第24話 秘密の雷
翌日の放課後。
リナは図書館の魔法理論の棚にいた。
雷属性の本は、すぐに見つかった。
背表紙には『初級雷魔法』『雷術式の組み立て』『雷による制圧と防御』と書かれている。
どれも読みたい。
だが、手には取らなかった。
少し離れた棚から、『属性魔法基礎理論』を抜き出す。
火、水、風、土、雷。
属性ごとの魔力の変化と、初歩的な術式をまとめた教本だった。
「また勉強?」
「わっ」
後ろから声をかけられ、リナは本を落としかけた。
振り返ると、エマが立っている。
「驚きすぎじゃない?」
「急に話しかけるから」
「何を借りるの?」
エマが教本の表紙を見る。
「属性魔法の基礎? 今さら?」
「属性ごとの違いを比べたら、火魔法の制御にも使えるかと思って」
「最近、本当に真面目だね」
「前から真面目だよ」
「そうだっけ?」
「そうなの」
エマは笑いながら、水魔法の棚へ向かった。
リナは教本を抱えたまま、貸出窓口へ行く。
雷属性の本だけを借りるよりは、不自然に見えないはずだった。
◇
その日の夜。
リナは机へ教本を広げた。
悪魔は隣からページを見ている。
「火と全然違う」
「そう書かれている」
「火は、魔力を熱に変えて広げるの。雷は、細い道を先に作って、そこへ一気に流すんだって」
「そうか」
「分かってる?」
「書かれている内容は読める」
「魔法の感覚は?」
「私は人間の方法で魔法を使わない」
「じゃあ、教えてはくれないんだ」
「教えるための知識がない」
「そっか」
リナは雷属性のページへ目印の紙を挟んだ。
初歩の練習は、杖先に小さな雷を作るところから始まる。
それができたら、離れた標的まで魔力の道を伸ばす。
基礎攻撃魔法の名前は《雷矢》。
クラリスが見せたような分岐や威力の個別調整は、そのずっと先だった。
◇
次の日。
授業を終えたリナは、夕食までの時間を使って学園から離れた林へ向かった。
学外依頼で何度も通った道から外れ、周囲に人がいないことを確かめる。
低い岩が露出した場所で足を止めた。
「ここなら見られないよね」
「見える範囲に人間はいない」
悪魔が答える。
リナは岩へ杖を向けた。
杖先に魔力を集める。
いつものように火へ変えず、細く、真っ直ぐに保つ。
「…………」
杖先が赤く光った。
小さな炎が浮かぶ。
「火だ」
「見れば分かるよ」
炎を消す。
もう一度。
今度は熱へ変わる前に止めた。
何も起きない。
三度目も、四度目も同じだった。
「適性、本当にある?」
「ある」
「昨日も聞いたね」
「聞かれた」
五度目を試したところで、本来の魔力が少なくなった。
契約魔力は使わない。
練習だけで減らすのはもったいなかった。
「今日は終わり」
リナは教本を閉じた。
◇
翌日も失敗した。
その次の日は、杖先で一瞬だけ白い光が弾けた。
「今の!」
「雷だ」
「出た!」
もう一度試す。
何も出ない。
それでも、失敗の仕方が変わった。
火にならなかった。
何も起きないだけでもなかった。
正しい道へ、一度は魔力を流せた。
リナは教本の同じ箇所を何度も読み直した。
杖の動かし方。
魔力を細く保つ方法。
標的までの距離。
クラリスが雷を放った時の姿も思い出す。
◇
最初の練習から六日目。
リナは岩へ杖を向けた。
杖先で白い光が弾ける。
消える前に、岩まで細い道を作る。
「《雷矢》」
白い線が、空気を裂いた。
乾いた音が林へ響く。
雷は狙った岩へ当たり、表面を黒く焼いた。
細い亀裂が、岩の中央から左右へ走る。
「…………」
リナは杖を向けたまま固まった。
「出た」
「出たな」
「雷魔法だ」
「そうだ」
岩へ近づく。
指で亀裂へ触れた。
初級魔法の練習で、岩が割れるとは教本に書かれていない。
「威力、大きすぎた?」
「見本として描かれた結果より大きい」
「雷でも同じなんだ」
魔力量は少ない。
けれど、一度に魔力を放つ時の威力は高い。
それは火属性だけの特徴ではなかった。
新しく得た雷にも、リナの魔法の癖はそのまま表れている。
「もう一回」
今度は流す魔力を減らす。
白い光が岩へ走り、小さな焦げ跡を残した。
割れない。
「できた」
さらにもう一度。
二発目も同じ場所へ当たった。
三発目を撃つ前に、魔力が少なくなった感覚がした。
リナは杖を下ろす。
「今日はここまで」
クラリスのように五つへ分けることはできない。
動く相手に当てたこともない。
それでも、雷は出た。
十一人分の寿命で買った適性は、確かに自分のものになっていた。
◇
帰り道。
リナは町の警備隊詰所の前で足を止めた。
壁には、手配書や注意書きが何枚も貼られている。
街道で商人を襲った盗賊。
倉庫から品物を盗んだ集団。
町の外れで人を脅して金を取った男たち。
情報提供を求める紙もあれば、出没する地域まで絞られていても、危険度が高く学生には受けられない捕縛依頼もある。
これまでは、教師や認定実務者から許可された依頼だけを選んでいた。
依頼が出るまで待つ。
参加を認められるまで待つ。
契約できる相手と偶然二人きりになるのを待つ。
それでは、寿命はなかなか増えない。
リナは手配書を一枚ずつ見た。
「雷なら、私だって分からないよね」
「お前が雷属性を得たことは、ほかの人間に知られていない」
「顔も隠せば、もっと分からない」
「そうだろうな」
悪魔はそれ以上何も言わなかった。
犯罪者を捕まえれば、町の人が助かる。
殺さずに契約すれば、リナの寿命残高も増える。
正式な依頼ではなくても、悪いことを止めるのは同じだ。
「依頼が来るのを待つより、悪い人をこちらから探した方が早い」
リナは手配書に書かれた場所を覚えた。
明日は、地図で周辺の道を調べる。
その次は、どこから見張ればいいかを確かめる。
いきなり戦う必要はない。
相手が本当に手配書の人間なのか、自分で見てから決めればいい。
リナは詰所を離れ、寮へ戻った。
◇
部屋へ入ると、悪魔は机の上で町と街道の地図を広げていた。
「それ、借りていい?」
「構わない」
リナは地図の端へ椅子を寄せた。
紙を一枚取り出し、手配書で見た場所を書き写していく。
町外れの古い倉庫。
商人が襲われた街道。
金を脅し取る男たちが目撃された路地。
「これは学園の依頼ではないのだろう?」
「うん」
「では、報酬はない」
「犯罪者が持ってるものはあるかもしれないし、契約もできる」
リナは地図の上で三つの場所を見比べた。
「それに、依頼になるまで待たないだけだよ。悪い人を止めることは同じでしょ」
「そうか」
悪魔はそれ以上問わなかった。
制服のままでは、学園の生徒だと分かる。
顔も隠した方がいい。
杖の持ち方や声まで変える必要があるかもしれない。
考えることは多かった。
それでも、依頼票が掲示されるのを待つよりは早い。
「まずは、見つけるところから」
リナは町外れの古い倉庫に、小さな丸を付けた。
それは、初めて自分で選んだ、依頼ではない目的地だった。




