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第19話 条件を追加するね

 翌日の放課後。


 リナは、訓練場の裏にある古い倉庫へ三人を呼び出した。


 左腕の傷には、新しい布を巻いてある。


 制服の袖は着替えたが、傷は動かすたびに少し痛んだ。


 しばらくして、ミレーヌたちが揃って現れる。


「また何の用?」


 ミレーヌが不機嫌そうに言った。


「昨日、学外依頼の帰りに襲われたの」


 リナは左腕を軽く上げた。


「待ち伏せしてた人が、ミレーヌに雇われたって話してた」


「嘘よ」


「そんなの、そいつが勝手に言ってるだけでしょ」


「そうかもしれないね」


「だったら――」


「でも、本当かどうかはどっちでもいいの」


「……え?」


「わ、私たちは知らない!」


 ミレーヌの隣にいた一人が、慌てて声を上げた。


「うん。あの人も、一人で来たって言ってた」


「だったら、どうして私たちまで呼んだの?」


「三人の契約に、同じ抜け道があるから」


「人を雇って私を襲わせることができるって分かったの」


 三人とも返事をしなかった。


「だから、条件を追加するね」


 リナはミレーヌを見る。


「まず、ミレーヌから。二人は向こうで待ってて」


「どうして?」


「契約の内容は、ほかの人に話せないから」


 二人は顔を見合わせた。


 やがて、倉庫の角を曲がり、こちらから見えない場所まで離れていく。


 残ったミレーヌが、リナを睨んだ。


「私に何をするつもり?」


「条件を増やすだけ」


「断るわ」


「追加契約をすれば、今回のことも話さない」


 リナは悪魔を呼ぶ。


 小さな影が倉庫の屋根から下りてきた。


 ミレーヌには、別の姿に見えている。


 それを知らないリナの前で、ミレーヌの顔から血の気が引いた。


「私に直接危害を加えない」


「指定できる」


「ほかの人を雇ったり、頼んだりして危害を加えさせない」


「指定できる」


「契約を消したり、邪魔したりしようとしない」


「指定できる」


 リナは少し考えた。


「嘘の告発をしたり、噂を流したりして、わざと私へ損害を与えるのも禁止できる?」


「可能だ」


「全部追加すると何年?」


「寿命六年だ」


「六年……」


 前の三年と合わせれば、ミレーヌが成立料として失う寿命は九年になる。


「払うのはミレーヌだよね?」


「そうだ」


「じゃあ、全部追加して」


「待ってよ!」


 ミレーヌが叫んだ。


「私はもう三年も払ったのよ!」


「最初からこの条件が付いていれば、増えなかったよ」


「あんたが、私の寿命を奪ったからでしょ!」


「契約するって決めたのはミレーヌだよ」


 悪魔は二人の言い合いへ口を挟まない。


 ただ、条件が確定するのを待っていた。


「私は、今回の殺害依頼を先生、生徒会、警備隊へ報告しない」


 リナはミレーヌを見る。


「その代わり、今の条件を追加する。契約する?」


 ミレーヌは悪魔から目を逸らせないまま、何度も首を横に振った。


 だが、断るとは言わなかった。


「……する」


 黒い魔法陣が広がる。


 悪魔は、リナが報告しないことと、ミレーヌが寿命六年を払い、四つの禁止条件を既存契約へ加えることを順に読み上げた。


 二人の同意を確かめ、契約を成立させる。


 黒い光が、ミレーヌから悪魔へ流れ込んだ。


「これで、もう人を雇えないよ」


 リナはそう言って、ミレーヌを倉庫の外へ出した。


          ◇


 次に入ってきたのは、以前、ミレーヌに合わせていた少女だった。


「私は関係ないって言ったよね」


「うん。今回は何もしてないって聞いた」


「じゃあ、帰っていいでしょ」


「でも、あなたの契約にも同じ抜け道があるの」


「私は人なんて雇わない!」


「今はそう言ってるけど、ミレーヌも最初は何も言わなかったよ」


「私を一緒にしないで!」


 リナは悪魔を見る。


「この子にも、同じ条件を追加できる?」


「双方が合意し、対価を支払えば可能だ」


「対価は?」


「寿命六年だ」


 少女の顔が青ざめる。


「何もしてないのに、どうして私まで払うの?」


「同じことができるから」


「しないって言ってる!」


「だったら、条件が付いても困らないよね?」


「そういう問題じゃない!」


 少女の声が倉庫に響いた。


 リナは少しだけ眉を寄せる。


「断ってもいいよ」


「……本当に?」


「うん。今の契約のままにするだけ」


 残りの寿命をリナが使える、今の契約。


 リナがその気になれば、いつ、どれだけ使われるか分からない。


 少女は悪魔とリナを交互に見た。


 声を出そうとして、何度も口を閉じる。


「追加したら、本当にもう何もしないの?」


「あなたが何もしなければ、私もする理由はないよ」


 明確な約束ではない。


 それでも少女は、ほかの答えを選べなかった。


「……契約する」


 悪魔が追加条件を読み上げる。


 故意の直接的な加害禁止。


 第三者を利用した故意の加害禁止。


 契約解除と契約妨害を目的とする行動の禁止。


 虚偽の告発や噂を含む、故意の社会的妨害の禁止。


 少女は寿命六年を支払い、すべての条件を既存契約へ加えた。


          ◇


 最後に入ってきたのは、以前、一度だけ止めようとした少女だった。


 説明を聞くと、すぐに首を横へ振った。


「私は本当に、もう何もしない」


「うん」


「教材にも触ってないし、嫌なことも言ってない」


「知ってる」


「それでも契約するの?」


「三人とも、同じ条件にしておきたいから」


「ミレーヌが勝手にしたことなのに」


「今回はね」


 リナは悪魔へ言った。


「この子にも同じ条件。対価は本人から取って」


 もう年数は聞かなかった。


 自分が払うわけではない。


 前の少女と同じ六年だと分かっている。


「契約するか?」


 悪魔が尋ねる。


 少女はしばらく泣いていた。


 やがて、小さく頷いた。


「……する」


 三件目の追加契約が成立する。


 三人が支払った寿命は、合わせて十八年。


 それを受け取った悪魔の輪郭が、また濃くなった。


 小さな背中の翼は、飾りではなく、折り畳まれた一対の翼だとはっきり分かるようになっていた。


 リナへつながる寿命の糸は増えていない。


 逃亡犯、ミレーヌたち三人、そして襲撃者。


 五人分のまま、前より切れにくくなった。


          ◇


 数日後。


 朝の教室で、教師がミレーヌの自主退学を伝えた。


 理由は、学園生活が合わなかったため。


 それだけだった。


「急だね」


 エマが小声で言った。


「うん」


「あの二人も、最近すごく静かじゃない?」


 残った二人は、教室の反対側に座っていた。


 リナと目が合いそうになると、すぐに俯く。


「何かあったの?」


「少し話しただけだよ」


「本当に?」


「本当」


 話をして、契約した。


 嘘ではない。


 リナは空いたミレーヌの席を見る。


 そこまでしなくてもよかったのに。


 もう何もしないつもりだったのに。


          ◇


 その夜。


 寮へ戻ると、悪魔は机の上で、旅人がいくつもの国を巡る絵本を読んでいた。


「ねえ」


「何だ」


「私が使える寿命、これで五人分だよね?」


「そうだ」


「雷の適性には足りる?」


「まだ足りない」


「そっか」


 リナは鞄を置いた。


「じゃあ、もう少し貯めないと」


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