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第14話 残っていた手紙

 面談を終えたあと、リナは食堂でエマと向かい合っていた。


「本当に大丈夫?」


「怪我はしてないよ」


「怪我のことだけじゃないよ」


 エマは、料理のほとんどが残っているリナの皿を見た。


 味がしないわけではない。


 食欲がないわけでもない。


 ただ、話しながら食べるのを忘れていただけだ。


「一緒に馬車に乗ってた子と、帰ったらご飯を食べる約束をしてた」


「……そうだったんだ」


「報酬で新しい靴を買うって言ってた。御者さんも、帰りはちゃんと迎えに来てくれた」


 二人とも、あの男に殺された。


 思い出すと、今でも腹が立つ。


 あの場でもっと早く戻れていたら、とも思う。


「……つらかったでしょ」


「腹は立ってるよ」


「それだけ?」


 聞かれて、リナは少し考えた。


「助けられなかったのは、嫌だった」


 エマは何か言いかけたが、結局、小さく頷いただけだった。


「先生には、しばらく休めって言われた。でも、次からはもっと報酬の高い依頼にも参加できるんだって」


「リナ」


「学費も稼がないといけないし。寮費と食費もあるから、まず手元にいくら残ってるか計算して――」


「今は仕事の相談をしてるんじゃないんだけど」


「……分かってるよ」


 分かってはいる。


 けれど、心配しているだけでは学費は払えない。


「前に払った学費の控えが部屋にあるはずだから、それを見れば、次に必要な金額も分かると思う」


「計算するなら手伝うよ」


「今日は確認するだけ。分からなかったら頼むね」


「絶対だよ」


「うん」


 エマに促され、リナは冷めかけたスープを飲んだ。


 味は、ちゃんと分かった。


 食事を終えると、二人は食堂を出た。


          ◇


 寮の部屋へ戻ると、悪魔は窓辺に座って本を読んでいた。


 絵本ではない。


 リナが入学時に渡された、学園の規則集だった。


「ただいま」


「戻ったか」


「今度はそれ読んでるの?」


「絵がなくても、おおよそは読めるようになった」


「覚えるの早いね」


「そうか」


 悪魔はそれ以上は話さず、また文字へ目を戻した。


 リナは鞄を机の横へ置いた。


 今日の面談で、今後はより報酬の高い依頼にも参加できると言われた。


 ただし、すぐに次の依頼へ行くことは許されていない。


 休んでいる間に、手元の金を確認しておこうと思った。


 学費。


 寮費。


 食費。


 依頼を受けるための馬車代や道具代。


 これから自分で払うものは多い。


 引き出しから小さな革袋を取り出す。


 中の硬貨を数え、依頼ごとの報酬を書いた紙と合わせる。


「あれ」


 前回分の学費の控えが見当たらない。


 引き出しの中を探す。


 依頼書の控え。


 寿命を一年半払ったと書いた手帳。


 授業で使う紙の束。


 それらを順番に机へ出していくと、奥から古い封筒の束が出てきた。


「何、これ」


 紐でまとめられた封筒は、どれもリナ宛だった。


 送り元は、故郷の村。


 母から届いた手紙だった。


「母さんの……」


 保管していたことを、覚えていない。


 ただ、自分の文字で、封筒の端に届いた日が書かれている。


 誰かにまとめられたのではない。


 自分で一通ずつ残していたのだ。


 一番上の封筒から、中身を取り出す。


『再試験合格、おめでとう』


 リナは目を止めた。


 自分が再試験に受かったことは覚えている。


 それを母へ書いたことも、事実としては分かる。


 けれど、この返事を読んだ覚えがなかった。


『あなたなら大丈夫だと思っていました』


『でも、あまり無理はしないこと』


『魔法使いになって私を楽にするといつも書いているけれど、私は今でも十分です』


『ちゃんと食べて、ちゃんと寝ること』


 最後まで読む。


『次の仕送りも予定通り送れそうです』


『あなたが卒業するまで、母さんも頑張ります』


 紙の上に、母はいた。


 リナの合格を喜んで、身体を心配して、卒業まで働くと書いている。


 厳しく叱られたことしか残っていない記憶とは、どうも合わなかった。


「……優しかったんだ」


 口に出してみても、何も浮かばない。


 抱きしめられたことも。


 頭を撫でられたことも。


 一緒にいて幸せだと思ったことも。


 一つも戻ってはこなかった。


 リナは手紙を持ったまま、悪魔を見た。


「前に聞いた時、何の記憶を取ったかは知らないって言ったよね」


「言った」


「今も分からない?」


「内容そのものは分からない」


「でも、私を一番悲しくさせてた記憶を取った」


「そうだ」


 母が死んだ日。


 自分を最も強く悲しませていたもの。


 手紙には、母が自分を気遣う言葉が残っている。


 それなのに、一緒にいて幸せだった記憶は一つもない。


 怒られたことは残っている。


 けれど、母と幸せだった記憶だけは、どれだけ探しても見つからない。


「……私、母さんと幸せだった記憶を払ったんだ」


 悪魔は答えなかった。


 契約で指定されたものを取得しただけで、その内容を理解していないのだ。


 けれど、リナには分かった。


 だから、それを失った後は、母の死が悲しくなくなった。


 あの朝、何のためかも分からず、便箋とペンを取った。


 あれも、母へ手紙を書く習慣だけが残っていたのだ。


「返してもらうことはできないんだよね」


「できない」


 悪魔は、前と同じ答えを返した。


 契約の前にも説明した。


 翌朝、リナが返してほしいと言った時にも、そう答えた。


 嘘をついていたわけではない。


 リナは、もう一度手紙を見た。


 母が自分を心配していたことは分かる。


 自分も母を大切に思っていたのだろう。


 そうでなければ、死んだことが、自分を最も強く悲しませるはずがない。


 けれど、それは紙と契約から分かることだけだった。


 胸の中に、悲しさも懐かしさも戻ってこない。


「じゃあ、仕方ないか」


 忘れたのではない。


 払ったのだ。


 そして、一度払った対価は戻らない。


 リナは手紙を折り直し、封筒へ戻した。


 束の中にもう一度重ね、紐を結ぶ。


 捨てる理由はなかった。


 かといって、これ以上読む理由もなかった。


 手紙の下から、探していた学費の控えが出てきた。


「あった」


 リナはそれを今の手持ちと比べ、これから必要な金額を数え始めた。


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