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第20話 寿命の補充

 ミレーヌが学園を去ってから、数日後。


 リナは寮の机で、手帳を開いていた。


『自分で払った寿命 合計三年半』


 初めて寿命を払った時に一年。


 その次に半年。


 護衛を助けた時に二年。


 足し算は何度確かめても変わらない。


「三年半かあ」


 以前は、あまり気にしていなかった。


 寿命が一年減っても、その場では痛くない。


 眠れなくなることも、味が分からなくなることもない。


 ずっと先のことなら、今は困らないと思っていた。


 けれど、三年半と文字にすると、少し長く見える。


「ねえ」


「何だ」


 悪魔は机の端で、人間の商人が帳簿をつける絵本を読んでいた。


「私が払った寿命って、戻せる?」


「戻せる」


 悪魔は絵本から顔を上げた。


「本当に?」


「他者の寿命を対価として、お前の残り寿命を増加させる契約は可能だ」


「じゃあ、今ある五人分を使えばいいんだよね?」


「使える」


 リナは手帳の別の頁を開いた。


 そこに人の名前は書いていない。


 逃亡犯。


 ミレーヌたち三人。


 自分を襲った男。


 五人分。


「三年半戻すなら、三年半使うの?」


「違う」


「やっぱり多く必要?」


「他者の寿命をお前の寿命へ変換する。お前自身の寿命を、お前自身の力へ使う場合より効率は落ちる」


「どのくらい?」


「必要量は算出できる」


「何年?」


 悪魔は答えようとした。


 リナは手帳に並んだ五本の線を見る。


 自分が払うのなら、一年でも半年でも気になる。


 けれど、今使うのは自分の寿命ではない。


「……やっぱり、細かい年数はいい」


「そうか」


「今ある分で、三年半は戻せる?」


「可能だ」


「雷の適性も買える?」


「両方は不可能だ」


「そっか」


「じゃあ、先に私の寿命で雷の適性を買って、あとから五人分で戻すのは?」


「雷の適性に支払う寿命を回復するには、現在の五人分では足りない」


「それは嫌」


 雷魔法は欲しい。


 だが、自分の寿命が減ったままなのも落ち着かない。


 リナは手帳の数字を指でなぞった。


「寿命を戻しても、また貯められるよね」


「新たな契約を結べば可能だ」


「じゃあ、先に戻そうかな」


 少し考えてから、リナは顔を上げた。


「三年半じゃなくて、四年増やせる?」


「可能だ」


「それなら、払った分より半年多くなる」


「そうだな」


 減ったものを元に戻すだけではない。


 少し増やすこともできる。


 その考えに、胸の奥が軽くなった。


「でも、使ったら誰か死ぬ?」


「一人から必要量の全てを取得すれば、その可能性はある」


 リナの指が止まる。


「五人から分けて取れば?」


「現在の必要量で寿命が尽きる者はいない」


「じゃあ、五人から分けて」


「分かった」


 逃亡犯は、サラと御者を殺した。


 ミレーヌたち三人は、自分を旧訓練場へ呼び出して襲った。


 襲撃者は金を受け取り、自分を殺そうとした。


 全員、契約内容を聞いたうえで同意している。


「使われたことは分かるの?」


「本人に自覚はない」


「生活に影響は?」


「現在の契約で即座に生じる変化はない」


「なら、大丈夫だよね」


 リナは手帳を閉じた。


「契約する」


 悪魔が絵本を置く。


 机の上から床へ下りると、足元に黒い魔法陣が広がった。


「契約内容を確認する」


「うん」


「私は、リナが使用権を保有する五人の残り寿命から、必要量を分けて取得する」


「うん」


「その対価として、リナの残り寿命を四年増加させる」


「うん」


「取得によって、この場で残り寿命が尽きる者はいない」


「それでいい」


「契約するか?」


「する」


 魔法陣が光った。


 リナの身体から伸びていた五本の黒い糸が、床へ浮かび上がる。


 それぞれの糸から黒い光が流れ、悪魔へ集まった。


 悪魔の翼がゆっくりと開く。


 集まった光の一部が形を変え、今度は白い光となってリナの胸へ入った。


「…………」


 痛くない。


 身体が軽くなったわけでもない。


 寿命を払った時と同じで、目に見える変化はなかった。


 光が収まる。


 五本の糸は少し細くなったが、消えてはいない。


「契約は成立した」


「終わった?」


「終わった」


「四年増えた?」


「増えた」


 リナは手帳を開き直した。


『自分で払った寿命 三年半』


 その下へ書き足す。


『回復した寿命 四年』


 さらに計算する。


『差し引き 半年』


「増えた」


「そうだな」


「支払った三年半は消さないのか?」


「払ったことは本当だから。でも、戻した分も書いておけば分かるでしょ」


「何がだ?」


「今、どのくらい得してるか」


「寿命って、増やせるんだ」


「契約と対価があれば可能だ」


 リナは三つの数字を見比べた。


 三年半を失ったはずだった。


 けれど、今は元より半年分多い。


 契約者につながる糸も、まだ五本残っている。


「残った分で、雷の適性は?」


「足りない」


「だよね」


 少し残念だった。


 だが、前ほど遠いものには感じなかった。


 使ったのなら、また増やせばいい。


 寿命は減るだけのものではなかった。


 貯めて、使って、また貯められる。


          ◇


 翌日の放課後。


 リナは依頼掲示板の前に立っていた。


 左腕の傷は、もう布を巻かなくてもいい程度まで治っている。


「また依頼?」


 隣から、エマが覗き込んだ。


「うん。学費もあるし」


「この前、襲われたばかりでしょ」


「もう治ったよ」


「そういう問題かな……」


 掲示板には、いくつもの依頼票が並んでいる。


 低危険度の魔物討伐。


 商人の護衛補助。


 警備隊による捕縛の補助。


 北の丘陵で行方不明になった薬草採集者の捜索。


 魔物討伐は報酬が安定している。


 護衛も悪くない。


 捕縛補助なら、犯罪者と契約できるかもしれない。


 捜索で遭難者を見つければ、その人を助けられる。


 リナは捜索依頼の紙を外した。


「それ、報酬はあまり高くないよ」


「知ってる」


「じゃあ、どうして?」


「困ってる人は助けないと」


 嘘ではなかった。


 見つけなければ、その人は死ぬかもしれない。


 報酬は安くても、人命に関わる依頼だった。


「リナって、やっぱり優しいよね」


 エマが笑う。


「そうかな」


「そうだよ。この前だって、護衛の人を助けたじゃん」


「あれは、助けられる方法があったから」


「それで助けるのがリナでしょ」


 リナは依頼票を持って、受付へ向かった。


 担当の教師が、紙を受け取る。


「捜索依頼か」


「参加できますか?」


「君なら許可できる。だが、討伐依頼より報酬は低いぞ」


「大丈夫です」


「丘陵は夜になると急に冷える。見つけても、一人で無理に運ぼうとするな。まず合図を出しなさい」


「はい」


 教師は参加者の欄へ、リナの名前を書き込んだ。


「前回のように、先に救援を呼ぶ判断を忘れないように」


「分かりました」


「人命が懸かる依頼を進んで受けてくれるのは助かる。明朝、正門前へ集合だ」


 依頼票へ受付済みの印が押された。


 報酬をもらって、人を助けて、寿命も増やす。


 一度の依頼で、全部できる。


 今までより、ずっと無駄がなかった。


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