↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

17/40

第17話 三人ともね

 救助依頼を終えてから、数日が過ぎた。


 授業を終えたリナが教科書を鞄へ入れていると、机の前に三人の女子生徒が立った。


 先頭にいるのはミレーヌだった。


「ちょっと来て」


「どこに?」


「いいから」


 その言い方には覚えがあった。


 教材を隠された時も、食堂で囲まれた時も、最初はいつも同じだった。


 以前なら、断る理由を探しながら結局ついていった。


 今は、少し違う。


「分かった」


 リナは鞄を持って立ち上がった。


          ◇


 連れていかれたのは、校舎の外れにある旧訓練場だった。


 新しい実技棟ができてから、ほとんど使われていない場所だ。


 扉が閉まる。


 ミレーヌが腕を組んだ。


「最近、調子に乗ってない?」


「そう?」


「少し前まで実技で落第しかけてたくせに。生徒会に気に入られたからって、偉くなったつもり?」


 隣の一人も続ける。


「学外依頼で活躍したって、たまたまでしょ」


 もう一人は何も言わなかった。


 視線を落とし、居心地が悪そうに指を組んでいる。


 リナは三人を順番に見た。


「それだけ?」


「……何、その態度」


「用がそれだけなら、帰っていい?」


 ミレーヌの顔が引きつった。


「少し魔法が使えるようになったからって!」


 杖が抜かれる。


「ミレーヌ、もういいんじゃない?」


 弱い声で、黙っていた子が言った。


「ここまで連れてきて何言ってるの」


「でも……」


「大怪我させるわけじゃないわ。少し、前みたいに大人しくしてもらうだけ」


 杖の先に水が集まった。


「水よ!」


 塊になった水が、リナの胸を目がけて飛ぶ。


 リナは杖を振った。


 薄い炎の壁が立ち、水を蒸気へ変える。


「これで終わり?」


「っ、馬鹿にしないで!」


 今度は横から風が来た。


 二人目が放った風の塊だった。


 リナは一歩下がり、炎を細く伸ばす。


 風の流れが崩れ、頬を撫でる程度に弱まった。


 繰り返した訓練と学外依頼で、リナ本来の魔力量も入学時よりわずかに増えている。


 それでも、平均より少ない。


 大きく変わったのは、同じ量の魔力でできることだった。


 炎を広げすぎない。


 必要な場所だけを、必要な威力で焼く。


「二人でやれば勝てると思った?」


「三人よ!」


 ミレーヌが振り返る。


「あなたも撃って!」


「でも、私は……」


「今さら自分だけ関係ないふりしないで!」


 迷った末、三人目も杖を向けた。


 小さな土の礫が飛んでくる。


 リナは炎で弾いた。


 三方向から、次々と魔法が放たれる。


 水と風と土。


 一つずつなら防げる。


 だが、三人分が重なると、本来の魔力だけでは長く持たない。


 リナは身体の奥にある、もう一つの魔力へ触れた。


 逃亡犯との戦いで使い、その本人の寿命で補わせた魔力。


 外付けの魔力タンクから、熱が杖へ流れ込む。


「なに、それ……」


 ミレーヌの声が揺れた。


 炎の壁が一気に広がる。


 三人の魔法をまとめて飲み込み、訓練場を赤く照らした。


 リナは杖を横に振る。


 細い炎が床を走り、三人の足元で弾けた。


「きゃっ!」


 熱風に押され、三人が体勢を崩す。


 続けて放った火球が、ミレーヌの杖だけを弾き飛ばした。


 二人目の杖も落とす。


 三人目は、炎を向けられただけで自分から杖を手放した。


 長い戦いにはならなかった。


 床に座り込んだ三人を見下ろす。


 少し前まで、言い返すことさえできなかった相手だった。


 今は三人がかりでも、負ける気がしない。


 胸の奥が、ほんの少し軽くなった。


「先生に報告したら、どうなるんだろう」


 リナが言うと、三人の顔色が変わった。


「待って」


「三人で一人を呼び出して、魔法まで使ったんだよね」


「大怪我させるつもりはなかったの!」


「怪我しなかったのは、私が防いだからでしょ」


 否定する声はなかった。


 停学になるかもしれない。


 実技棟での私闘として、家へ連絡されるかもしれない。


 三人とも、それは分かっているらしい。


 リナは少し考えた。


 教師へ報告しても、注意や処分が与えられるだけだ。


 それよりも、使えるものがある。


「先生には言わないよ」


 三人が安堵した。


「本当?」


「うん。その代わり、契約して」


「契約?」


「三人ともね」


 机の上ではない。


 それでも、呼びかければ悪魔は現れた。


 リナの肩ほどの高さに、小さな黒い姿が浮かぶ。


「契約を行うのか」


「うん」


 三人が息を呑んだ。


 リナには、いつもの小さな悪魔にしか見えない。


「な、何……あれ……」


 ミレーヌは後ずさりし、壁に背をぶつけた。


「悪魔。契約をまとめてもらうの」


「悪魔って……」


「私が今日のことを先生や生徒会に報告しない。その代わり、あなたたちは寿命を対価にして、残りの寿命を私が使えるようにする。契約のことは誰にも話さない」


「寿命を使うって、どういうことよ」


「必要になったら、魔力にできるみたい」


 リナは悪魔を見る。


「この条件だと、対価は何年?」


「一人につき三年だ」


「三年……」


 弱気だった子が青ざめた。


「私は止めようとしたよ」


「でも、一緒に来たし、魔法も使ったよね」


「それは……」


「契約しないなら、先生に話すだけだよ」


 リナは選択肢を示したつもりだった。


 三人で襲ったことを報告されるか。


 寿命を三年払い、今日までのことを終わらせるか。


 最初に頷いたのは、追従していた子だった。


「……契約する」


 弱気だった子も、少し遅れて頷いた。


 最後まで黙っていたミレーヌも、悪魔から目を逸らしたまま答えた。


「分かったわよ」


「では、一人ずつ契約を確定する」


 悪魔の足元に魔法陣が浮かんだ。


 最初の一人が、寿命三年を支払う。


 リナは今日の襲撃と、それまでの嫌がらせを学園側へ報告しない。


 契約者は、残る寿命の使用権をリナへ渡す。


 契約内容を第三者へ口外しない。


 同じ内容で、二人目。


 そして、ミレーヌ。


 三つ目の魔法陣が消えると、リナにだけ見える細い糸が三本増えていた。


 以前の逃亡犯と合わせて。


 四人分。


 悪魔は三人から受け取った計九年分を取り込み、その輪郭をわずかに濃くした。


「これで終わり?」


「契約は成立した」


「じゃあ、帰っていいよ」


 三人は急いで杖を拾い、訓練場から出ていった。


 誰もリナの顔を見なかった。


          ◇


 その夜。


 ミレーヌは寮の机に向かっていた。


 便箋の上に、何度も筆先を置く。


 悪魔との契約について書こうとすると、指が動かなくなる。


 教師へ相談しようと考えれば、喉が締めつけられるように息が詰まる。


 誰にも話せない。


 あの時、リナの隣に現れたものを思い出す。


 小さくなどなかった。


 天井へ届きそうな黒い影。


 裂けた口と、こちらを数えるような目。


 リナはそれを、まるで見慣れた友人のように見上げていた。


「おかしい……」


 自分の寿命が、あの子に握られている。


 いつ使われるか分からない。


 だが、契約を何度も思い返すうちに、一つのことへ気づいた。


 口外は禁止された。


 残りの寿命を使う権利も渡した。


 けれど。


 リナを傷つけてはいけないとは、約束していない。


 他人へ頼んではいけないとも、言われていない。


「本人がいなくなれば……」


 契約も消えるかもしれない。


 少なくとも、寿命を使う者はいなくなる。


          ◇


 翌日の放課後。


 ミレーヌは学園から離れた、表通りには看板も出ていない酒場へ入った。


 奥の席に座る男の前へ、金の入った袋を置く。


「学生か。何の用だ」


 理由を説明する必要はない。


 契約について話す必要もない。


 名前と、顔と、帰り道だけを伝えればいい。


「リナという生徒を、消してほしいの」


 男が袋を持ち上げた。


 硬貨の音を確かめ、口元だけで笑った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。