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銀色の旅路――すべてを繋ぎ、愛するための戦記。  作者: 銀のさくら
第一章:いおりとゆめ「レミエルの在処」
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第六話「フェスティナレンテ」

■ 登場キャラクター紹介

【01】いおり

https://mitemin.net/imagemanage/top/icode/1233188/

【02】ゆめ

https://mitemin.net/imagemanage/top/icode/1233190/

【03】ななみ・リリカ

https://mitemin.net/imagemanage/top/icode/1233192/

【04】ユウリ・セシリア

https://mitemin.net/imagemanage/top/icode/1233193/

【05】ステラ

https://mitemin.net/imagemanage/top/icode/1233195/

【06】リナ・ミナ

https://mitemin.net/imagemanage/top/icode/1233196/

【07】レイナ

https://mitemin.net/imagemanage/top/icode/1233197/

【08】カレン

https://mitemin.net/imagemanage/top/icode/1233199/

その剣は、静寂を裂くようにそこにあった。


北西へ進むほど、地形は険しさを増していた。

足元の緑はとうに途絶え、剥き出しの岩肌が牙のように空へ突き出している。

風が狭い裂け目を吹き抜けるたび、笛のような高い音が谷間に長く残った。


ゆめが、ふいに足を止める。


「……いおり。この先だよ」


鼻先がかすかに震えていた。


何重にも重なる空気の層の中から、たった一つの匂いだけを選び取るみたいに、ゆめは谷の奥を見つめる。


「銀色の匂いが、一番強い」


いおりは無言で頷いた。


重い足取りだった。疲れているからではない。

進めば進むほど、胸の奥で何かが目を覚ましていく。

その感覚が、怖いほど鮮明だったからだ。


崩れた巨岩が折り重なり、谷の最奥は迷宮のようになっていた。

陽の光さえ満足に届かない暗がり。

その中心に、一本の剣が深く突き立っている。


フェスティナレンテ。


名を口にしたわけでもないのに、いおりはそれが何であるか知っていた。


鈍い銀色の剣身。

ハザードレイヤーの霧が放つ冷徹な白とは違う。


もっと静かで、もっと深く、祈りの余熱だけが金属の奥に沈んでいるような光だった。


主を待ち続ける騎士のように。

あるいは、誰かの帰還だけを信じて立ち尽くす墓標のように。


「…………」


いおりは吸い寄せられるように歩み寄った。


心臓が激しく脈打っている。


恐怖ではない。


深い海の底に沈められていた“自分自身”が、水面を目指して必死にもがいているような、切実な疼きだった。


左手の手袋を外す。

薄闇の中に、六本目の指があらわになる。


結晶化したその指先が、剣の光に応えるように、かすかに青く明滅した。


いおりは息を呑む。

震える手を伸ばし、銀色の剣身へ指先を触れさせた。


ひやりと冷たい。

けれど、その冷たさは拒絶ではなかった。


(……あ)


触れた瞬間、視界が白く爆ぜた。


◇


涙が、一気に溢れた。


止め方が分からない。

どうして泣いているのかさえ分からない。


ただ、熱い雫だけが頬を伝い、剣の表面へ落ちては小さく弾けていく。


頭の中に、濁流みたいに何かが流れ込んでくる。

名前。感触。息づかい。銀色の光。足元の崩れる音。


誰かを庇って振るった重さ。

守りたかったもの。守れなかったもの。


けれど、どれもまだ形にならない。

顔も見えない。言葉も拾えない。

景色は白く散って、掴もうとするたび遠ざかる。


それでも、身体だけは知っていた。


この柄を握りしめていたこと。

誰かの笑顔のために、何度もこの剣を振るっていたこと。


銀色の回路みたいな何かを、自分の中で燃やしながら戦っていたこと。


そして――


ほんの一瞬、鮮烈な残像が脳裏を掠めた。


小さな何かが、目の前で崩れ落ちる。


昨日まで、あるいはついさっきまで確かにそこにあった、やわらかい熱。


それが指先から零れ落ち、温かかったものが、急に、どうしようもなく冷たくなる。


「……う、あ……っ」


いおりは胸を押さえ、その場に膝をついた。


痛い。 理由は分からない。

なのに胸の奥だけが、取り返しのつかない悲しみを知っていた。


(だれ……?)


喉の奥で、声にならない問いが震える。


(私は、だれを……失ったの?)


息がうまく吸えない。

白い景色の断片が、何度も何度も脳裏で砕ける。


挿絵(By みてみん)


その時、背中にそっと温かな手が触れた。


「……いおり」


ゆめの声だった。


谷底の空気は冷たいのに、その手のひらだけが驚くほど温かい。

いおりはその温もりに縋るみたいに、荒い呼吸を繰り返した。


脳裏に焼き付いていたのは、真っ白な吹雪のようでいて、どこか優しい景色。

腕の中で、小さな命の重さがふっと変わる瞬間。

温かかったものが冷えていく、あの絶望的な落差。


記憶の扉は、まだ固く閉ざされたままだ。

けれど、この悲しみだけは嘘ではない。

身体の奥のすべてが、それを真実だと叫んでいた。


「……ゆめ、私」


掠れた声が零れる。


「……誰かを、救えなかったのかもしれない」


ゆめは、すぐには何も言わなかった。

ただ、いおりの背中をゆっくり撫でる。


その手つきは、痛みそのものを少しでも吸い取ろうとするみたいにやさしかった。


「いおりが悪いんじゃないよ」


やがて、静かな声が落ちる。


「……今、泣いてるってことは、その時、本気で守ろうとしてたってことだから」


その言葉に、いおりはもう一度だけ強く息を吸った。


泣いたまま、乱暴に手袋で頬を拭う。

そして、再び剣の柄へ手を伸ばした。


    ◇


鈍い銀色の柄。

使い込まれた革の感触。


握った瞬間、指の関節が吸い付くように馴染んだ。

この剣の重心も、振るう時の間合いも、踏み込む角度も、身体が完璧に覚えている。


忘れていたのは頭だけだったのだと、嫌になるほど分かる。


「……いくよ、フェスティナレンテ」


いおりは両足で岩を踏みしめた。


腹の底に力を落とす。

腕だけではない。背中、腰、膝、足先。

全身を一本の線に通し、一気に引き上げる。


ず、ずず……。


岩と鋼が擦れ合い、低い音が谷に響く。

火花が散る。


重い。


かつての自分なら、もっと軽く扱えたのだと身体は知っている。

けれど今のいおりは、記憶を失った、華奢な少女の身体のままだ。


「……っ、……あ、ああああ!!」


腕が悲鳴を上げる。

肩が軋む。視界が白く散りそうになる。


それでも、手は離さない。


これが今の自分の重さだ。

失った過去の代償であり、それでも進むと決めた今の責任だ。


耳を裂くような金属音が、谷底に轟いた。


挿絵(By みてみん)


ぎぃぃぃん――!


次の瞬間、剣が岩から解き放たれる。


いおりは反動でよろめきながらも、巨大な剣身を両手で支え、正面へ構えた。


谷間に、一瞬の静寂が落ちた。


風が止まる。

剣の表面に刻まれた無数の傷跡が、鈍く光る。


重い。

けれど、持てる。


その事実が、いおりの胸の中に確かな拠り所を生んだ。

自分は空っぽじゃない。失ったものばかりじゃない。

この重さを知っている自分が、まだここにいる。


いおりは剣身に映るぼやけた自分の顔を見る。

泣きはらした目。細い肩。頼りなく見える身体。


それでも、その奥にいる何かだけは、剣を握った瞬間にはっきりしていた。


「……思い出せなくても」


小さく、けれど確かな声で呟く。


「私は、ここまで来た」


その背後で、ゆめは少し離れて立ち尽くしていた。


鼻先をかすかに動かす。


いおりから漂っていた“冷たい雨”の匂いは、今、少しずつ変わっていた。

濡れた土が、ようやく陽を受け始めた時のような匂いに。


(戻ってきてる)


記憶そのものではない。


もっと根の深いところにある、“いおりらしさ”みたいなものが、剣に触れたことで息を吹き返している。


ゆめは背中の後ろで、自分の右手を強く握りしめた。

光を失った、小さな手。


さっきまでなら、その事実が胸を刺していた。

けれど今は少しだけ違う。


いおりが大剣を取り戻したのなら、自分はそれを見守る影でもいい。

隣に立って、転びそうになった時に支える役目でもいい。


守り方が、昔と同じでなくてもいい。


(守るよ、いおり)


心の中で、そっと呟く。


その時だった。


フェスティナレンテの剣身が、かすかに震えた。


きん――と、澄んだ音が一つ鳴る。


いおりも、ゆめも同時に顔を上げた。


谷のさらに奥。


岩が幾重にも折り重なった暗がりの先で、何かが微かに光った気がした。


それはハザードレイヤーの不穏な白ではない。

剣と同じ、鈍い銀色の反射。


そして、遅れて風が吹く。

北西から。まっすぐに。

まるで剣が、その方向を指し示したみたいに。


いおりは息を呑み、ゆっくりと剣を背へ担いだ。

鞘のない剣はひどく不格好で、ひどく重い。

けれど、その重さが不思議と心を落ち着かせた。


「……いこう、ゆめ」


振り返った瞳には、もう迷いがなかった。


「北西の、もっと奥へ」


ゆめは一度だけ、強く頷く。


「うん。……今度は、私も離れない」


二人は谷の奥を見据えた。


風の向こうには、まだ知らない過去がある。


失ったものの名前も、救えなかった誰かの正体も、まだ何一つ分からない。


それでも、フェスティナレンテは確かにいおりの手に戻った。

ならば、この先に進む理由はもう十分だった。


谷底に残っていた静寂が、二人の足元からゆっくりとほどけていく。


北西の風は、さらに奥の闇へ向かって吹き抜けていった。


第一章:第六話「フェスティナレンテ」――完

第三作『銀色の旅路』は完結編です。

キャラクターたちのより深い背景や『アムネシア』での誓いを知ることで、物語をより一層深く味わっていただけるかと思います。


もし彼女たちの過去に興味を持っていただけましたら、第一作『銀色の結晶』、第二作『銀色の産声』も併せて手に取っていただければ幸いです。


■銀色の結晶――さよならを忘れるための、戦記。

https://ncode.syosetu.com/n7557ma/


■銀色の産声――人願で綴る、明日のための戦記。

https://ncode.syosetu.com/n6938mi/


■専用Xアカウント

https://x.com/gin_no_sakura_y?s=21

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