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第23話 雷を買う

 翌日。


 最後の授業が終わると、リナはまっすぐ寮へ戻った。


「ただいま」


「おかえり」


 悪魔は机の上にいた。


 昨日と同じ地図を広げ、町から伸びる街道を指でなぞっている。


「まだ見てたの?」


「昨日とは別の道を見ている」


「違いがあるんだ」


「ある」


 リナには、どれも曲がった線にしか見えなかった。


 鞄を置き、制服の上着を脱ぐ。


 椅子へ座ってから、手帳を開いた。


 昨日書いた文字がある。


 雷属性――購入可能。


「契約する」


 悪魔が地図から顔を上げた。


「雷属性の魔法適性か」


「うん」


「対価は、現在お前が使用権を持つ他者の寿命から支払う。それでよいか?」


「それでいい」


「必要量は、使用できる総量のほぼすべてになる」


「昨日聞いた」


「契約後も使用権は残るが、使える寿命はわずかになる」


「分かってる」


 答えてから、手帳の十一という数字を見る。


 六人分では足りなかった。


 依頼を増やした。


 救助した人。


 捕まえた人。


 襲ってきた人。


 一人ずつ契約して、ようやくここまで貯めた。


「……ほとんどなくなるんだよね」


「そうだ」


「ちょっと、もったいないかも」


 悪魔は何も言わない。


 使うために貯めた。


 雷魔法が欲しくて始めたことだ。


 ここで使わなければ、何のために十一人まで増やしたのか分からない。


「やっぱり契約する」


「分かった」


 悪魔が地図を畳んだ。


          ◇


 机の上を空け、リナと悪魔は向かい合った。


「契約内容を確認する」


「うん」


「お前が使用権を持つ十一人の残り寿命から、雷属性適性の取得に必要な量を対価として受け取る」


「うん」


「対価は、それぞれの残量を考慮して分散する」


「うん」


「対価の支払い後、私はお前へ雷属性の魔法適性を追加する」


「うん」


「現在の火属性適性は失われない」


「うん」


「雷魔法の知識、技術、熟練は契約に含まれない」


「それも分かってる」


 悪魔がリナを見る。


「相違ないか?」


「ない」


「契約するか?」


 リナは一度、息を吸った。


「する」


 黒い魔法陣が、寮の床へ広がった。


 リナの中にある十一本の糸が、同時に浮かび上がる。


 水魔法を使った逃亡犯。


 ミレーヌたち三人。


 雇われた襲撃者。


 丘陵で助けた薬草採集者。


 それから、最近の依頼で契約した五人。


 名前を知らない者も多かった。


 黒い光が、一本ずつ糸を流れてくる。


「…………」


 最初の糸が細くなる。


 次の糸も。


 三本目も、四本目も。


 十一本すべてから、黒い光が悪魔へ集まっていく。


 誰かの声が聞こえることはない。


 痛みを訴える声もない。


 ただ、リナが使える寿命の量だけが減っていく。


 光は悪魔の身体を通り、一本の細い線になった。


 線が、リナの胸へ入る。


「――っ」


 身体の奥で、何かが弾けた。


 痛くはない。


 指先から肩まで、細かな震えが駆け上がる。


 髪がわずかに浮き、机の上の紙が震えた。


 火の魔力とは違う。


 冷たいようで、熱い。


 一瞬で全身を走り抜け、すぐに消えた。


 魔法陣の光が収まる。


「終わった」


 悪魔が言った。


「これで?」


「お前には雷属性の魔法適性がある」


 リナは両手を見る。


 見た目は何も変わっていない。


 火傷も傷もない。


 試しに右手を前へ出した。


 合同訓練で見たクラリスの姿を思い出す。


 杖へ魔力を流し、雷を――。


「…………」


 何も起きなかった。


「出ない」


「知識と技術は含まれないと説明した」


「分かってたけど、少しくらい出るかと思った」


「適性は、魔法の使い方ではない」


「本当にあるんだよね?」


「ある」


「そっか」


 残念ではある。


 それでも、今まではどれだけ勉強しても使えなかった。


 これからは、覚えれば使える。


「明日、図書館に行こう」


「そうか」


「雷魔法の本、借りないと」


「適性を隠すのではなかったか?」


 リナの手が止まる。


「……そうだった」


 生まれつきの適性が、途中から増えることはない。


 雷属性の本ばかり借りれば、不審に思われるかもしれない。


「属性の基礎理論なら、ほかの属性も一緒に載ってたはず」


「なら、それを読めばよい」


「うん」


          ◇


 リナはもう一度、十一本の糸を確かめた。


 すべて残っている。


 切れたものはない。


 だが、どの糸も契約前とは比べものにならないほど細かった。


「誰も死んでない?」


「現在、切れたつながりはない」


「そっか」


 リナは短く息を吐いた。


          ◇


 その頃。


 警備隊の牢にいる水魔法使いは、見回りの足音で目を覚ました。


 寝返りを打ち、また目を閉じる。


 身体に痛みはない。


 自分の寿命が減ったことにも気づかない。


 学園を辞めたミレーヌは、自宅の窓から外を眺めていた。


 学園の制服を着た生徒が道を通ると、反射的に窓から離れる。


 それ以外に、何かが変わった感覚はなかった。


 丘陵で救助された薬草採集者は、包帯を巻いた足を椅子へ乗せ、温かいスープを飲んでいた。


 助かった日のことは覚えている。


 契約のことは誰にも話せない。


 それでも、今夜のスープは昨日までと同じ味がした。


 ほかの契約者たちも同じだった。


 傷も、痛みも、喪失感もない。


 自分に残された時間が短くなったことを、誰も知らなかった。


          ◇


 手帳を開く。


 自分で払った寿命。


 三年半。


 他人の寿命から増やした分。


 四年。


 自分の残り寿命は、契約を始める前より半年多いままだった。


 その下へ書き足す。


 契約者――十一人。


 使用可能な寿命――残りわずか。


 雷属性――取得済み。


「あんなに貯めたのに」


 十一人という数字は変わっていない。


 けれど、中身はほとんどなくなった。


 少し惜しい。


 それ以上に、取得済みという文字が嬉しかった。


「まあ、また貯めればいいか」


 リナは手帳を閉じた。


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