第26話 戦利品
リナは金貨の入った箱の前へしゃがんだ。
一枚だけ手に取る。
本物の金貨だった。
これだけあれば、学費をかなり払える。
宝石や魔道具まで売れば、もっと大きな金額になるはずだ。
「持って帰るのは無理だよね」
「量が多い」
「そういう意味じゃなくて」
金貨だけなら、少しずつ持ち出すことはできる。
だが、急に高額な学費を払えば、どこで手に入れたのか聞かれるかもしれない。
宝石や銀食器には、持ち主を示す印が残っている。
売ろうとすれば、店から警備隊へ連絡される可能性もあった。
「先に、あの人たちと契約しないと」
リナは金貨を箱へ戻した。
◇
倉庫の広い部屋へ戻る。
三人とも、まだ床へ倒れていた。
リナは右頬に傷のある男のそばへ行き、床に落ちていた水差しから少しだけ水をかけた。
「……っ」
男の瞼が動く。
何度か咳き込み、顔を上げた。
「起きました?」
「お前……」
身体を起こそうとして、縛られていることに気づく。
男が縄を引いた。
結び目は緩まない。
「これから、警備隊へ知らせます」
「待て」
「待ちません」
「話を聞け。金ならある」
男の視線が、奥の扉へ向く。
「見ました」
「好きなだけ持っていけ。だから縄を解け」
「それはできません」
捕まえた犯罪者を逃がせば、また誰かを襲うかもしれない。
それでは、ここまで来た意味がなかった。
「警備隊には渡します」
「だったら、さっさと呼べ」
「その前に契約してください」
男の動きが止まった。
「契約?」
「あなたたちは、私を殺そうとしました」
「先に襲ってきたのはお前だろうが!」
「手配されている人を捕まえただけです」
「警備隊でもないくせに、勝手なことを――」
「だから、選んでください」
リナは男へ杖を向けた。
「このまま殺さずに警備隊へ渡す代わりに、契約するか」
杖先で、小さな白い光が弾ける。
「ここで断るか」
「それのどこが選択だ」
「断ってもいいです」
男がリナを睨む。
その視線が、途中で止まった。
リナの隣に立つ悪魔を見ている。
「な……何だ、それ」
男が床を蹴り、後ろへ下がろうとした。
縛られた身体が、ほとんど動かない。
「契約に必要な条件を決めます」
リナは悪魔へ言った。
「成立に必要な対価は、この人から取って」
「指定できる」
「残った寿命を私が使えるようにする」
「指定できる」
「秘密保持」
「指定できる」
「私への直接的な加害、ほかの人を使った加害、契約を消したり邪魔したりする行動、嘘や噂でわざと損害を与える行動を禁止」
「指定できる」
「必要な条件は、これで全部?」
「以前指定した範囲と同一だ」
「じゃあ、それで」
悪魔が男へ向き直る。
契約の成立に必要な寿命を告げた。
「そんなに取るのか……!」
「条件に対する必要量だ」
「減らせ!」
男がリナを見る。
「少しくらい減らせるだろ!」
「条件を外すと、あとで私を襲えるようになります」
「もう襲わない!」
「約束だけでは信用できません」
リナは杖を下ろさなかった。
「契約しますか?」
「…………」
「しないなら、それでもいいです」
白い光が、もう一度杖先で弾ける。
「する!」
男が叫んだ。
「契約する。だから、それを消せ!」
「分かりました」
リナは悪魔へ頷いた。
黒い魔法陣が、倉庫の床へ広がる。
悪魔が契約内容を一つずつ読み上げた。
男は青ざめたまま、すべてに同意した。
魔法陣が光る。
契約が成立した。
◇
残りの二人も起こした。
最初の男と同じ条件を提示する。
一人は悪魔を見た瞬間に叫び、縄を引きちぎろうとした。
もう一人は必要な寿命を聞いて、何度も条件を減らすよう求めた。
リナはどの条件も外さなかった。
二人とも、最後には契約へ同意した。
黒い光が収まり、倉庫の床から魔法陣が消える。
「これで、使える寿命の総量は増えた?」
「増えた」
「誰も死なない範囲で使える分は?」
「増加した」
「なら、それでいい」
誰から何年使えるのかは聞かなかった。
必要なのは、使える総量が増えたということだけだった。
◇
リナはもう一度、奥の部屋へ戻った。
金貨、宝石、銀食器、魔道具。
このまま置いていけば、警備隊が回収するだろう。
そうなれば、リナには何も残らない。
犯罪者を倒したのは自分だ。
なら、倉庫にあったものを報酬として使ってもいいはずだ。
「これを対価にして、魔力をもらえる?」
悪魔へ聞く。
「可能だ」
「この人たちが盗んだものでも?」
「現在、それらを支配し、対価として差し出せる状態にあるのはお前だ」
「じゃあ、使えるんだ」
「使える」
リナは金貨の箱へ手を置いた。
「全部使ったら、どのくらいの魔力になる?」
「本日の戦闘で消費した契約魔力を補充し、それを上回る量を取得できる」
「寿命を使うよりは?」
「効率が悪い」
「どのくらい?」
悪魔が比較を説明する。
リナは顔をしかめた。
「やっぱり、もったいない」
正規に売ることができれば、もっと価値がある。
けれど、持ち帰ることも、保管することも難しい。
ここへ置いていけば、自分のものにはならない。
「仕方ないか」
リナは部屋の中を見回した。
「全部使う」
「分かった」
悪魔が床へ下りる。
財物を囲むように、黒い魔法陣が広がった。
「確認する」
「うん」
「私は、この部屋にある金貨、宝石、銀食器、魔道具、その他の財物を対価として取得する」
「うん」
「その対価に見合う魔力を、リナの契約魔力へ追加する」
「うん」
「取得した財物は消失し、返却できない」
「分かった」
「契約するか?」
「する」
魔法陣が光った。
金貨が黒い光へ変わる。
宝石も、銀食器も、魔道具も、積まれていた箱まで輪郭を失っていく。
黒い光は悪魔へ集まり、別の色へ変わってリナの胸へ流れ込んだ。
空になった部屋には、何も残らなかった。
「増えた?」
「増えた」
「今日使った分より多い?」
「多い」
「なら、いいかな」
効率は悪い。
それでも、契約魔力は襲撃前より増えていた。
◇
リナは倉庫の裏口を開けたままにした。
三人は縛った状態で、広い部屋へ並べてある。
「警備隊を呼んできます」
契約した男たちへ告げる。
「待て! 縄を解け!」
「それは契約に入っていません」
リナは倉庫を出た。
町へ戻る道を進む。
夜回りの警備隊が見えるところで、足を止めた。
「町外れの古い倉庫に、手配書の男たちがいます」
布越しに、低い声で伝える。
「誰だ!」
「全員、生きています」
「待て!」
リナは細い路地へ走った。
警備隊員が追ってくる。
だが、別の隊員が倉庫の方向を確認し、追跡を止めさせた。
リナは路地をいくつか曲がり、口元の布を外してフードを下ろした。
遠回りをして、寮へ戻った。
◇
翌朝。
「リナ、聞いた?」
食堂で向かいに座ったエマが、身を乗り出した。
「何を?」
「町外れで、手配されてた盗賊が捕まったんだって」
「そうなんだ」
「三人とも倉庫で縛られてたらしいよ。雷魔法で倒されてたって」
近くの席でも、同じ話をしていた。
「警備隊より先に捕まえたんだろ?」
「賞金も受け取ってないらしい」
「義賊みたいだな」
「雷の義賊か」
誰かがそう言って笑った。
悪くない呼び方だと思った。
「危ない人じゃないのかな」
エマが言う。
「でも、悪い人を捕まえたんでしょ?」
「そうだけど」
「誰も殺してないなら、いいことじゃない?」
「うーん……そうなのかな」
エマはまだ少し迷っている。
リナはパンをちぎった。
犯罪者を捕まえた。
使える寿命も増えた。
減った契約魔力より、多くの魔力が戻ってきた。
町の人も喜んでいる。
正式な依頼ではなかった。
それでも、昨日したことは、きちんと人の役に立っていた。




