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第28話 守るための力

「どうやったら、あなたのように強くなれますか?」


 若い男は、真っ直ぐにリナを見ていた。


「私みたいに?」


「同じ雷魔法じゃなくていいんです」


 男が傷だらけの手を握る。


「俺は魔法を使えません。でも、もう何もできずに見ているのは嫌なんです」


 工房へ来た男たちは、金を出せと迫った。


 断れば道具を壊され、働いている者が殴られた。


 この男も一度止めようとして、簡単に倒されたらしい。


「妹も、ここで働いてます」


「妹さん?」


「まだ十二です。掃除と荷運びだけですけど」


 男が俯く。


「あいつらが来るたび、奥に隠してました。俺が前に立っても、何の役にも立たなかった」


 リナは、自分の杖を見た。


 魔力が足りなかった頃。


 どれだけ練習しても、試験を最後まで続けられなかった。


 悔しくても、足りないものは努力だけでは埋まらなかった。


 この男も同じなのかもしれない。


「強くなったら、何をするの?」


「家族と、工房のみんなを守りたいです」


「仕返しは?」


 床へ倒れている男たちを見る。


「しません」


 若い男は少し迷ってから、もう一度言った。


「したくないわけじゃないです。でも、こいつらは警備隊に渡すんですよね」


「うん」


「なら、それでいいです」


 嘘をついているようには見えなかった。


「名前は?」


「トーマです」


「そう」


 リナは隣にいる悪魔を見た。


「この人を強くする契約もできる?」


「できる」


 トーマの目が、リナの隣へ動く。


 息を呑み、二歩ほど後ずさった。


「それが……」


「契約をしてくれる悪魔です」


 トーマの顔は青ざめていた。


 それでも、逃げなかった。


「魔法を使えるようにもできる?」


 リナが聞く。


「適性を新たに与えることは可能だ。ただし必要な対価は大きい」


「この人が払うなら、効率はいいんだよね?」


「他者の寿命を用いる場合よりは高い。それでも属性適性は高価だ」


「もっと安い方法は?」


「身体能力の強化であれば、少ない対価で可能だ」


 リナはトーマへ向き直った。


「魔法じゃなくて、身体を強くするのでもいい?」


「どのくらい強くなれますか」


「どのくらい?」


 悪魔がトーマの身体を見る。


「筋力、反応速度、持久力を、肉体が耐えられる範囲で恒常的に引き上げられる」


「この人たちみたいなのがまた来ても、追い払える?」


「複数の武装した魔法使いを、確実に一人で制圧できる保証はない」


「そっか」


「ただし、一般的な成人一人を上回る身体能力は得られる。逃走、救助、防御にも有効だ」


 十分だと思った。


 リナのように犯罪者の集団へ一人で向かう必要はない。


 危険な時に誰かを連れて逃げられる。


 助けを呼ぶまで時間を稼げる。


 それだけでも、何もできないのとは違う。


「対価は?」


 悪魔が必要な寿命を答えた。


 リナは眉を寄せる。


「もう少し弱くして、安くできない?」


「できる」


「どのくらいまで下げられる?」


 悪魔は強化の程度と、それぞれに必要な年数を説明した。


 リナは一つずつ聞き、必要のないものを外していく。


 長時間走り続ける力は、工房を守るだけならそれほどいらない。


 重い鎧を着て戦うわけでもない。


 必要なのは、重い物を動かせる力と、殴られそうになった時に避けられる速さ。


「これなら寿命二年だ」


「二年……」


 トーマが呟いた。


「寿命は、払ったら戻りません」


 リナは念を押した。


「痛みはないし、急に具合が悪くなることもない。でも、二年分は本当になくなります」


「分かりました」


「すぐ決めなくてもいいよ」


「決めます」


 トーマは悪魔を見ないようにしながら答えた。


「今のままで、次に誰かが来たら。また妹を隠して、殴られるのを待つだけです」


 震えていた声が、少しずつ落ち着く。


「それより、二年払って守れる方がいい」


「……分かった」


 リナは悪魔へ頷いた。


「ほかの条件は付けない」


「秘密保持も付与しないのか?」


「うん。いらないから」


「残り寿命の使用権は?」


「もらわない」


「金銭による支払いは?」


「取らないよ」


 トーマが驚いたように顔を上げる。


「でも、何かお礼を」


「いらない」


「どうして」


「力がなくて困るのは、私も知ってるから」


 リナは自分の杖を握り直した。


「あなたが自分の寿命を払って、自分の力を買うだけ。私は契約を手伝うだけだから」


 黒い魔法陣が、工房の床へ広がった。


 悪魔が契約内容を読み上げる。


 トーマは自身の寿命二年を対価として支払う。


 その対価により、トーマの筋力と反応速度を、身体が安全に耐えられる範囲で恒常的に強化する。


 それ以外の条件はない。


「契約するか?」


「します」


 トーマが答えた。


 魔法陣が光る。


「――っ」


 トーマの身体が一瞬だけ強張った。


 光が収まる。


 見た目は何も変わっていない。


「終わった?」


「契約は成立した」


 トーマが恐る恐る腕を動かす。


 足元に倒れていた鉄材を、両手で持ち上げた。


 先ほどまでは一人で動かせなかった物だった。


「軽い……」


 持ち上げたまま、呆然としている。


「急に無理すると身体を痛めるかもしれないから、慣れるまでは気を付けて」


「はい」


 トーマは鉄材を下ろした。


 今度は深く頭を下げる。


「ありがとうございます」


「うん」


 リナは少しだけ嬉しかった。


 自分が初めて魔力を得た時と同じように、足りなかったものを手に入れて喜んでいる。


 契約は、人から何かを取るためだけのものではない。


 こうして、人を助けることにも使える。


          ◇


 倒した男たちとの契約と、警備隊への連絡を終えたあと。


 リナは工房を離れた。


 トーマは、暗い路地へ消えていく外套の背中を見送った。


          ◇


 数日後。


 工房で積み上げていた木材が崩れた。


「危ない!」


 トーマは、そばにいた妹を抱えて飛び退いた。


 直後、落ちてきた太い木材を片腕で受け止める。


 重さに膝が沈んだが、押し潰されることはなかった。


 ほかの工員が駆け寄り、木材をどかす。


「トーマ、お前、いつからそんな力が……」


 トーマは自分の手を見た。


「雷の義賊に、もらったんだ」


「力を?」


「寿命を二年払った。でも、それだけだ」


 金は取られなかった。


 何かを命令されたわけでもない。


 契約について黙れとも言われなかった。


「俺たちを助けたあと、何の得にもならないのに、力までくれた」


 話を聞いた工員の一人が、呟いた。


「本当に、義賊なんだな」


 その話は、工房から隣の店へ伝わった。


 隣の店から、市場へ。


 やがて、雷の義賊は悪人を倒すだけではなく、弱い者へ力を授けるらしいという噂に変わっていった。


          ◇


 次の夜。


 リナがいつもの外套で路地へ入ると、一人の女が待っていた。


「雷の義賊様、ですよね」


 女は怯えながらも、逃げなかった。


「トーマから聞きました」


 折り畳んだ紙を、両手で差し出す。


「北区で子どもたちから金を取っている男たちがいます。居場所を調べてきました」


 紙には、建物の場所と、男たちが集まる時間が書かれていた。


「お願いです。あの人たちも、助けてください」


 リナは紙を受け取った。


 これまでは、自分で手配書と噂を探していた。


 今は、助けてほしい人の方から情報を持ってきた。


「分かりました」


 女の表情が明るくなる。


「ありがとうございます」


 深く頭を下げる姿を見て、リナは思った。


 もっと契約を使えば、もっと多くの人を助けられる。


 寿命で力を買えると知れば、救われる人はほかにもいるはずだった。


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