の改善につながっています」
クラリスは報告書を閉じた。
「市民が感謝するのも理解できます。被害を訴えても証拠が足りず、動けなかった例もあるのでしょう」
「ですが、見逃すわけにはいきません」
「ええ」
悪人から奪ったからといって、その財産が奪った者のものになるわけではない。
盗品には、本来返すべき持ち主がいる。
何より、正体不明の魔法使いが独断で人を襲い続けている。
「捕らえて、事情を聞く必要があります」
クラリスが答えた。
◇
翌日の放課後。
リナはクラリスと、いつもの訓練場にいた。
「《火球》!」
杖の先から放った炎が、固定標的へ命中する。
中心だけが黒く焦げ、周囲にはほとんど燃え広がっていない。
「今のはよかった」
クラリスが標的を確かめる。
「威力を一点へ集められている。以前より、余分な魔力も少ない」
「ありがとうございます」
褒められると、今でも嬉しかった。
リナは杖を下ろし、次の標的が準備されるのを待った。
「クラリス先輩」
「なんだ?」
「最近噂になっている、雷の義賊っているじゃないですか」
クラリスの手が、わずかに止まった。
「ああ」
「先輩は、どう思いますか?」
何でもない話のつもりで聞いた。
食堂でも町でも、雷の義賊を悪く言う者はほとんどいない。
犯罪者を捕まえた。
脅されていた工房を助けた。
力のないトーマたちには、守るための力も与えた。
クラリスなら、きっと認めてくれる。
少しだけ、そう期待していた。
「犯罪者を捕らえたこと自体は、治安の改善につながっている」
クラリスはすぐには否定しなかった。
「警備隊が証拠を集めきれず、被害を止められなかった者もいる。その人々にとっては、助けられたことになるだろう」
「ですよね」
「だが、私はあの人物を義賊として称賛することはできない」
「……どうしてですか?」
思わず、聞き返していた。
「誰を犯罪者と決め、どこまで罰するかを、一人の魔法使いが独断で決めているからだ」
「でも、捕まったのは本当に悪い人たちなんですよね?」
「今まで引き渡された者については、犯罪の証拠が確認されている」
「なら、いいんじゃないですか?」
「その者たちを捕らえる過程だけが問題なのではない」
クラリスは周囲を見た。
近くにほかの生徒がいないことを確かめてから、声を少し落とす。
「詳しくは話せないが、義賊が襲った場所から、保管されていた財物が消えている」
「犯罪者が盗んだ物ですか?」
「その可能性が高い。被害届と一致する品もある」
「でも、悪い人から取り返したんですよね」
「取り返したなら、元の持ち主へ返すべきだ」
リナは口を閉じた。
自分が魔力へ変えた物を思い出す。
金貨。
宝石。
銀食器。
魔道具。
「持ち主って、誰なんですか?」
「被害届に記録されている限りでは、貴族家や大きな商会が多い」
「それなら、少しくらい戻らなくても困らないんじゃ……」
「裕福なら、財産を奪われてもよいということにはならない」
クラリスの答えは早かった。
「商会の財物は、所有者一人の贅沢のためだけにあるわけでもない。そこで働く者への支払いや、取引にも関わる」
「……そうですか」
「悪人から奪ったからといって、その財産が奪った者のものになるわけではない」
クラリスはそう言ってから、少し表情を和らげた。
「ただ、義賊を称賛する市民を責めるつもりはない」
「え?」
「一般に知られているのは、町で嫌がらせや恐喝をしていた者が捕まり、誰も殺されていないという結果だ。消えた財物については公表されていない」
クラリスがリナを見る。
「市民が喜ぶのは当然だと思う。今の話は、彼らが知らない事情まで含めた私の判断だ」
「はい」
「すまない。公にされていない事情まで持ち出して、少し厳しい言い方をした」
「いえ。聞いたのは私なので」
リナは笑ってみせた。
だが、期待していた答えとは違った。
クラリスなら、もっと喜んでくれると思っていた。
自分が犯罪者を倒し、人を助けられるようになったことを、いつもの訓練と同じように褒めてくれると思っていた。
「なぜ、義賊のことが気になったんだ?」
「食堂で、みんなが話していたからです」
「そうか」
クラリスはそれ以上追及しなかった。
次の標的を所定の位置へ動かす。
「訓練を続けよう」
「はい」
リナは杖を構えた。
クラリスは公平で、正しい人だ。
だからこそ、自分がしていることも分かってくれると思っていた。
けれど、少しだけ。
決まりを大切にしすぎる人なのかもしれないと思った。
◇
警備隊は、一つの噂を町へ流した。
西区の廃倉庫に、悪質な犯罪集団が出入りしている。
大量の盗品を隠しているが、証拠が足りず踏み込めない。
誰かが酒場で話し、聞いた者が市場へ伝えた。
市場から工房へ。
工房から、雷の義賊へ情報を渡す者の耳へ。
数日後。
折り畳まれた紙が、リナの手元へ届いた。
「大量の盗品か」
寮の机へ紙を広げる。
悪魔は隣で、町の法律について書かれた本を読んでいた。
「人を襲って、荷物を奪ってるみたい」
「そう書かれている」
「契約する人も増えるし、魔力にもできるね」
「そうだな」
ただ、これまでと同じように確かめる必要はある。
リナは二晩、倉庫を見張った。
武器を持った男たちが出入りしている。
夜になると木箱を運び込み、周囲を何度も見回していた。
荷車には布が掛けられ、中身は隠されている。
噂どおりに見えた。
三日目の夜。
リナは濃い灰色の外套を着て、倉庫へ向かった。
◇
裏口の錠は、最初から外れていた。
少し妙だと思った。
だが、中から複数の話し声が聞こえる。
床には荷物を運んだ跡が残り、奥には木箱が積まれていた。
リナは杖を構える。
「《雷矢》」
白い光が、扉の向こうにいた男の足元へ走った。
男は横へ跳ぶ。
同時に、倉庫の四隅が青く光った。
「え?」
床から光の壁が立ち上がる。
扉も窓も、薄い膜のような結界に覆われた。
「捕縛結界、展開!」
積まれていた木箱の陰から、警備隊員たちが現れる。
武器を持って出入りしていた男たちも、外套の下から警備隊の腕章を出した。
罠だった。
「杖を捨てろ!」
「抵抗しなければ危害は加えない!」
リナは後ろへ下がった。
「どうして」
「君には、捕縛と取り調べに応じてもらう」
「私は犯罪者を捕まえただけです」
「判断するのは君ではない!」
隊員が杖を向ける。
「それに、現場から消えた盗品についても聞く必要がある」
盗品。
犯罪者から取り返した戦利品のことだ。
警備隊に渡しても、自分には何も残らない。
だから魔力へ変えた。
それの何が問題なのか、リナには分からなかった。
「捕まるつもりはありません」
「ならば拘束する!」
複数の魔法が、同時に放たれた。
◇
地面から伸びた土の帯を、雷で砕く。
飛んできた網には弱い雷を流し、握っていた隊員の手を痺れさせた。
氷の杭は、杖へ雷を集中させて弾く。
相手は犯罪者ではない。
殺す理由も、寿命契約を迫る理由もなかった。
だから、威力を抑える。
腕を痺れさせる。
武器を弾く。
足元を崩して、動きを止める。
「囲め!」
人数が多い。
しかも、外周の結界が雷を吸っている。
何度撃っても、壁へ流れた白い光が床へ逃げていく。
「このままだと、出られない」
「結界の支点を破壊すれば脱出できる」
悪魔が答える。
「どれ?」
「北西の柱だ」
リナは契約魔力を一気に引き出した。
「《雷矢》!」
これまでより太い雷が、倉庫の柱へ突き刺さる。
床の術式が明滅した。
一度では壊れない。
「もう一回!」
二本目。
三本目。
雷が同じ場所へ重なり、結界の一角が砕けた。
壁の光が消える。
「突破された!」
リナは裏口へ走った。
外へ出る。
暗い路地へ飛び込もうとした、その瞬間。
「そこまでだ」
死角から、足元を縫うように青白い雷が迫った。
速い。
考える時間はなかった。
「《炎壁》!」
身体が覚えている魔法を、反射的に使った。
高い威力を短時間で集中させた炎が、地面から一気に立ち上がる。
雷と炎がぶつかり、夜道を白く照らした。
「――っ」
リナは炎の向こうに立つ人物を見た。
長い金髪。
青白い雷をまとった杖。
クラリス先輩。
名前を呼びそうになり、寸前で言葉を飲み込む。
クラリスの目が、炎壁へ向けられていた。
リナはすぐに雷を地面へ放った。
石畳が砕け、砂埃が舞う。
視界が塞がれた隙に、細い路地へ走った。
「待て!」
背後から声が追う。
リナは振り返らなかった。
◇
寮へ戻った時には、息が切れていた。
扉を閉め、外套と口布を外す。
「見られたかな」
「何をだ?」
「炎魔法」
「クラリスは見ていた」
「そうだよね……」
雷だけを使っていたから、正体を隠せていた。
けれど、あの時は考えるより先に炎壁が出た。
「同じ炎壁を使える人なんて、ほかにもいるよね」
「いる」
「なら、私だって決まったわけじゃない」
「そうだな」
悪魔の声は、いつもどおりだった。
リナは自分へ言い聞かせるように頷いた。
「しばらく、夜は出ない方がいいかな」
「判断するのはお前だ」
「……うん」
◇
翌日の実技授業。
クラリスは、生徒会の補助として訓練場に立っていた。
「次は防御魔法だ。合図に合わせて展開しろ」
教師が杖を上げる。
リナは昨夜のことを考えないようにした。
今は授業だ。
いつもどおりにすればいい。
「始め!」
「《炎壁》!」
炎を、短時間で一気に立ち上げる。
必要な場所だけへ高い威力を集中させ、すぐに形を固定する。
何度も練習してきた、リナの炎壁だった。
「よし。次!」
教師はそのまま通り過ぎた。
だが、クラリスだけは動かなかった。
昨夜、暗い路地で雷を防いだ炎。
立ち上がる速さ。
魔力の流れ。
高い威力を狭い範囲へ集める癖。
目の前の炎壁は、あれとあまりにもよく似ていた。
クラリスはリナを見つめた。
まだ、断定はできない。
それでも。
雷の義賊とリナを結ぶ疑いは、もう無視できなかった。




