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銀色の旅路――すべてを繋ぎ、愛するための戦記。  作者: 銀のさくら
第一章:いおりとゆめ「レミエルの在処」
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第五話「誰かの気配」

■ 登場キャラクター紹介

【01】いおり

https://mitemin.net/imagemanage/top/icode/1233188/

【02】ゆめ

https://mitemin.net/imagemanage/top/icode/1233190/

【03】ななみ・リリカ

https://mitemin.net/imagemanage/top/icode/1233192/

【04】ユウリ・セシリア

https://mitemin.net/imagemanage/top/icode/1233193/

【05】ステラ

https://mitemin.net/imagemanage/top/icode/1233195/

【06】リナ・ミナ

https://mitemin.net/imagemanage/top/icode/1233196/

【07】レイナ

https://mitemin.net/imagemanage/top/icode/1233197/

【08】カレン

https://mitemin.net/imagemanage/top/icode/1233199/

「……ゆめ。今、何か聞こえなかった?」


いおりが足を止めた。


旅の三日目。

北西へ伸びる道は、朝からずっと乾いていた。


草はまばらになり、土の色は薄く、ところどころ剥き出しの岩肌が陽を照り返している。


風は冷たい。

その風の音に混じって届いたのは、鳥の声でも、葉擦れでもない。


もっと細く、もっとかすかな――何かがひび割れるような音。


ゆめも立ち止まり、鼻先をひくつかせた。


「……うん。聞こえる。それに、変な匂いもする」


「変な匂い?」


「古い石と、濡れてないのに冷たい雨みたいな匂い。……それから、すごく寂しい匂い」


琥珀色の瞳が、道の先にできた灰色の影を捉える。


廃村だった。


石造りの家々が、肩を寄せるように並んでいる。

けれど、そこにはもう“生活”の体温がなかった。


窓は割れ、屋根は崩れ、壁の隙間からは白い霧が不自然なほど静かに這い出している。


村全体が、息を止めたまま放置されたように見えた。


「……ハザードレイヤー」


その名を口にした瞬間、いおりの胸の奥で何かが冷たく鳴った。


記憶はない。


それでも、その銀色の霧が人の心を沈め、足を止め、放っておけば命まで削る災厄の名残だということを、身体の芯は知っている。


見た目だけなら、規模は大きくない。

無理をしなければ、処理できるはずだと、知らないはずの感覚が告げていた。


けれど、ゆめは眉を寄せる。


「……いつもの匂いじゃない」


「いつもの?」


「怒ってるとか、苦しいとか、そういう強い匂いじゃないの。もっと静かで……古い。ずっと、誰にも呼ばれなかったみたいな匂い」


その言葉に、いおりも霧の向こうを見つめた。


白い。冷たい。

なのに、ただ危険なだけではない。


そこには確かに、人が置いていかれた気配があった。


その時だった。


霧の奥で、また音がした。

今度は、ひび割れる音ではない。


「……っ、……けて……」


声だった。


いおりの表情が変わる。


「誰かいる」


返事を待つより早く、いおりはリュックの肩紐を引き締めた。


「ゆめ、行くよ」


「待って、いおり」


ゆめはすぐに腕をつかむ。


「匂いが変だよ。見た目より深い」


「分かってる。でも、放っておけない」


その声に迷いはなかった。


記憶を失っているからこそ、今、目の前で消えそうになっているものへ、いおりは過剰なほど敏感だった。


ゆめは一瞬だけ唇を噛み、それから頷いた。


「……離れないで」


「うん」


二人は並んで、霧の中へ踏み込んだ。


    ◇


一歩目から、空気が変わった。


見えていたより濃い。


白い霧はただ漂っているのではなく、粘り気を持って肌へまとわりついてくる。

呼吸が浅くなり、胸の奥へ冷たい粒子が入り込んでくるようだった。


いおりは反射的に左手を押さえる。

手袋の下の六本目の指が、じわりと存在感を増していた。


(……知ってる)


ふいに、そんな感覚が胸をよぎる。


霧の流れ。密度の偏り。

どこが薄く、どこに核があるのか。


頭ではなく、指先が先に理解していく。


いおりは右手を前へかざし、流れを探るように白い靄へ触れた。

霧がわずかにほどける。


「……こっち」


自分でも驚くほど確信のある声だった。


ゆめがすぐ背後につく。

足元の石の位置まで読み取るように、いおりは迷いなく進んだ。


崩れかけた家の壁際で、ようやく人影が見えた。


一人の旅人が、膝を抱えるようにして座り込んでいる。

顔色は悪く、足元には銀色の結晶が茨みたいに絡みついていた。


「大丈夫ですか!」


いおりが駆け寄る。


旅人はかすかに顔を上げた。瞳が焦点を結ばない。


「た、すけ……」


「今、外します」


いおりが手を伸ばした、その瞬間だった。


霧の中央が、不意にを脈を打つ。


どくん、と。まるで心臓でもあるみたいに、村じゅうの白が一斉に収縮する。

次の瞬間、渦を巻いた霧がいおりを避け、その背後にいたゆめへ殺到した。


「ゆめ!」


いおりの声が裂ける。

ゆめは反射的に右手を前へ突き出した。


(……レミエル)


心臓の鼓動を指先へ集める。何度もそうしてきた。

いおりを守るたび、痛みを焼くたび、この手から光は生まれていた。


なのに。何も起きない。


手のひらにあるのは、ただの温もりだけだ。やわらかくて、無力な、ただの少女の手。


霧が視界を覆い始めた瞬間、横から強い衝撃がぶつかった。


いおりだった。

ゆめを抱き込むようにして身を投げ出し、二人まとめて地面へ転がる。

頭上を、銀色の刃がかすめて散った。


「……っ、ゆめ、大丈夫!?」


ゆめは地面に手をついたまま動けなかった。

自分の両手を見下ろす。


泥に汚れ、震えているだけの手。

光は生まれなかった。守れなかった。

その事実が、じわりと胸の底へ沈んでいく。


その時だった。


霧の圧迫感の隙間に、ふっと別の気配が混ざった。


鼻先がかすかに動く。

廃村の「寂しさ」の匂いでも、霧の冷たさでもない。

もっと深く、重く、けれど驚くほど穏やかな何かだった。


ゆめの記憶の底から、何かが滲み出してくる。

名前は出てこない。顔も出てこない。


ただ、大きな手に頭を撫でられた感触だけがあった。

日向の匂いがする膝の上に顎を預けていた時間。

守ろうと力まなくていい、ただそこにいるだけで許される、受け止められる温かさ。


いおりのそばにいる時の「守りたい」という感情とは、全く質が違った。

もっと受け身で、もっと幼く、誰かに包まれていた頃の記憶の断片。


それが何なのか、ゆめにも分からない。

でも、その温かさのおかげで、震えが少しだけ止まった。


「下がってて」


いおりの低い声がする。


ゆめを背後へかばい、霧に向き直る。

その動きに迷いはない。


挿絵(By みてみん)


村で笑っていた少女ではなく、もっと別の場所で、別のやり方で生き延びてきた誰かの身体だった。


いおりは右手を霧の中心へ差し込んだ。


流れを押し返すのではなく、見えない糸を探るように、密度の偏りへ指先を滑らせる。


どこを解けば崩れるのか、身体が知っている。


白い渦の一角が歪んだ。


いおりはそこへ踏み込み、左手で旅人を庇いながら、右手で霧の核を掴むように握り込む。


耳の奥で、きん、と細い悲鳴が鳴った。


次の瞬間、霧が弾ける。


砕けた銀色の粒子が、雪のようにほどけて宙へ散っていった。


    ◇


圧迫感が、すっと消えた。


旅人が激しく咳き込み、足元の結晶がぼろぼろと崩れ落ちる。


「……助かった、のか……?」


「はい。もう大丈夫です」


いおりはできるだけ穏やかな声で言い、旅人の肩を支えた。

その横顔は、焚き火のそばで見せるものより、ずっと鋭く、大人びて見えた。


ゆめはしばらく立ち上がれなかった。

まだ胸の奥が冷たい。自分の右手に視線を落とし、それを左手でそっと隠す。


助けられたのは旅人だけではない。

さっき、守られたのは自分だ。


その事実が、痛いほどはっきり胸に残っていた。


二人は旅人を霧の外まで連れ出し、水を飲ませ、呼吸が落ち着くのを待った。


幸い近くの分かれ道に、人の行き来がまだあることを旅人は知っていた。

そこまでなら歩けると言うので、休ませながら送り出す。


旅人が何度も礼を言って去ったあと、廃村にはまた静けさが戻った。


けれど、さっきまでの静けさとは違う。

何かが去ったあとの静けさだった。


いおりは崩れた民家のそばで足を止めた。


「……ゆめ。これ、見て」


呼ばれて近づく。


家の壁の陰、小さな石で囲まれた跡があった。

焚き火の跡だ。炭になった枝が灰の中に形を残している。

しかも、そんなに古くない。


周囲の地面だけが、不自然に平らで、何度も同じ場所に座っていたみたいに踏み固められていた。


「誰か、ここにいた……?」


いおりの声が自然と小さくなる。


ゆめはしゃがみこみ、鼻先をひくつかせた。

炭の匂い。乾いた布。

長く人が座っていた土のにおい。


そして、その奥に、かすかに残る別の気配。


それは、さっき霧の中で一瞬だけ感じたものと同じだった。


寂しさではない。怒りでもない。

もっと深くて、もっと古いのに、驚くほど穏やかなもの。


名前も顔も思い出せない。

けれど、身体だけがその気配を知っていた。


(……知ってる)


どこで知ったのかは分からない。

それでも、知っているとしか思えなかった。


「ゆめ?」


いおりが心配そうに覗き込む。


「……ううん。なんでもない」


ゆめは首を振って立ち上がる。

けれど、自分の右手はまだ左手の中に隠したままだった。


ここには、誰かがいた。

長いあいだ、一人で。

そしてたぶん、ただここで怯えていただけじゃない。


守っていたのだ。

この場所を。あるいは、ここを通る何かを。


そんな気がした。


    ◇


その夜、二人は廃村から少し離れた場所で火を熾した。


焚き火の明かりが、岩肌を赤く染めている。


風は相変わらず北西から吹いていたが、昼間ほど刺すようではない。


いおりは火を見つめながら、何度か無意識に右手を開いたり閉じたりしていた。

霧に触れた感覚が、まだ指先に残っているのだろう。


あの処理のしかたを、自分はどこで覚えたのか。

誰と、何度、同じことをしてきたのか。


問いたいことは山ほどあるはずなのに、不思議と今は胸の内が静かだった。


分からないことがあるのではなく、分からないことへ近づいている実感があるからかもしれない。


向かいでは、ゆめがじっと炎を見ていた。


挿絵(By みてみん)


「ゆめ」


「なに?」


「今日は、ごめん。急に入って」


ゆめは目を瞬かせた。


「……どうして、いおりが謝るの」


「ゆめの言う通り、あの霧は見た目より危なかった。私、誰かがいると思ったら、周りが見えなくなってた」


いおりは苦く笑う。


「また、無茶してたかもしれない」


しばらく沈黙があった。

火の中で薪がはぜる。


ゆめは視線を落とし、自分の膝の上で指先を握りしめた。

言いたいことが喉元まで上がる。


自分はもう、前みたいに守れない。

光は出ない。あの時、何もできなかった。


でも、その言葉は最後まで形にならなかった。


代わりに、ゆめは静かに言った。


「……それでも、助けに行ってよかったと私は思う」


いおりが顔を上げる。


「いおりは、そういう時に立ち止まれない人だよ」


「それ、褒めてる?」


「半分だけ」


ほんの少し、二人の間に笑いが落ちた。

けれど、ゆめの胸の奥のざわめきは消えない。


いおりにはまだ言えない。

光を失った自分はもう"守る側"ではいられないのではないか。


そして、あの温かさのことも。霧の中で一瞬だけ感じた、名前のない気配。

いおりへの「守りたい」とは全く違う、受け止められる感覚。

それが何なのかを、ゆめはまだ言葉にできない。


もっと幼く、もっと受け身で、誰かに包まれていた記憶の断片だった。


北西の風が、焚き火の煙をさらっていく。


その煙の向こう、闇の奥に、誰かの視線がある気がした。


敵意ではない。

けれど無関心でもない。


見定めるような、静かな眼差し。


ゆめはそっと顔を上げ、北西を見た。

暗闇の向こうに何かがいる。そんな予感だけが、はっきり胸を打つ。


そして、その予感に応えるように。


どこか遠くで、金属がかすかに鳴った。


澄んでいて、冷たい、銀色の音。


いおりも同時に顔を上げる。


「……今の」


「うん」


二人は言葉を失ったまま、闇の向こうを見つめた。


火は小さい。夜は深い。

けれど、そのさらに先で、何かが確かに自分たちを待っている。


誰かの気配がした。

それは脅威のようでいて、どこかひどく静かで、懐かしかった。


第一章:第五話「誰かの気配」――完

第三作『銀色の旅路』は完結編です。

キャラクターたちのより深い背景や『アムネシア』での誓いを知ることで、物語をより一層深く味わっていただけるかと思います。


もし彼女たちの過去に興味を持っていただけましたら、第一作『銀色の結晶』、第二作『銀色の産声』も併せて手に取っていただければ幸いです。


■銀色の結晶――さよならを忘れるための、戦記。

https://ncode.syosetu.com/n7557ma/


■銀色の産声――人願で綴る、明日のための戦記。

https://ncode.syosetu.com/n6938mi/


■専用Xアカウント

https://x.com/gin_no_sakura_y?s=21

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