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銀色の旅路――すべてを繋ぎ、愛するための戦記。  作者: 銀のさくら
第三章:ユウリとセシリア「ステラの子守唄」
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第八話「奥への道」

■ 登場キャラクター紹介

【01】いおり

https://mitemin.net/imagemanage/top/icode/1233188/

【02】ゆめ

https://mitemin.net/imagemanage/top/icode/1233190/

【03】ななみ・リリカ

https://mitemin.net/imagemanage/top/icode/1233192/

【04】ユウリ・セシリア

https://mitemin.net/imagemanage/top/icode/1233193/

【05】ステラ

https://mitemin.net/imagemanage/top/icode/1233195/

【06】リナ・ミナ

https://mitemin.net/imagemanage/top/icode/1233196/

【07】レイナ

https://mitemin.net/imagemanage/top/icode/1233197/

【08】カレン

https://mitemin.net/imagemanage/top/icode/1233199/

北西の空は、傷口のように白んでいた。


ヴィエントを得たユウリの腰には、二振りの銀が並んでいる。

研ぎ続けたせいで薄く痩せた古い刃と、ステラの意志を宿した新しい刃。


片方は喪失の証で、片方は託された続きだった。


その二つの重みが、今のユウリの歩幅を、昨日までよりもわずかに前へ押していた。


風は高い岩場を渡るたび、乾いた笛のような音を立てる。

標高はさらに上がり、景色からはとうに緑が消えていた。


白く乾いた岩肌、崩れた道、空に近づくほど濃くなる無音。


アムネシアの白とは違う、何も許さない空白が、世界の骨だけを剥き出しにしているようだった。


先を歩いていたセシリアが足を止め、古びた地図を広げた。

角は擦り切れ、幾度も折り畳まれた跡が細かな亀裂になって走っている。


その端、既知の記録が途切れるさらに北西の深部に、ひとつだけ用途の記されていない領域があった。


挿絵(By みてみん)


空白の領域。


地図の上にだけ存在するその沈黙が、かえって強い輪郭を持ってユウリの目に映った。


「……ここに、何があると思いますか」


ユウリが問うと、セシリアはしばらく答えなかった。

右手袋の上から手首を押さえる癖は、完全には消えていない。


けれど、その横顔には以前のような切り離された冷たさではなく、痛みごと前を向こうとする静かな強さが宿っていた。


「分かりません」


それから、彼女は目を細めたまま続ける。


「ですが、感じるのです。……あそこに、全ての始まりが沈んでいるのを」


ユウリは地図より先に、セシリアの声の方を聞いていた。


「セシリアさんって、『感じるので』、多いですね」


ふっと、ユウリの口元が緩む。


「大事なことは、感じるものです」


「前にも、その話をしました」


「ええ。何度でも言いますよ」


セシリアはわずかに微笑んだ。


「数字や記録が役に立つ場面は多い。けれど、取り零したものに先に触れるのは、たいてい感覚の方です」


ユウリは肩をすくめるようにして、北西の空を見た。


風の向こう、まだ見えないはずの場所から、何かがこちらを見返している気がする。


「……悪くないですね。そういう非合理なのは」


「それは光栄です」


「別に、褒めてません」


短いやり取りのあと、二人のあいだに落ちた沈黙は重くなかった。

ステラを失ってからずっと胸の奥にあった欠けは消えない。

けれど、それを欠けたまま抱えて歩くことには、ようやく慣れ始めていた。


「行きましょう」


ユウリが先に言った。


「セシリアさんが、そこだと言うなら」


セシリアが地図を畳みかけた、その時だった。

彼女の唇から、ほとんど独り言のように一つの名前が零れた。


「……カレン」


風がさらう寸前のその音を、ユウリは聞き逃さなかった。


「誰ですか、それ」


セシリアの指先が、ほんのわずかに止まる。

記憶の底に沈んだ糸を、痛みを避けずに手繰るような間があった。


「……あの歌を、知っていた人です」


「あの歌って」


ユウリの喉が、無意識にあの旋律を思い出す。


セシリアからステラへ、そしてステラから自分へと渡ってきた、あの静かな子守唄。


「ステラの子守唄を、ですか」


「はい。詳しくは、まだ分かりません」


セシリアは遠くを見るように、北西へ視線を向けた。


「ですが、あの調べがステラに届くより前、その流れのどこかに、カレンという人がいた気がするのです。……歌も、記憶も、痛みも、案外一本の線で繋がっているのかもしれません」


ユウリは、その名を胸の内で静かに反芻した。


カレン。


旋律の源流を知る誰か。


この先にあるという“始まり”と、ステラの子守唄と、絶望の核。

そのすべてを結ぶ糸の途中にいるかもしれない人物。


分からないことばかりだった。

けれど分からないままでも、足は止まらない。


むしろ、知らないからこそ、確かめに行かなければならないという感覚が、ヴィエントの重みと一緒に腰のあたりへ沈んでいく。


◇


その日の夜、二人は風除けになる半壊の壁際で野営した。


焚き火は低く、火は小さい。


爆ぜる音の向こうには、深部へ行くほど色を失っていく闇が広がっている。


北西の方角だけ、夜の黒さがわずかに濁って見えた。

あの銀色の霧が、まだ目には届かない場所で息をしているのだと分かる。


ユウリは火を見つめながら、片膝を抱えていた。

膝のすぐそばには二振りの短剣。古い刃とヴィエント。


並んだ銀色は、もう比べ合うものではなく、今の自分を支える二本の骨のように見えた。


「……起きていますか」


不意に、セシリアが問う。


「寝てたら返事しません」


「そうですね」


微かな笑いが混じる。

それだけで、今日一日の疲労が少しほどけた。


だが、その直後だった。

ユウリは何かを感じて顔を上げる。


遠く離れた廃墟の影、そのさらに奥。風で揺れるには不自然な、ひとつの“間”があった。


影が、こちらを見ている。


「……セシリアさん」


「ええ」


セシリアはすでに気づいていた。

火に照らされた横顔から表情は読めない。

だが、その視線はまっすぐ闇の一点を射抜いている。


ユウリには、ただ気配しか分からなかった。

敵意かどうかも判然としない。

けれど、無害ではない沈黙だった。


ハザードレイヤーの奥で何度も感じた、過去がこちらを値踏みするような圧力に近い。


「来ますか」


ユウリの指が、無意識にヴィエントの柄へ伸びる。


「……いいえ」


セシリアは小さく首を振った。


「今は、まだ」


その答えには確信があった。

まるで、相手が自分たちを試しているだけだと知っているかのように。


ユウリがもう一度闇を見た時には、そこにあった揺らぎは、風に溶けるように薄れていた。


だが完全に消えたわけではない。


こちらの道筋だけを静かに確かめて、先回りするように姿を隠した――そんな感触だけが残る。


セシリアは誰にも聞こえないほどの声で、闇に向かって呟いた。


(……待っているのですね。カレン)


その名に、返事はない。

ただ風だけが、壁の欠けた縁を鳴らして通り過ぎていった。


挿絵(By みてみん)


◇


暗がりの向こうで、焚き火の光が二つ、揺れている。


あの光を、私は知っている気がした。

寄り添うようでいて、まだ完全には重ならない二つの輪郭。

遠くから見ているだけなのに、その不器用さが痛いほど伝わってくる。


先に行くいおりたちに警告した時も、私は同じ無力を噛みしめていた。

ここから先は祈りだけで届く場所ではない。


止まってほしいと願っても、願うことしかできない距離がある。

そのどうしようもなさが、冷えた針のように皮膚の内側を刺していた。


けれど今夜は、風の中に別のものが混じっている。


微かな旋律。

かすれそうで、確かに切れない、細い糸のような歌。


懐かしい、と胸が先に反応した。

父が昔、何気なく口ずさんでいた家族の歌。

託児所で、眠れないあの子のためにと、ひとりの母親へ手渡した調べ。


長い長い遠回りの果てに、その歌が今、別の少女の喉を通って戻ってきている。


「……届いたのですね。ようやく」


声に出すと、自分の輪郭が少しだけ揺らぐ。


私はずっと一人でここにいた。


父が遺した「止めてほしい」という言葉だけを道標にして、綻びを見張り、境界を縫い、自分の孤独が形を持たなくなるその手前で、どうにか立ち続けてきた。


見送ることには慣れたつもりだった。


誰かの“さよなら”を記録し、その先へ進ませるために、自分だけは足を止める。


そう決めていたはずだった。


けれど、あの焚き火のそばにいる二人を見ていると、終わらなかったものにも終わり方があるのではないかと思ってしまう。


置き去りにされた記憶にも、ようやく辿り着くための道があるのではないかと。


いおりたちが通っていった足跡の上へ、今また新しい二つの影が重なろうとしている。

古い記録の最後の頁に、別の手で続きが書き足される気配がした。


私は目を細める。

あの二人なら、ここまで来る。


痛みを抱えたままでも、互いを代わりにせず、それでも隣に立つことを選んだ者たちなら。


「……なら、次は私の番ですね」


誰に聞かせるでもなくそう呟いて、私は闇の中へ身を溶かした。

彼女たちの前に立つには、もう少しだけ準備がいる。


焚き火の光が見えなくなる最後の瞬間まで、風の中には、かすかな子守唄が残っていた。


第三章:第八話「奥への道」――完

第三作『銀色の旅路』は完結編です。

キャラクターたちのより深い背景や『アムネシア』での誓いを知ることで、物語をより一層深く味わっていただけるかと思います。


もし彼女たちの過去に興味を持っていただけましたら、第一作『銀色の結晶』、第二作『銀色の産声』も併せて手に取っていただければ幸いです。


■銀色の結晶――さよならを忘れるための、戦記。

https://ncode.syosetu.com/n7557ma/


■銀色の産声――人願で綴る、明日のための戦記。

https://ncode.syosetu.com/n6938mi/


■専用Xアカウント

https://x.com/gin_no_sakura_y?s=21

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