↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

25/40

第25話 最初の標的

 翌日の放課後。


 リナは町の古着屋にいた。


 壁に掛けられた外套を一枚ずつ見る。


 黒いものは高い。


 汚れが目立ちにくく旅人によく売れるため、古着でもあまり値段が下がらないらしい。


「もう少し安いのはありませんか?」


「それなら、こっちだね」


 店主が出したのは、濃い灰色の外套だった。


 裾が少し擦り切れている。


 リナには大きく、袖も手を隠すほど長い。


「大きすぎません?」


「だから安いんだよ」


 リナは外套を羽織った。


 肩から布が余り、身体の輪郭が分かりにくくなる。


 フードを深く被れば、顔の上半分も影に隠れた。


「……これにします」


 安い方がいい。


 身体を隠すなら、大きい方が都合もよかった。


 残った小銭で、口元を覆うための古い布も買った。


          ◇


 寮の部屋へ戻ると、リナは制服から普段着へ着替えた。


 その上から外套を羽織り、口元へ布を巻く。


 鏡の前でフードを下ろした。


「どう?」


 悪魔は机の上からリナを見る。


「顔の大部分が見えない」


「学園の生徒には見えない?」


「衣服から所属を判断する印は見えない」


「じゃあ、大丈夫かな」


 声は布で少し籠もる。


 いつもより低く話せば、知っている人でもすぐには分からないはずだ。


 リナは外套を脱ぎ、鞄へ畳んで入れた。


「まだ行かないのか?」


「今日は見るだけ」


「そうか」


「本当に手配書の人たちか、確かめないと」


 悪魔は何も答えなかった。


          ◇


 町外れの古い倉庫は、使われなくなった水路の近くにあった。


 壁の漆喰は剥がれ、屋根の一部が傾いている。


 正面の扉には錆びた錠が下がっていた。


 遠くから見れば、誰も使っていないように見える。


 リナは水路脇の石垣へ腰掛け、時折教本を開きながら倉庫を眺めた。


 外套はまだ着ていない。


 誰かに見られても、町外れで本を読んでいる学生にしか見えないはずだ。


 見る場所は、日ごとに変えた。


 一日目は、誰も来なかった。


 二日目。


 日が沈みかけた頃、荷車が倉庫の裏へ回り込んだ。


 男たちが木箱を下ろしている。


 錆びているはずの正面の錠は使わず、裏口から中へ運び込んでいた。


 木箱の側面には、削り取られた印がある。


 完全には消えていない。


 警備隊詰所の手配書に描かれていた、襲われた商会の印と同じ形だった。


 三日目。


 手配書に似顔絵のあった男が、倉庫へ入っていった。


 右の頬に、耳元まで伸びる傷がある。


 服装も、手配書に書かれた特徴と一致していた。


「同じ人だよね?」


 茂みの中で、リナは悪魔へ小声で聞く。


「外見上の特徴は一致する」


「盗まれた箱もあった」


「あったな」


「なら、間違ってない」


 リナは倉庫の裏口を見た。


 今日も襲わない。


 中へ入る人数と、出入りする時間を確かめる。


 正規の依頼ではない。


 教師も認定護衛もいない。


 失敗しても、助けには来てくれない。


 だから、できるだけ確かめてから動く。


          ◇


 四日目の夜。


 リナは外套を羽織り、倉庫の裏へ回った。


 口元の布を直す。


 杖を握る手だけを、長い袖から出した。


「中にいる?」


「人間の気配はある」


「何人?」


「三人」


「昨日と同じだね」


 裏口のそばで待つ。


 しばらくすると、扉が開いた。


 空の酒瓶を持った男が一人、外へ出てくる。


 リナは杖を向けた。


「動かないで」


「あ?」


 男が振り返る。


 フードの奥にいるリナを見て、眉を寄せた。


「何だ、お前」


「中にいる人も呼んで。武器を置いてください」


「ガキか?」


 男が酒瓶を投げた。


 リナは横へ避ける。


 瓶が壁へ当たり、砕けた。


 男はそのまま裏口へ飛び込む。


「侵入者だ!」


「待って!」


 リナは杖先に白い光を作った。


 男の背中まで細い道を伸ばす。


「《雷矢》」


 雷が走った。


 だが、男は扉の内側へ曲がっている。


 白い光は開いた扉へ当たり、表面を黒く焦がした。


「外れた……」


 岩は動かなかった。


 人間は動く。


 分かっていたのに、狙う場所が遅れた。


 倉庫の中から足音が近づく。


 リナは裏口から距離を取った。


 扉は狭い。


 一度に出られるのは一人だけだ。


 杖を男ではなく、扉の前へ向ける。


「どこだ!」


 短剣を持った男が飛び出した。


 足が地面へ着く。


 その瞬間、リナは魔力を流した。


「《雷矢》」


 白い光が男の脚へ走る。


「がっ――!」


 男の身体が跳ね、短剣が落ちた。


 膝をついたが、倒れない。


「弱すぎた」


 殺さないように抑えすぎた。


 男が震える脚で立ち上がろうとする。


 リナはもう一度、同じ脚へ杖を向けた。


「やめ――」


 今度は、少しだけ魔力を増やす。


 乾いた音とともに男が倒れた。


 動かなくなる。


「死んだ?」


「生命活動は続いている」


「よかった」


 息をつく暇はなかった。


 倉庫の中から、風の刃が飛んでくる。


 リナは地面へ身を伏せた。


 フードの上を風が抜け、背後の草を切る。


「雷使いだ! 近づけ!」


 杖を構えた男が、裏口に立っている。


 その後ろでは、最初の男が棍棒を握っていた。


 リナは倒れた男の短剣を蹴り、倉庫の中へ滑らせた。


 二人の視線が一瞬だけ下がる。


 杖を構えた男の足が止まった。


 今なら動かない。


「《雷矢》」


 白い光が肩へ当たる。


 男の杖が手から落ちた。


 壁へぶつかり、そのまま崩れ落ちる。


「このっ!」


 最後の男が飛び出してきた。


 リナは後ろへ下がる。


 棍棒が外套の端を掠めた。


 男は止まらない。


 杖先から道を伸ばしても、すぐに位置が変わる。


 リナはさらに下がった。


 男が棍棒を振り上げる。


 振り下ろす直前だけ、足が止まった。


 そこへ狙いを合わせる。


「《雷矢》」


 雷が男の脇腹へ当たった。


 棍棒がリナの横へ落ちる。


 男は二歩よろめき、うつ伏せに倒れた。


「…………」


 リナは杖を向けたまま待った。


 三人とも起き上がらない。


「全員、生きてる?」


「生きている」


「そっか」


 ようやく杖を下ろした。


 本来の魔力は途中で尽きている。


 後半は契約魔力を使った。


 それでも、炎は一度も出していない。


「できた」


 固定された岩とは違った。


 最初の一発は外した。


 何度も撃ち直した。


 それでも三人を殺さずに倒せた。


 リナは倉庫にあった縄を使い、男たちの手足を縛った。


          ◇


 倉庫の中を確かめる。


 表の広い場所には、空箱と古い荷車しかなかった。


 奥の壁に、頑丈な扉がある。


 倒した男の腰から鍵束を外し、一つずつ試した。


 三本目の鍵で、錠が開く。


 扉を押した。


「……何これ」


 小さな部屋の中に、木箱が積まれていた。


 蓋の開いた箱には、金貨が入っている。


 別の箱には、布に包まれた宝石。


 壁際には、銀の食器と、見たことのない魔道具まで並んでいた。


 商会の印が削られた箱もある。


 警備隊が探していた盗品なのだろう。


 リナは部屋の中へ入った。


「これ、全部盗んだものかな」


「私は所有者を判別できない」


「そうだよね」


 犯罪者を捕まえても、正式な依頼ではないから報酬は出ない。


 そう思っていた。


 けれど、目の前には。


 報酬にできそうなものが、いくらでも積まれていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。