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銀色の旅路――すべてを繋ぎ、愛するための戦記。  作者: 銀のさくら
第一章:いおりとゆめ「レミエルの在処」
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第四話「旅立ちの朝」

■ 登場キャラクター紹介

【01】いおり

https://mitemin.net/imagemanage/top/icode/1233188/

【02】ゆめ

https://mitemin.net/imagemanage/top/icode/1233190/

【03】ななみ・リリカ

https://mitemin.net/imagemanage/top/icode/1233192/

【04】ユウリ・セシリア

https://mitemin.net/imagemanage/top/icode/1233193/

【05】ステラ

https://mitemin.net/imagemanage/top/icode/1233195/

【06】リナ・ミナ

https://mitemin.net/imagemanage/top/icode/1233196/

【07】レイナ

https://mitemin.net/imagemanage/top/icode/1233197/

【08】カレン

https://mitemin.net/imagemanage/top/icode/1233199/

「……本当に、行っちゃうんだね」


八百屋のおばさんが、目尻を少し下げて言った。


村の入り口には、朝の光が斜めに差していた。

長く伸びた影が土の道を横切り、吐く息はかすかに白い。


いおりの背には、昨日まとめた革のリュックサック。


肩にかかる重みは軽くないのに、不思議と足元はよく定まっていた。


「はい。……少し、確かめたいことができたので」


いおりはそう答えて、丁寧に頭を下げた。


左手には、いつもの白いレースの手袋。

その下にある六本目の指は、今朝も冷たい。

けれどもう、その冷たさを嫌だとは思わなかった。


怖いだけの異形ではない。

これはきっと、自分が何かを守ろうとした痕跡だ。


「また、帰ってくるんでしょう?」


おばさんの問いに、いおりは一瞬だけ口を閉ざした。


記憶はない。


この村で過ごした時間も、人生全体から見ればきっと短い。


それでも、朝になると漂ってくる煮えた野菜の匂いも、床板のきしむ音も、広場で笑う子どもたちの声も、もう確かに自分の中へ積もっていた。


空白の上に、新しい時間が地層のように重なっている。


「はい」


いおりは、今度は迷わず言った。


「……また、帰ってきます!」


おばさんはゆっくり頷くと、手にしていた包みをいおりへ押しつけた。


「じゃあ、これを持っていきなさい。お腹を空かせちゃダメだよ」


竹の皮に包まれたそれは、まだほんのり温かかった。

ずしりとした重みが、掌にやさしく収まる。


「ありがとうございます」


「ゆめちゃんも、いおりちゃんをよろしくね」


「はい、任せてください!」


隣で、ゆめが少しだけ胸を張る。


「……私が、ちゃんと食べさせるから」


銀色の髪が、朝の風にさらさらと揺れた。

足元には、彼女の小さな荷物がきちんとまとめられている。


その時、広場のほうからぱたぱたと足音が近づいてきた。

昨日、ゆめの髪に花を差した女の子が、息を弾ませて駆け寄ってくる。


「ゆめちゃん、これ……持っていって」


差し出されたのは、小さな布にはさんだ押し花だった。

黄色い、名もない野花。昨日、銀色の髪に灯っていた色の名残。


「……ありがとう」


ゆめはしゃがみこみ、目線を合わせて微笑んだ。


「大切にするね」


その笑顔は無垢で、まっすぐで、見ているだけで胸の奥が少し温かくなる。

いおりは、その横顔を見てほんの少しだけ息をついた。


ちゃんと、帰ってこよう。

その思いが、言葉になるより先に胸の奥で形を持つ。


二人はゆっくり歩き出した。


井戸のそばを通る。

干し場のある家の前を通る。

朝の光を受けた石壁、見慣れた屋根、何度も歩いた細い道。


いおりは、そのひとつひとつを目に焼きつけるように見た。

記憶を失った自分にとって、風景はただ流れていくものだった。

けれど今は違う。

失くしたくないものとして、一つずつ輪郭を持ちはじめている。


村の境界を越えたところで、いおりはふと足を止めた。


振り返る。

朝靄の向こうに、村の屋根が小さく並んでいる。


挿絵(By みてみん)


(……帰る場所)


音にはならないまま、唇だけがその言葉をなぞった。


自分がどこで生まれ、誰に名を呼ばれてきたのかは分からない。

けれど、今は分かる。


ここは、戻りたいと思える場所だ。


こんなふうに、戻りたいと思える場所ができたのは、初めてかもしれない。


それは、記憶のあるなしとは別のところで、確かに胸へ根を張る感覚だった。

いおりはそっと左手を胸に当てる。手袋の下の硬い指先が、心臓の鼓動を冷たく、確かに伝えてきた。


「いおり」


ゆめが静かに呼ぶ。


「……いこう」


差し出された手のひらは驚くほど温かかった。


「うん。……いこう、ゆめ」


二人は前を向いた。


北西から吹いてくる風は冷たい。

冬の気配を含んだその風の向こうに、自分の過去がある。

夢に見た銀色の大剣があり、孤独な誰かの背中がある。


それでも、もう迷いはなかった。


土を踏む音が、朝の静けさに規則正しく重なっていく。


    ◇


日が落ちる頃には、風は朝よりずっと鋭くなっていた。


二人は街道を少し外れた場所で足を止めた。

背の高い岩が風よけになっている。

近くには枯れ枝も落ちていて、夜を越すには悪くない場所だった。


いおりは荷物を下ろすと、ほとんど考える間もなく動き始めた。

枝を選び、石の位置を見て、風の流れを読む。


火打ち石を打つ角度も、火種へ息を吹き込む加減も、最初から知っていたみたいに迷いがない。


ぱち、と小さな火花が散る。

やがて乾いた草が赤く染まり、細い煙が立った。


「……ついた」


いおりは呟いて、火を囲むように石を並べ直した。

風を逃がし、熱を留める順番まで、身体が覚えている。


この荒れた土地でどう夜を越すか。

それを自分は、何度も繰り返してきたのだろう。


そう思っても、もう朝ほどは動揺しなかった。


知らないことより、身体が覚えていることのほうを信じてみようと、出発の時に決めたからだ。


「……いおり。これ、温めよう」


ゆめがリュックから、竹の皮に包まれたものを取り出した。

おばさんが持たせてくれた包みだ。


紐を解くと、中には白く丸い肉まんが二つ並んでいた。


「わあ……」


いおりの声が、少しだけ弾む。


「まだ、ほんのり温かい」


「火のそばに置いたら、もっとふわふわになるよ」


ゆめは平たい石を火の近くへ寄せ、その上に肉まんを並べた。


しばらくすると、小麦の甘い匂いがふわりと立ちのぼり、続いて中の具の香ばしい匂いが混じりはじめる。


その瞬間、いおりの胸の奥がきゅっと鳴った。


「……ゆめ。私、この匂い」


懐かしい。

そう言い切るには曖昧なのに、心のほうが先に反応している。


ゆめは焚き火越しに、やわらかく目を細めた。


かつて、記憶を失ったばかりのいおりと、「今度一緒に食べよう」と指切りをした、あの日の約束。


たとえ言葉としての約束を忘れていても、それを望んだ時の「心」だけは、匂いに誘われていおりの元へ帰ってきたようだった。


「うん。覚えてなくても、きっと心は知ってるんだと思う」


その言い方が、責めるでもなく、押しつけるでもなく、ただ静かで、いおりは少しだけ救われる。


「はい。半分こ」


温まった肉まんを、ゆめが器用に二つに割る。

白い湯気が立ちのぼり、夜の闇にほどけていった。


挿絵(By みてみん)


いおりはそれを受け取り、一口かじる。


「……おいしい」


熱が舌に触れ、喉を通り、胃のあたりへ落ちていく。

素朴で、やさしくて、泣きたくなるほど温かい味だった。


「すごく、温かい」


「当然だよ」


 ゆめは小さく笑った。


「おばさんが、一生懸命作ってくれたんだから」


焚き火の向こうには、もう村の灯りは見えない。

けれど、口の中に残る味だけで、自分たちがどこから来たのか分かる気がした。


いおりは肉まんを持ったまま、暗い北西の空を見た。


「ねえ、ゆめ」


「なに?」


「……あの剣を見つけたら、何が分かると思う?」


無意識に、左手を右手で包む。

手袋の下の六本目の指は、夜になるといっそう冷たかった。


ゆめは少しだけ考えてから答えた。


「分からない。でも」


焚き火の光が、琥珀色の瞳に揺れる。


「いおりの身体が覚えていることは、本当のことだよ」


声は小さいのに、風に負けない強さがあった。


「記憶がなくても、この指が冷たいことも、誰かを守ろうとしたことも、消えない事実。……私は、それだけでいおりを信じられる」


いおりはゆめを見た。


自分のことを、自分より知っている少女。

“当然”という言葉で何度も自分を支えてくれる存在。


その言葉があるたびに、足元のぬかるみが少しずつ固まり、歩ける道へ変わっていく気がした。


「……そうだよね」


いおりは小さく頷く。


「私も、私の身体が覚えていることを信じてみる」


そう言って、焚き火を挟んでいた距離を少し詰める。


肩が触れそうな近さに座ると、ゆめの体温が風の冷たさをやわらげてくれた。


夜は深くなっていく。

火の明かりの外側では、荒野がどこまでも暗い。


リュックの奥には、押し花がしまってある。


それだけで、見えない場所にちゃんと帰り道が残っているように思えた。


「おやすみ、ゆめ」


「おやすみ、いおり」


最後の薪が、ぱちりと小さく爆ぜる。


二人の呼吸が、静かに重なった。


北西の風はまだ吹いていた。

けれど今夜のいおりは、昨日のようにただ怯えてはいなかった。

怖くても、進むと決めた自分がいる。隣には、ゆめがいる。


目を閉じかけた、その時だった。


風の音に混じって、どこか遠くで、金属がかすかに鳴った気がした。


澄んでいて、冷たい、銀色の音。


いおりははっと目を開けた。

だが、焚き火の向こうにはただ闇が広がっているだけだ。


「……どうしたの?」


眠りかけた声で、ゆめが囁く。


「ううん。……今、何か聞こえた気がして」


そう答えながら、いおりは北西の暗がりを見つめた。


気のせいかもしれない。

けれど、胸の奥の何かは、確かにその音へ反応していた。


呼ばれている。

あの剣のほうへ。

まだ名前のない過去のほうへ。


焚き火の赤が、夜の底で小さく揺れる。

その光の届かない先で、何かが静かに待っている。


第一章:第四話「旅立ちの朝」――完

第三作『銀色の旅路』は完結編です。

キャラクターたちのより深い背景や『アムネシア』での誓いを知ることで、物語をより一層深く味わっていただけるかと思います。


もし彼女たちの過去に興味を持っていただけましたら、第一作『銀色の結晶』、第二作『銀色の産声』も併せて手に取っていただければ幸いです。


■銀色の結晶――さよならを忘れるための、戦記。

https://ncode.syosetu.com/n7557ma/


■銀色の産声――人願で綴る、明日のための戦記。

https://ncode.syosetu.com/n6938mi/


■専用Xアカウント

https://x.com/gin_no_sakura_y?s=21

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