第17話 三人ともね
救助依頼を終えてから、数日が過ぎた。
授業を終えたリナが教科書を鞄へ入れていると、机の前に三人の女子生徒が立った。
先頭にいるのはミレーヌだった。
「ちょっと来て」
「どこに?」
「いいから」
その言い方には覚えがあった。
教材を隠された時も、食堂で囲まれた時も、最初はいつも同じだった。
以前なら、断る理由を探しながら結局ついていった。
今は、少し違う。
「分かった」
リナは鞄を持って立ち上がった。
◇
連れていかれたのは、校舎の外れにある旧訓練場だった。
新しい実技棟ができてから、ほとんど使われていない場所だ。
扉が閉まる。
ミレーヌが腕を組んだ。
「最近、調子に乗ってない?」
「そう?」
「少し前まで実技で落第しかけてたくせに。生徒会に気に入られたからって、偉くなったつもり?」
隣の一人も続ける。
「学外依頼で活躍したって、たまたまでしょ」
もう一人は何も言わなかった。
視線を落とし、居心地が悪そうに指を組んでいる。
リナは三人を順番に見た。
「それだけ?」
「……何、その態度」
「用がそれだけなら、帰っていい?」
ミレーヌの顔が引きつった。
「少し魔法が使えるようになったからって!」
杖が抜かれる。
「ミレーヌ、もういいんじゃない?」
弱い声で、黙っていた子が言った。
「ここまで連れてきて何言ってるの」
「でも……」
「大怪我させるわけじゃないわ。少し、前みたいに大人しくしてもらうだけ」
杖の先に水が集まった。
「水よ!」
塊になった水が、リナの胸を目がけて飛ぶ。
リナは杖を振った。
薄い炎の壁が立ち、水を蒸気へ変える。
「これで終わり?」
「っ、馬鹿にしないで!」
今度は横から風が来た。
二人目が放った風の塊だった。
リナは一歩下がり、炎を細く伸ばす。
風の流れが崩れ、頬を撫でる程度に弱まった。
繰り返した訓練と学外依頼で、リナ本来の魔力量も入学時よりわずかに増えている。
それでも、平均より少ない。
大きく変わったのは、同じ量の魔力でできることだった。
炎を広げすぎない。
必要な場所だけを、必要な威力で焼く。
「二人でやれば勝てると思った?」
「三人よ!」
ミレーヌが振り返る。
「あなたも撃って!」
「でも、私は……」
「今さら自分だけ関係ないふりしないで!」
迷った末、三人目も杖を向けた。
小さな土の礫が飛んでくる。
リナは炎で弾いた。
三方向から、次々と魔法が放たれる。
水と風と土。
一つずつなら防げる。
だが、三人分が重なると、本来の魔力だけでは長く持たない。
リナは身体の奥にある、もう一つの魔力へ触れた。
逃亡犯との戦いで使い、その本人の寿命で補わせた魔力。
外付けの魔力タンクから、熱が杖へ流れ込む。
「なに、それ……」
ミレーヌの声が揺れた。
炎の壁が一気に広がる。
三人の魔法をまとめて飲み込み、訓練場を赤く照らした。
リナは杖を横に振る。
細い炎が床を走り、三人の足元で弾けた。
「きゃっ!」
熱風に押され、三人が体勢を崩す。
続けて放った火球が、ミレーヌの杖だけを弾き飛ばした。
二人目の杖も落とす。
三人目は、炎を向けられただけで自分から杖を手放した。
長い戦いにはならなかった。
床に座り込んだ三人を見下ろす。
少し前まで、言い返すことさえできなかった相手だった。
今は三人がかりでも、負ける気がしない。
胸の奥が、ほんの少し軽くなった。
「先生に報告したら、どうなるんだろう」
リナが言うと、三人の顔色が変わった。
「待って」
「三人で一人を呼び出して、魔法まで使ったんだよね」
「大怪我させるつもりはなかったの!」
「怪我しなかったのは、私が防いだからでしょ」
否定する声はなかった。
停学になるかもしれない。
実技棟での私闘として、家へ連絡されるかもしれない。
三人とも、それは分かっているらしい。
リナは少し考えた。
教師へ報告しても、注意や処分が与えられるだけだ。
それよりも、使えるものがある。
「先生には言わないよ」
三人が安堵した。
「本当?」
「うん。その代わり、契約して」
「契約?」
「三人ともね」
机の上ではない。
それでも、呼びかければ悪魔は現れた。
リナの肩ほどの高さに、小さな黒い姿が浮かぶ。
「契約を行うのか」
「うん」
三人が息を呑んだ。
リナには、いつもの小さな悪魔にしか見えない。
「な、何……あれ……」
ミレーヌは後ずさりし、壁に背をぶつけた。
「悪魔。契約をまとめてもらうの」
「悪魔って……」
「私が今日のことを先生や生徒会に報告しない。その代わり、あなたたちは寿命を対価にして、残りの寿命を私が使えるようにする。契約のことは誰にも話さない」
「寿命を使うって、どういうことよ」
「必要になったら、魔力にできるみたい」
リナは悪魔を見る。
「この条件だと、対価は何年?」
「一人につき三年だ」
「三年……」
弱気だった子が青ざめた。
「私は止めようとしたよ」
「でも、一緒に来たし、魔法も使ったよね」
「それは……」
「契約しないなら、先生に話すだけだよ」
リナは選択肢を示したつもりだった。
三人で襲ったことを報告されるか。
寿命を三年払い、今日までのことを終わらせるか。
最初に頷いたのは、追従していた子だった。
「……契約する」
弱気だった子も、少し遅れて頷いた。
最後まで黙っていたミレーヌも、悪魔から目を逸らしたまま答えた。
「分かったわよ」
「では、一人ずつ契約を確定する」
悪魔の足元に魔法陣が浮かんだ。
最初の一人が、寿命三年を支払う。
リナは今日の襲撃と、それまでの嫌がらせを学園側へ報告しない。
契約者は、残る寿命の使用権をリナへ渡す。
契約内容を第三者へ口外しない。
同じ内容で、二人目。
そして、ミレーヌ。
三つ目の魔法陣が消えると、リナにだけ見える細い糸が三本増えていた。
以前の逃亡犯と合わせて。
四人分。
悪魔は三人から受け取った計九年分を取り込み、その輪郭をわずかに濃くした。
「これで終わり?」
「契約は成立した」
「じゃあ、帰っていいよ」
三人は急いで杖を拾い、訓練場から出ていった。
誰もリナの顔を見なかった。
◇
その夜。
ミレーヌは寮の机に向かっていた。
便箋の上に、何度も筆先を置く。
悪魔との契約について書こうとすると、指が動かなくなる。
教師へ相談しようと考えれば、喉が締めつけられるように息が詰まる。
誰にも話せない。
あの時、リナの隣に現れたものを思い出す。
小さくなどなかった。
天井へ届きそうな黒い影。
裂けた口と、こちらを数えるような目。
リナはそれを、まるで見慣れた友人のように見上げていた。
「おかしい……」
自分の寿命が、あの子に握られている。
いつ使われるか分からない。
だが、契約を何度も思い返すうちに、一つのことへ気づいた。
口外は禁止された。
残りの寿命を使う権利も渡した。
けれど。
リナを傷つけてはいけないとは、約束していない。
他人へ頼んではいけないとも、言われていない。
「本人がいなくなれば……」
契約も消えるかもしれない。
少なくとも、寿命を使う者はいなくなる。
◇
翌日の放課後。
ミレーヌは学園から離れた、表通りには看板も出ていない酒場へ入った。
奥の席に座る男の前へ、金の入った袋を置く。
「学生か。何の用だ」
理由を説明する必要はない。
契約について話す必要もない。
名前と、顔と、帰り道だけを伝えればいい。
「リナという生徒を、消してほしいの」
男が袋を持ち上げた。
硬貨の音を確かめ、口元だけで笑った。




