第27話 雷の義賊
翌日の放課後。
リナは警備隊詰所の前を通った。
掲示板には、新しい手配書が増えている。
荷馬車を襲った二人組。
市場の商人から金を脅し取っている男たち。
夜道で旅人を襲う集団。
以前なら、危険だから近づこうとも思わなかった名前ばかりだった。
今は違う。
捕まえれば、町の人が助かる。
契約すれば、使える寿命が増える。
金品があれば、契約魔力にも変えられる。
「一度に、全部できるんだよね」
小さく呟きながら、手配書の場所と特徴を覚える。
依頼として出されるのを待つ必要はない。
報酬を受け取れなくても、何も得られないわけではなかった。
◇
次に選んだのは、市場の商人から金を脅し取っている男たちだった。
リナはすぐには襲わなかった。
放課後に市場へ寄り、離れた場所から様子を見る。
翌日も、その次の日も。
男たちは夕方になると店を回り、店主から小袋を受け取っていた。
断った店の看板を蹴り、積まれた籠を倒すところも見た。
「本当に悪い人たちだね」
「そう見える」
屋根の陰に座った悪魔が答える。
「なら、いいよね」
リナは男たちが路地の奥へ消えるまで見届けた。
◇
三日目の夜。
濃い灰色の外套を着て、口元を布で隠す。
男たちが集まっていたのは、市場裏の古い酒蔵だった。
扉の隙間から、商人たちから集めたらしい小袋が見える。
リナは杖を握った。
「《雷矢》」
白い光が暗い室内を走る。
「ぐっ!」
一人が椅子ごと倒れた。
「誰だ!」
「あいつだ! 雷の――」
二人目が言い終える前に、もう一本の雷が杖を弾いた。
前回より当てやすい。
相手が杖を構える瞬間。
踏み込む前に足が止まる瞬間。
狙う場所が分かってきた。
男が風の刃を放つ。
リナは横へ避け、壁へ杖を向けた。
雷が石壁を叩く。
「次は外しません」
男の顔が引きつった。
逃げようと背を向ける。
その足元へ《雷矢》を落とした。
弾けた光に脚を取られ、男が床へ転がる。
残った者も、長くは持たなかった。
リナは全員を縛り、意識のある者から契約を始めた。
「殺さずに警備隊へ渡します。その代わり、契約してください」
悪魔が姿を現す。
男たちの顔から血の気が引いた。
「必要な条件は全部付けて。対価は契約する人から取って」
悪魔は、契約する本人にだけ必要な対価を告げた。
「そんなに取るのか……?」
「高すぎる。減らしてくれ」
男の一人が、縛られたままリナを見上げた。
「嫌なら、断ってもいいですよ」
「……断ったらどうなる?」
リナは少し首を傾げた。
「契約しないだけです」
「じゃあ、このまま警備隊に渡すのか?」
「いいえ」
杖の先で、白い雷が小さく弾けた。
男の顔が強張る。
「あなたたちは、商人を脅してお金を取ってましたよね」
「…………」
「私にも魔法を向けた」
リナは淡々と続けた。
「だから、契約しないなら、ここでどうするかは私が決めます」
「それって……」
「契約するなら、殺しません」
白い光がもう一度、杖先で瞬いた。
「そのまま生きた状態で警備隊へ渡します」
男たちは黙った。
「嫌なら断ってもいいです」
リナは本気でそう思っていた。
選ぶのは本人だ。
契約するか。
しないか。
どちらも選べる。
長い沈黙のあと、一人が口を開いた。
「……契約する」
ほかの男たちも、やがて同じ答えを返した。
リナは悪魔を見る。
「じゃあ、条件はそのままで」
「分かった」
秘密を話せず、リナを直接にも間接にも害せず、契約を邪魔することもできない。
そのうえで、残った寿命をリナが使える。
全員の契約が終わる。
秘密を話せず、リナを直接にも間接にも害せず、契約を邪魔することもできない。
そのうえで、残った寿命をリナが使える。
全員の契約が終わる。
「安全に使える寿命は増えた?」
「増えた」
「じゃあいい」
それぞれから何年取ったのかは、聞かなかった。
酒蔵にあった金貨と宝石も、悪魔との契約で魔力へ変えた。
変換効率は前に聞いている。
もう聞き直す必要はなかった。
空になった戸棚を閉め、リナは警備隊へ場所を知らせた。
◇
それから、同じことを繰り返した。
授業を受ける。
依頼をこなす。
帰りに手配書を確認する。
噂を聞き、現場を見て、本当に襲う相手かを確かめる。
夜になれば外套で姿を隠し、雷魔法で制圧する。
犯罪者には契約を結ばせる。
残り寿命の使用権を受け取り、必要な条件をすべて付ける。
拠点に残っている金品は魔力へ変える。
最後に警備隊へ知らせる。
正規の依頼より、ずっと効率がよかった。
一件の依頼で得られるのは、決められた報酬だけだ。
けれど匿名で犯罪者を捕まえれば、町の人を助けながら、寿命と魔力の両方を増やせる。
誰も殺していない。
警備隊にも引き渡している。
やっていることは、悪くないはずだった。
◇
ある夜。
寮へ戻ったリナは、机の上に座っている悪魔を見た。
「……ねえ」
「何だ」
「また大きくなってない?」
悪魔は開いた本の横で、小さな砂糖菓子をかじっていた。
読んでいるのは、悪徳領主から金を奪い、困っている村人へ返す盗賊の物語だった。
「以前よりは」
悪魔の角は、召喚した頃より明らかに長くなっている。
翼も少し大きい。
「契約が増えたから?」
「受け取った対価の一部を使った」
「自分を強くするために?」
「そうだ」
「私と同じだね」
リナは外套を畳みながら笑った。
悪魔は答えず、本へ視線を戻した。
「そのお話、面白い?」
「分からない」
「まだ分からないんだ」
「そうだ」
悪魔は淡々と答え、砂糖菓子をもう一口かじった。
リナは本の挿絵へちらりと目を向けた。
奪い返した金貨を、笑顔の村人たちへ配っている場面だった。
それ以上は気にせず、畳んだ外套を椅子の背へ掛けた。
◇
雷の義賊の噂は、町の中で少しずつ広がった。
狙われるのは、旅人を襲う者や、商人から金を脅し取る者ばかり。
捕らえられた者は生きていて、警備隊へ引き渡される。
「今度は南区の連中を捕まえたらしい」
「あいつら、ずっと店から金を取ってたんだ」
「警備隊も手を焼いてたのにな」
食堂でも、市場でも、好意的な声の方が多かった。
リナはそれを聞くたび、少しだけ嬉しくなった。
自分は力を手に入れた。
その力で、昔の自分のように何もできない人を助けている。
しかも、使える寿命と魔力は少しずつ増えていく。
間違っているところは、何もないように思えた。
◇
次に狙ったのは、川沿いの工房から金を脅し取っていた集団だった。
夜。
リナが最後の一人を雷で倒すと、物陰から誰かが出てきた。
「待ってください」
反射的に杖を向ける。
「違う! 俺は、そいつらの仲間じゃない!」
若い男だった。
痩せた身体に、擦り切れた仕事着を着ている。
両手には、古い火傷と新しい傷がいくつもあった。
「工房で働いてます。こいつらに、ずっと金を取られてて……」
男は床に倒れた者たちを見た。
「助けてくれて、ありがとうございます」
「警備隊を呼びます。もう大丈夫です」
リナが杖を下ろす。
男は安心しなかった。
傷だらけの手を握りしめ、リナを見つめている。
「義賊さん」
「何?」
「お願いがあります」
男が一歩、近づいた。
「どうやったら、あなたのように強くなれますか?」




