第25話 最初の標的
翌日の放課後。
リナは町の古着屋にいた。
壁に掛けられた外套を一枚ずつ見る。
黒いものは高い。
汚れが目立ちにくく旅人によく売れるため、古着でもあまり値段が下がらないらしい。
「もう少し安いのはありませんか?」
「それなら、こっちだね」
店主が出したのは、濃い灰色の外套だった。
裾が少し擦り切れている。
リナには大きく、袖も手を隠すほど長い。
「大きすぎません?」
「だから安いんだよ」
リナは外套を羽織った。
肩から布が余り、身体の輪郭が分かりにくくなる。
フードを深く被れば、顔の上半分も影に隠れた。
「……これにします」
安い方がいい。
身体を隠すなら、大きい方が都合もよかった。
残った小銭で、口元を覆うための古い布も買った。
◇
寮の部屋へ戻ると、リナは制服から普段着へ着替えた。
その上から外套を羽織り、口元へ布を巻く。
鏡の前でフードを下ろした。
「どう?」
悪魔は机の上からリナを見る。
「顔の大部分が見えない」
「学園の生徒には見えない?」
「衣服から所属を判断する印は見えない」
「じゃあ、大丈夫かな」
声は布で少し籠もる。
いつもより低く話せば、知っている人でもすぐには分からないはずだ。
リナは外套を脱ぎ、鞄へ畳んで入れた。
「まだ行かないのか?」
「今日は見るだけ」
「そうか」
「本当に手配書の人たちか、確かめないと」
悪魔は何も答えなかった。
◇
町外れの古い倉庫は、使われなくなった水路の近くにあった。
壁の漆喰は剥がれ、屋根の一部が傾いている。
正面の扉には錆びた錠が下がっていた。
遠くから見れば、誰も使っていないように見える。
リナは水路脇の石垣へ腰掛け、時折教本を開きながら倉庫を眺めた。
外套はまだ着ていない。
誰かに見られても、町外れで本を読んでいる学生にしか見えないはずだ。
見る場所は、日ごとに変えた。
一日目は、誰も来なかった。
二日目。
日が沈みかけた頃、荷車が倉庫の裏へ回り込んだ。
男たちが木箱を下ろしている。
錆びているはずの正面の錠は使わず、裏口から中へ運び込んでいた。
木箱の側面には、削り取られた印がある。
完全には消えていない。
警備隊詰所の手配書に描かれていた、襲われた商会の印と同じ形だった。
三日目。
手配書に似顔絵のあった男が、倉庫へ入っていった。
右の頬に、耳元まで伸びる傷がある。
服装も、手配書に書かれた特徴と一致していた。
「同じ人だよね?」
茂みの中で、リナは悪魔へ小声で聞く。
「外見上の特徴は一致する」
「盗まれた箱もあった」
「あったな」
「なら、間違ってない」
リナは倉庫の裏口を見た。
今日も襲わない。
中へ入る人数と、出入りする時間を確かめる。
正規の依頼ではない。
教師も認定護衛もいない。
失敗しても、助けには来てくれない。
だから、できるだけ確かめてから動く。
◇
四日目の夜。
リナは外套を羽織り、倉庫の裏へ回った。
口元の布を直す。
杖を握る手だけを、長い袖から出した。
「中にいる?」
「人間の気配はある」
「何人?」
「三人」
「昨日と同じだね」
裏口のそばで待つ。
しばらくすると、扉が開いた。
空の酒瓶を持った男が一人、外へ出てくる。
リナは杖を向けた。
「動かないで」
「あ?」
男が振り返る。
フードの奥にいるリナを見て、眉を寄せた。
「何だ、お前」
「中にいる人も呼んで。武器を置いてください」
「ガキか?」
男が酒瓶を投げた。
リナは横へ避ける。
瓶が壁へ当たり、砕けた。
男はそのまま裏口へ飛び込む。
「侵入者だ!」
「待って!」
リナは杖先に白い光を作った。
男の背中まで細い道を伸ばす。
「《雷矢》」
雷が走った。
だが、男は扉の内側へ曲がっている。
白い光は開いた扉へ当たり、表面を黒く焦がした。
「外れた……」
岩は動かなかった。
人間は動く。
分かっていたのに、狙う場所が遅れた。
倉庫の中から足音が近づく。
リナは裏口から距離を取った。
扉は狭い。
一度に出られるのは一人だけだ。
杖を男ではなく、扉の前へ向ける。
「どこだ!」
短剣を持った男が飛び出した。
足が地面へ着く。
その瞬間、リナは魔力を流した。
「《雷矢》」
白い光が男の脚へ走る。
「がっ――!」
男の身体が跳ね、短剣が落ちた。
膝をついたが、倒れない。
「弱すぎた」
殺さないように抑えすぎた。
男が震える脚で立ち上がろうとする。
リナはもう一度、同じ脚へ杖を向けた。
「やめ――」
今度は、少しだけ魔力を増やす。
乾いた音とともに男が倒れた。
動かなくなる。
「死んだ?」
「生命活動は続いている」
「よかった」
息をつく暇はなかった。
倉庫の中から、風の刃が飛んでくる。
リナは地面へ身を伏せた。
フードの上を風が抜け、背後の草を切る。
「雷使いだ! 近づけ!」
杖を構えた男が、裏口に立っている。
その後ろでは、最初の男が棍棒を握っていた。
リナは倒れた男の短剣を蹴り、倉庫の中へ滑らせた。
二人の視線が一瞬だけ下がる。
杖を構えた男の足が止まった。
今なら動かない。
「《雷矢》」
白い光が肩へ当たる。
男の杖が手から落ちた。
壁へぶつかり、そのまま崩れ落ちる。
「このっ!」
最後の男が飛び出してきた。
リナは後ろへ下がる。
棍棒が外套の端を掠めた。
男は止まらない。
杖先から道を伸ばしても、すぐに位置が変わる。
リナはさらに下がった。
男が棍棒を振り上げる。
振り下ろす直前だけ、足が止まった。
そこへ狙いを合わせる。
「《雷矢》」
雷が男の脇腹へ当たった。
棍棒がリナの横へ落ちる。
男は二歩よろめき、うつ伏せに倒れた。
「…………」
リナは杖を向けたまま待った。
三人とも起き上がらない。
「全員、生きてる?」
「生きている」
「そっか」
ようやく杖を下ろした。
本来の魔力は途中で尽きている。
後半は契約魔力を使った。
それでも、炎は一度も出していない。
「できた」
固定された岩とは違った。
最初の一発は外した。
何度も撃ち直した。
それでも三人を殺さずに倒せた。
リナは倉庫にあった縄を使い、男たちの手足を縛った。
◇
倉庫の中を確かめる。
表の広い場所には、空箱と古い荷車しかなかった。
奥の壁に、頑丈な扉がある。
倒した男の腰から鍵束を外し、一つずつ試した。
三本目の鍵で、錠が開く。
扉を押した。
「……何これ」
小さな部屋の中に、木箱が積まれていた。
蓋の開いた箱には、金貨が入っている。
別の箱には、布に包まれた宝石。
壁際には、銀の食器と、見たことのない魔道具まで並んでいた。
商会の印が削られた箱もある。
警備隊が探していた盗品なのだろう。
リナは部屋の中へ入った。
「これ、全部盗んだものかな」
「私は所有者を判別できない」
「そうだよね」
犯罪者を捕まえても、正式な依頼ではないから報酬は出ない。
そう思っていた。
けれど、目の前には。
報酬にできそうなものが、いくらでも積まれていた。




