第11話 初めての報酬
三日後。
リナは町の東門で、ほかの学生たちと合流した。
今回の依頼に参加するのは四人。
全員が同じ学園の生徒だが、リナ以外は上級生だった。
「小型だからって油断しないように」
まとめ役の男子生徒が、依頼書を見ながら言った。
「畑の近くまで来た個体だけを討伐する。森の奥へ逃げたら追わない。いいね?」
「はい」
リナが答えると、ほかの二人も頷いた。
初めての依頼。
学外実習とは違い、教師は一緒にいない。
その代わり、ここにいる全員が依頼を終えれば報酬を受け取れる。
失敗すれば何も得られない。
「緊張してる?」
隣にいた女子生徒が聞いた。
「少しだけ」
「実習で中級を倒したって聞いたけど」
「三人で倒したんです」
「それでも十分すごいよ。最初は私のそばから離れないでね」
「はい」
心配されている。
ありがたいと思う一方で、少しだけ悔しかった。
リナはもう、再試験で魔力切れになった頃の自分とは違う。
けれど、それを説明することはできなかった。
◇
畑の端には、土を掘り返した跡がいくつも残っていた。
足跡をたどって進むと、茂みから小型魔物が三体飛び出す。
「右側を塞いで!」
「はい!」
リナは杖を向けた。
「《炎壁》」
逃げ道を塞ぐために必要な幅だけ、炎を立ち上げる。
以前なら、もっと高く、広く燃やしていた。
今は違う。
炎を避けた魔物を、仲間たちの風魔法と水弾が捉える。
残る一体だけが、リナへ向かってきた。
「《火球》」
威力を抑えた炎が正面からぶつかり、魔物が地面を転がる。
まだ動いていた。
そこで、リナ本来の魔力がほとんど尽きる。
契約魔力から、必要な分だけを引き出した。
「もう一発」
二発目の《火球》が命中する。
今度こそ、魔物は動かなくなった。
「大丈夫?」
女子生徒が駆け寄ってくる。
「はい」
「魔力切れは?」
「まだ使えます」
「でも、今二回続けて……」
「使う量を抑える練習をしたので」
嘘ではない。
クラリスに教わってから、以前より少ない魔力で戦えるようになった。
それだけではないことを、言わなかっただけだ。
その後も数体が現れたが、四人で連携して問題なく討伐した。
予定より一体多かったものの、依頼は無事に終わった。
町へ戻り、完了の印が押された依頼書を学園へ提出する。
受付の職員が小さな革袋を差し出した。
「これが今回の報酬です」
「ありがとうございます」
受け取ると、硬貨の重みが掌へ伝わった。
自分で働いて得た、初めての報酬だった。
寮の部屋へ戻り、机の上に硬貨を並べる。
学費用。
生活費用。
次の依頼で必要になるかもしれない薬や道具の分。
一枚ずつ分けていくと、自由に使える分はほとんど残らなかった。
「……少ない」
危険の少ない学生向け依頼なのだから、仕方がない。
これを何度も繰り返せば、少しずつ貯まる。
悪魔は机の端で、文字の大きな本を読んでいた。
前に読んでいた絵本より、文章が少し多い。
「今度は何の本?」
「人間の子供が、町で物を買う話だ」
「勉強になりそう?」
「貨幣の価値が書かれていない」
「絵本にそこまで求めてもね」
リナは革袋の底に残っていた小さな包みを取り出した。
帰りに買った、形の崩れた焼き菓子だ。
正規の商品にならないものを、安くまとめて売っていた。
報酬を得た日の分くらいはいいと思った。
包みを開くと、悪魔が本から顔を上げた。
「それは何だ」
「焼き菓子。安かったの」
「甘いものか」
「たぶん。食べる?」
「一つ受け取る」
悪魔が食べ物を欲しがるのは初めてだった。
リナは欠けた焼き菓子を一つ渡す。
悪魔は小さくかじり、しばらく動きを止めた。
「どう?」
「甘い」
「それだけ?」
「ほかに何を答える?」
「美味しいとか」
「比較する味を知らない」
「ああ、そっか」
リナも一つ食べる。
少し焼きすぎているが、甘くて香ばしい。
「でも、前は味が分からなかったよね?」
「取得した寿命の一部を、味覚へ変換した」
「それもできるんだ」
「できる」
「私が失った味覚を使ってるわけじゃないよね?」
「違う。あれは一週間、お前から味覚を失わせる対価だった。これは私が寿命から得た機能だ」
「ふうん」
悪魔は残りの焼き菓子を食べ終えると、また本を開いた。
気に入ったようには見えない。
嫌がっているようにも見えない。
ただ、初めて知った味を確かめただけらしい。
◇
それから、リナは授業のない時間に依頼を受けるようになった。
放課後に町の近くで薬草を採る。
休日には畑を荒らす小型魔物を討伐する。
荷物運びを手伝ったこともあった。
薬草採取は安全だが、報酬は少ない。
魔物討伐は報酬が多い代わりに、契約魔力を使うことがある。
依頼を終えるたび、受け取った硬貨を分けた。
学費用の袋は少しずつ重くなった。
教師から注意されるような失敗もなかった。
威力を抑え、仲間の動きを見て、必要な時だけ魔法を使う。
依頼で顔を合わせた学生から、次の仕事へ誘われることも増えた。
順調だった。
ただし、契約魔力は使えば減る。
数回の依頼を終えた頃には、寿命一年で買った魔力も、はっきり分かるほど減っていた。
◇
「今回は、前の半分でいい」
その夜。
リナは机の上に現れた青白い光を見ながら言った。
悪魔が光を半分に分ける。
「対価は寿命半年だ」
「前と同じだよね?」
「同じ量には、同じ対価が必要だ」
「ほかに何か失うものは?」
「今回の契約には含まれない」
「時間が経っても消えない?」
「消えない」
「余ったら次の依頼で使える?」
「使える」
リナは少し考えた。
「五か月分にしたら、どのくらい減る?」
光がわずかに小さくなる。
「この量だ」
「……それなら、半年分の方がいいかな」
「そうか」
「戻して」
光が先ほどの大きさへ戻った。
前と同じように、条件を一つずつ確認する。
自分が払う寿命だから、半年と五か月の差も無視したくなかった。
それでも最後には、少し多い方を選んだ。
契約魔力は腐らない。
いずれ使うなら、持っていて困るものではなかった。
「契約する」
悪魔の足元に魔法陣が浮かぶ。
確認された内容を、今度は聞き流さない。
寿命半年。
提示された量の魔力。
譲渡後はリナの所有物。
間違いがないことを確かめてから、リナは答えた。
「する」
光が身体のそばへ吸い込まれる。
痛みはない。
身体にも、何の変化もなかった。
リナは手帳を開いた。
忘れないように、これまで払った寿命を書いてある。
『一年と半年』
文字を見れば、長いと思う。
けれど、生活は何も変わっていない。
学費用の硬貨は増えている。
受けられる依頼も増えていた。
損をしているという実感は、あまりなかった。
◇
翌日。
「依頼にも慣れてきたな」
掲示板の前で、教師が言った。
「はい」
「討伐の完了記録も増えている。これなら、少し離れた地域の依頼を選んでもいいだろう」
教師が一枚の依頼書を外す。
森に現れる魔物の討伐。
危険度は、これまでと大きく変わらない。
ただし場所が遠いため、学園が手配した共用馬車で向かうことになっていた。
「馬車は複数の学生を、それぞれの依頼地の近くまで運ぶ。帰りも同じ場所で待っていてくれる」
「これ、受けられますか?」
「今の君なら許可できる」
「じゃあ、これにします」
リナは依頼書を受け取った。
行きも帰りも馬車がある。
少し遠いことを除けば、いつもと同じ魔物討伐のはずだった。




