第15話 買える適性
数日後。
リナは学園の訓練場にいた。
集められたのは、教師の特別許可が必要な依頼への参加を認められた生徒たちだった。
護衛。
警備。
犯罪者の捕縛補助。
通常の学生向け依頼より危険な仕事に、指揮者の補助として参加するための訓練だ。
「許可を得たからといって、一人で危険な相手を追っていいわけではない」
教師が全員を見回す。
「今日は生徒会にも協力してもらう。実力だけでなく、指示に従えるかも確認するから、そのつもりでいなさい」
教師の隣には、クラリス・ヴァレンシュタインが立っていた。
「よろしくお願いします」
リナが頭を下げる。
「ああ。君がここにいるのは少し意外だった」
「やっぱり、まだ早いですか?」
「そういう意味ではない。以前よりずっと早く進んでいると思っただけだ」
「依頼はたくさん受けましたから」
「そのようだな」
逃亡犯を捕らえたことも、当然クラリスは聞いているのだろう。
悪魔との契約については、何も知らない。
訓練が始まった。
最初は、並べられた三つの標的へ順番に魔法を当てる。
倒すことではなく、同じ威力で中央へ当て続けることが課題だった。
リナは杖を構える。
「《火球》!」
小さな炎が、一つ目の標的へ当たる。
石の表面に焦げ跡が残った。
すぐに二つ目へ杖を向ける。
「《火球》!」
今度も中央。
三つ目。
炎を放ったあとまで、余計な魔力を流さない。
標的は壊れず、三つとも中央だけが黒くなった。
「以前より良くなったな」
後ろからクラリスに言われた。
「本当ですか?」
「ああ。前なら最初の一つを砕いて終わっていただろう」
「そこまでひどくなかったと思います」
「そうだったか?」
「……たぶん」
自信はなかった。
クラリスがわずかに笑う。
「三発とも威力は揃っている。だが、二発目が少し右へずれた」
「分かりました」
「もう一度やってみるといい」
「はい」
自分の魔力はまだ残っている。
契約魔力を使わなくても、もう一度くらいならできる。
以前の自分にはできなかったことだ。
◇
全員が課題を終えたあと、教師が訓練場の奥にある標的を指した。
五つの石の標的が、距離を空けて並んでいる。
「最後に、複数の相手を足止めする場合の例を見せてもらう」
「手前の四つは動きを止め、一番奥だけを破壊対象とする」
呼ばれたクラリスが前へ出る。
リナは思わず姿勢を正した。
以前見せてもらったのは、標的の中央だけを焦がす細い雷だった。
あの時も、正確ですごいと思った。
だが、クラリスが本気で使う雷魔法を、リナはまだ見たことがない。
「一度しか見せない。よく見ておけ」
クラリスが杖を上げる。
先端に、青白い光が集まった。
空気が震える。
肌が粟立ち、リナの髪がわずかに浮いた。
次の瞬間。
視界が白く染まった。
一本の雷が走り、途中で幾筋にも枝分かれする。
五つの標的へ、ほとんど同時に突き刺さった。
少し遅れて、腹に響く音が訓練場を揺らす。
四つの標的には、中央に深い焦げ跡が残っていた。
一番奥の標的だけが、土台から砕けている。
「……かっこいい」
声が出ていた。
隣にいた上級生が笑う。
リナは慌てて口元を押さえた。
クラリスは気にした様子もなく、杖を下ろした。
「同じ魔法でも、相手ごとに必要な威力は違う。止めればいい相手へ、倒すための魔力を使う必要はない」
四つを止め、一つだけを砕いた。
速いだけではない。
あれほどの雷を分けたうえで、それぞれの威力まで変えている。
リナには、自分が同じことをする姿を想像できなかった。
訓練が終わっても、砕けた標的から目が離れない。
「気に入ったようだな」
いつの間にか、クラリスが隣に立っていた。
「はい。雷魔法って、すごくかっこいいです」
「威力だけを見て真似をするなよ」
「分かってます」
「本当に分かっているか?」
「今回はちゃんと、四つを壊さなかったところも見てました」
「ならいい」
リナは砕けた標的をもう一度見る。
「あんなに速かったら、避けられませんね」
「雷は速い。だが、扱いを誤れば味方まで巻き込む。使い手にも負担が大きい」
「それでも、使ってみたいです」
「君の適性は火だったな」
「はい。適性は生まれつきですから、無理なのは分かってます」
「火には火の利点がある。君の魔法は、きちんと扱えれば十分な武器になる」
「火が嫌なわけじゃないですよ」
「そうか」
「ただ、いいなって思っただけです」
クラリスは小さく頷いた。
「憧れることまで止めるつもりはない」
◇
寮の部屋へ戻ると、悪魔は机の上で魔法の教本を読んでいた。
以前なら絵のある本を選んでいたが、今は文字ばかりの頁をめくっている。
「ただいま」
「戻ったか」
「今日ね、クラリス先輩の雷魔法を見たの」
悪魔は教本から顔を上げなかった。
「五つの標的に一度に当てて、一つだけ砕いたんだよ。すごくかっこよかった」
悪魔はそのまま頁を一枚めくった。
「興味なさそう」
「見ていないからな」
「見てても同じ反応だったと思う」
「そうかもしれない」
リナは鞄を下ろし、椅子へ座った。
「私も雷魔法を使えたらいいのにな」
「使えばいい」
「使えないよ。私の適性は火だもん」
「対価を払えば、雷属性の適性を得ることは可能だ」
「…………え?」
悪魔を見る。
悪魔は教本を読んだままだった。
「今、何て言った?」
「対価を払えば、雷属性の適性を得ることは可能だ」
「適性って、後から増やせるの?」
「契約によって追加できる」
「雷魔法も使えるようになる?」
「得られるのは適性だけだ。魔法の知識と技術は含まれない」
「じゃあ、適性をもらってから勉強すれば使える?」
「そうだ」
「火魔法は?」
「失わない」
火も使える。
その上で、雷魔法も学べる。
できないと思っていたことが、突然、できることに変わった。
「対価は?」
「魔力を譲渡する契約より大きい」
「今、私が使えることになってる、あの男の寿命で足りる?」
「足りない」
「全部使っても?」
「足りない」
「そんなに高いの?」
「生来の適性を変更するためだ」
リナは少し考える。
「じゃあ、私の寿命なら?」
「可能だ。ただし、お前の残り寿命の大半が必要になる」
「……あの男の寿命を全部使っても足りないのに?」
「力を得る者が自身の寿命を支払う場合は、変換効率が高い。他者の寿命をお前の力へ変える場合は効率が落ちる」
「同じ一年でも?」
「そうだ」
「それは嫌」
悪魔は何も勧めず、教本の頁を一枚めくった。
「使える寿命がもっと増えたら?」
「必要な量へ達すれば取得できる」
「じゃあ、貯めればいいんだ」
リナは机の引き出しから手帳を取り出した。
自分が払った寿命は、一年半。
逃亡犯から得た寿命は、残りの年数が分からない。
だが、今は足りない。
新しい頁を開く。
『雷属性の適性』
その下へ書く。
『必要な寿命――今は足りない』
「今はまだ、あの男の寿命は使わない」
リナは手帳へ書き込んだ。
「もっと貯まってから、一緒に使う」
雷魔法を使う自分を想像する。
青白い光。
一瞬で標的へ届く速さ。
火とは違う、新しい力。
手に入らないものではない。
ただ、高いだけだ。
なら。
買えるだけの寿命を、貯めればいい。




