第22話 増えていく契約
薬草採集者を救助してから、十日ほどが過ぎた。
リナは認定護衛二人の指揮のもと、荷馬車の護衛依頼に参加していた。
「前方、三人!」
先頭の護衛が声を上げる。
街道脇の茂みから、武器を持った男たちが飛び出してきた。
「荷物を置いていけ!」
一人が剣を抜く。
別の男が杖を構えた。
リナもすぐに杖を上げる。
「《炎壁》!」
街道を横切るように炎が立ち上がった。
「なっ――」
男たちの足が止まる。
その隙に、護衛二人が左右へ分かれた。
一人が剣を持った男を押さえ込み、もう一人が杖を弾き飛ばす。
残った男だけが、街道脇へ走った。
「一人逃げた!」
「追います!」
「深追いするな!」
「分かってます!」
リナは炎壁を消し、逃げる男を追った。
以前なら、走りながら魔法を当てるのは難しかった。
今は違う。
男が振り返った瞬間。
足が止まる。
「《火球》!」
威力を抑えた火球が、男のすぐ横の地面へ着弾した。
「うわっ!」
爆風に煽られ、男が転ぶ。
起き上がるより先に、リナは杖を向けた。
「動かないでください」
「くそ……」
男は身体を起こしかけたまま止まった。
街道は木々の向こうにある。
護衛たちの声も、ここまでは届かない。
リナは周囲を確認した。
「ここなら大丈夫かな」
「何がだ」
悪魔が隣へ現れる。
倒れていた男の顔が引きつった。
「な、何だそれ……」
「悪魔です」
「悪魔……?」
「契約を手伝ってくれるんです」
リナは男へ杖を向けたまま言った。
「このまま殺さずに、護衛の人たちのところまで連れていきます」
「……当たり前だろ」
「そうですか?」
杖の先に、小さな炎が灯る。
男の表情が変わった。
「あなたたち、荷馬車を襲いましたよね」
「…………」
「私たちにも武器を向けた」
男は答えなかった。
「だから、契約してください」
「何の契約だ」
「あなたをここでは殺さない。そのまま生きた状態で護衛の人たちに引き渡します」
リナは悪魔を見る。
「いつもの条件でいいよね?」
「指定できる」
「成立料はこの人」
「指定できる」
「残った寿命の使用権も私に」
「指定できる」
「秘密保持。私への直接的な危害は禁止。ほかの人を使うのも禁止。契約を消したり邪魔したりするのも禁止。わざと私に損害を与えるのも禁止」
「指定できる」
悪魔が必要な寿命を告げようとする。
「私は聞かなくていい」
リナは男を見た。
「本人にはちゃんと説明して」
悪魔が男へ条件を説明する。
成立に必要な寿命の年数も告げた。
「そんなに……」
男の顔から血の気が引いた。
「嫌なら断ってもいいですよ」
リナはそう言った。
杖先の炎は消していない。
「その場合は?」
「契約しないだけです」
「それで俺をどうする」
リナは少し考えた。
「さっき、私を襲いましたよね」
「…………」
「だから、ここでどうするかは私が決めてもいいと思います」
男の視線が、杖先の炎へ落ちる。
それから悪魔を見る。
「……契約すれば、生かして連れていくんだな」
「はい」
「本当に?」
「契約するなら、その条件も契約に入れます」
男はしばらく黙っていた。
「……分かった」
「契約しますか?」
「する」
悪魔の足元から黒い魔法陣が広がった。
◇
契約が終わる。
リナは炎を消した。
「じゃあ、戻りましょう」
「…………」
「立てます?」
男は無言で立ち上がった。
逃げようとはしない。
契約で、リナへ故意に危害を加えることもできない。
街道へ戻ると、残る二人も護衛たちによって拘束されていた。
「遅かったな」
「すみません。少し抵抗されたので」
「怪我は?」
「ありません」
護衛が男を見る。
「こいつも無事だな」
「はい」
嘘ではなかった。
三人とも生きている。
大きな怪我もない。
そのまま警備隊へ引き渡すこともできる。
ただ一つ。
護衛たちが知らないところで、リナが使える寿命がまた一人分増えていた。
◇
それから、同じようなことが何度か続いた。
山道で怪我をして動けなくなっていた猟師。
倉庫へ立て籠もり、警備隊の到着を待っていた二人。
夜道で馬車を襲い、捕らえられた男。
事情はそれぞれ違った。
助ける相手もいれば、捕らえる相手もいた。
けれど、リナが提示する条件はほとんど同じだった。
助ける。
殺さない。
無事に引き渡す。
その代わりに契約する。
秘密保持。
直接的な加害の禁止。
第三者を使った加害の禁止。
契約解除や妨害の禁止。
故意にリナへ損害を与える行為の禁止。
そして、残った寿命の使用権。
最初の頃は、一つ条件を加えるたびに、
「それだと何年?」
と聞いていた。
今はもう聞かない。
「本人には説明して」
それだけだった。
悪魔が必要な対価を告げる。
相手が嫌がる。
条件を確認する。
最後に同意する。
黒い魔法陣が光る。
リナの中に、新しい糸が一本増える。
それだけ。
何年だったのかは、手帳にも書かなかった。
◇
「《火球》!」
三つ目の標的の中央へ、炎が命中した。
一つ目。
二つ目。
三つ目。
並んだ標的には、ほとんど同じ大きさの焦げ跡が残っている。
「よし」
教師が記録用紙へ印を付けた。
「三発とも、ほぼ同じ威力だ」
「本当ですか?」
「ああ。以前の君なら、最初の一つだけ砕いていただろうな」
「クラリス先輩にも同じこと言われました」
「事実だからだろう」
「そんなにひどかったかな……」
少し離れた場所で見ていたエマが笑った。
「ひどかったよ。一発だけならすごかったけど」
「エマまで」
「でも今は全然違うじゃん」
教師も頷く。
「依頼先からの評価もいい。必要以上に相手を傷つけず、救助の判断も早い」
「ありがとうございます」
「この前の捜索でも、遭難者へ水を与えて身体を温めていただろう」
「はい」
「そういう判断ができるなら、今後も任せられる依頼は増える」
嬉しかった。
少し前までは、魔力切れで一つの試験すら終えられなかった。
今は、魔法を何度も使える。
人も助けられる。
犯罪者を殺さずに捕まえることもできる。
「リナ」
訓練場を出ようとしたところで、クラリスに呼び止められた。
「最近、学外依頼によく参加しているそうだな」
「はい」
「無理はしていないか?」
「大丈夫です」
「ならいい」
クラリスが少し笑う。
「以前より、ずっと安定して戦えるようになった」
「ありがとうございます」
「人を助けたという話も聞いている。よく頑張っているな」
「はい!」
褒められると、やはり嬉しかった。
◇
その夜。
寮の部屋で、リナは手帳を開いた。
悪魔は机の端に町と街道の地図を広げている。
「何見てるの?」
「道だ」
「面白い?」
「まだ分からない」
「そっか」
リナは手帳へ視線を戻した。
以前なら、契約ごとに払った寿命を書いていた。
今は違う。
自分が払ったものだけは、今でも記録している。
『自分で払った寿命 三年半』
『回復した寿命 四年』
その下。
他人について書いてあるのは、人数だけだった。
『契約者――十一人』
「十一人」
「そうだ」
「雷の適性、買える?」
悪魔が地図から顔を上げた。
「現在使用できる寿命のほぼ全てを使えば可能だ」
「全部じゃない?」
「わずかには残る」
「そっか」
六人では足りなかった。
だから、少しずつ増やした。
助けた人。
捕まえた人。
襲ってきた人。
十一人。
ようやく届いた。
「じゃあ、明日買おうかな」
「分かった」
リナは手帳を閉じた。
成立料が何年だったのか。
一人にどれだけ寿命が残っているのか。
もう、そこまでは気にしていなかった。
必要な時に使える量がある。
今は、それだけ分かれば十分だった。




