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銀色の旅路――すべてを繋ぎ、愛するための戦記。  作者: 銀のさくら
第三章:ユウリとセシリア「ステラの子守唄」
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第七話「ユウリはユウリ」

■ 登場キャラクター紹介

【01】いおり

https://mitemin.net/imagemanage/top/icode/1233188/

【02】ゆめ

https://mitemin.net/imagemanage/top/icode/1233190/

【03】ななみ・リリカ

https://mitemin.net/imagemanage/top/icode/1233192/

【04】ユウリ・セシリア

https://mitemin.net/imagemanage/top/icode/1233193/

【05】ステラ

https://mitemin.net/imagemanage/top/icode/1233195/

【06】リナ・ミナ

https://mitemin.net/imagemanage/top/icode/1233196/

【07】レイナ

https://mitemin.net/imagemanage/top/icode/1233197/

【08】カレン

https://mitemin.net/imagemanage/top/icode/1233199/

月光が岩肌を青白く照らし、鋭い影を地面へ落としていた。


焚き火から少し離れた平地で、ユウリは独り、ヴィエントを構えている。

夜気は薄く冷たく、息を吸うたび肺の奥が静かに軋んだ。


昼間よりもよく響くのは、足裏で小石が砕ける音と、刃が空気を裂く微かな震えだけだった。


昨日引き抜いたばかりの短剣は、驚くほど手に馴染んでいた。

いや、馴染みすぎていた、と言うべきかもしれない。


一歩、踏み込む。

切っ先を真っ直ぐ突き出し、半身を翻し、そのまま斜めに抜ける。


動きは淀みない。無駄もない。


けれど、その軌道には、ユウリ自身が積み上げてきた合理的な戦い方とは違うものが混ざっていた。


跳ねるような加速。

前へ前へと出ていく重心。

相手の懐へ飛び込むことを恐れない、眩しいほどの前傾姿勢。


ステラの型だ。


「――……っ」


ユウリは動きを止めた。


肩で息をしながら、ヴィエントの銀色の刃を凝視する。

自分の腕が、自分の意志を追い越して、あの子の戦い方をなぞっている。


その事実が、胸の奥ではなく、もっと深いところ――胃の底のような場所を冷たく掴んだ。


ヴィエントは静かだ。何も語らない。

けれど手の中にあるその重さだけが、否応なく過去を呼び起こす。


訓練場で並んだ足音。

右、と飛んでくる声。

笑いながら前へ出ていく亜麻色の背中。


思い出したいはずなのに、

思い出すほど、自分の輪郭が薄くなる気がした。


「ユウリ」


背後から、声がした。


挿絵(By みてみん)


振り返ると、セシリアが岩陰に立ち、こちらを静かに見ていた。

かつての管理者としての峻烈な眼差しではない。

ただ、夜の中にひとり立つ少女を案じる、一人の女性の目だった。


「……セシリアさん」


ユウリはヴィエントをゆっくり下ろした。

月光の下で、黒髪がかすかに揺れる。


「私は……ステラではありません」


絞り出すような声だった。

小さくはない。

けれど、言い切るまでに内側を傷つけるような響きがあった。


「誰の代わりでも、ありません」


それは拒絶だった。

セシリアに向けたものではない。

ステラに向けたものでもない。


自分の中へ入り込んできてしまう、境界の曖昧さそのものへの拒絶だった。


「……分かっています」


セシリアは一歩も動かずに答えた。

その声には、迷いがなかった。


「でも、さっき剣を持った時……ステラの動きが出ました」


ユウリは自分の掌へ目を落とす。


「身体が、あの子を模倣しようとするんです」


指先に、まださっきの動きの残熱があった。

自分のものなのに、自分だけのものではない感覚。


「それが、少し……怖いです」


息を吸う。


「このまま、私がステラに塗りつぶされてしまう気がして」


アムネシアで受けた教育。


名前を与えられ、役割を与えられ、誰かの代わりであることを前提に形作られてきた時間。


その古い呪いが、ヴィエントの重みをきっかけに、また身体の芯から蘇ろうとしている気がした。


セシリアは静かに歩み寄る。


足音は小さい。

けれど、その一歩一歩にはためらいがなかった。


やがて彼女はユウリの正面で足を止める。

手を伸ばせば届く、旅人同士の距離だった。


「型はステラのものでも」


セシリアは、ユウリの瞳をまっすぐ見て言った。


「今、それを動かしているのはユウリです」


ユウリはわずかに息を止める。


「あなたが、あなたの意志で、その一歩を選んでいる」


セシリアの声は穏やかで、けれど曖昧ではなかった。


「ヴィエントが記憶しているのは、ステラの癖かもしれない。けれど、それを受け取って、どう振るうかを決めるのはあなたです」


「でも……」


「似ることと、奪われることは違います」


その言葉は静かだったのに、ユウリの胸へ深く落ちた。


「誰かから受け取ったものを使うたびに、自分が消えるわけではありません」


少しだけ目を細める。


「むしろ、その受け取ったものを、自分の形で使えるようになった時、人はようやく本当に自分になるのだと思います」


ユウリは答えられない。


ヴィエントを握る指先に、かすかな震えが戻る。

怖さが消えたわけではなかった。

けれど、その怖さに名前がついた気がした。


「だから」


セシリアは一拍置いて、続けた。


「私は、好きです。ステラの剣を、ユウリとして振るうあなたの姿が」


ユウリは息を呑んだ。


挿絵(By みてみん)


ステラに似ているから、ではない。ステラの代わりだから、ではない。

ユウリだから好きだと、セシリアは迷いなく言い切った。


その言葉が、長いあいだ自分を縛っていた透明な檻へ、静かにひびを入れていく。


誰かの代用品ではなく、今ここにいる自分を、自分として見てくれる眼差し。


それがこんなにも、抗いがたく胸へ沁みるものだとは思わなかった。


「……ずるいですよ…。そういう……勝手な決めつけは」


ユウリは顔を背けて、ぶっきらぼうに呟いた。

拒むつもりの言い方だった。


けれど、耳の端が微かに赤くなっているのを、月光は容赦なく照らしていた。


セシリアは、それを笑わなかった。

ただ、小さく息をついて、ほんの少しだけ口元を緩める。


「ええ。そういうことにしておきましょう」


◇


焚き火のそばへ戻ると、夜はさっきよりも少しだけ深くなっていた。


炎は低く、赤い芯を抱いたまま静かに揺れている。

ユウリは荷物の中から小さな袋を取り出した。

中身はもうほとんど残っていない。


「これ、食べますか」


差し出したのは、最後の一枚だったラスクだ。

セシリアは少し驚いた顔をしたが、すぐにそれを受け取った。


「ありがとう」


ユウリは何も言わず、自分のためにもう一枚、欠けた小さなかけらを取り出す。


それから、少し迷って、セシリアの隣に腰を下ろした。


前より近い距離だった。

それを不自然に感じるほど、もう遠くはなかった。


「セシリアさん」


「何ですか」


「さっきより、顔色がいいです」


ユウリは焚き火を見たまま言う。


「……手の震えも、少しだけ」


セシリアは自分の右手へ視線を落とした。

手袋越しにも分かる微かな震えは、まだ消えてはいない。


けれどそれは、先へ進むことへの恐怖に飲まれた震えではなく、深く張り詰めたあとに残る疲労に近いものへ変わっていた。


「……あなたがいるから、かもしれないわね」


セシリアの口元が、やわらかく綻ぶ。

それは情報を伝えるための微笑みではない。

心から安堵した時にだけ零れる、本物の笑顔だった。


ユウリは返事をしなかった。

ただ、ラスクをひとかじりする。


夜の岩場に、乾いた音が二つ、静かに重なった。


ステラを失った半分は埋まらない。

それはこれからもきっと埋まらないままだろう。


けれど、ステラが遺した型を、自分の中へ取り込んでいくことは、裏切りではないのかもしれない。


受け継ぐことと、奪われることは違う。


そう思えたのは、たぶん初めてだった。


ユウリはラスクの欠片を指先で弄びながら、焚き火の向こうを見た。

暗闇の先には、まだ銀色の霧に覆われた深部がある。

明日になれば、またそこへ進まなければならない。


歌のことも、ヴィエントのことも、セシリアの告白も、まだ何ひとつ終わっていない。


それでも今は、自分が自分のままでいていいと言われたことだけが、小さな火のように胸の中で残っていた。


「……私」


ユウリが、ぽつりと呟く。


「ちゃんと、ユウリのままでいられますかね」


セシリアは、すぐには答えなかった。

少しだけ考えるように目を伏せてから、静かに言う。


「もう、なっていますよ」


それは慰めではなかった。

確かめたうえで差し出された言葉だった。


「迷って、怖がって、それでも自分で選ぼうとしている」


セシリアは火を見つめたまま続ける。


「そういう人を、誰かの代わりとは呼びません」


ユウリは小さく目を伏せる。

返事の代わりに、ヴィエントの鞘へそっと触れた。


銀色の記憶は消えない。

ステラの声も、型も、これから先ずっと自分の中に残り続けるだろう。

けれど、それらを抱えて進むのが自分なのだとしたら。


それはもう、消されていくことではなく、積み重なっていくことなのかもしれなかった。


風がまたひとつ、岩場を吹き抜ける。

火が揺れ、二人の影の形が少しだけ寄り添う。


足りなかったものは、まだたくさんある。

けれどその欠けた場所に、今夜は新しい意味が少しだけ積もった。


ユウリはユウリのままで、誰かから受け取ったものを抱え、それでも前へ行けるのかもしれない。


そう思えた夜だった。


第三章:第七話「ユウリはユウリ」――完

第三作『銀色の旅路』は完結編です。

キャラクターたちのより深い背景や『アムネシア』での誓いを知ることで、物語をより一層深く味わっていただけるかと思います。


もし彼女たちの過去に興味を持っていただけましたら、第一作『銀色の結晶』、第二作『銀色の産声』も併せて手に取っていただければ幸いです。


■銀色の結晶――さよならを忘れるための、戦記。

https://ncode.syosetu.com/n7557ma/


■銀色の産声――人願で綴る、明日のための戦記。

https://ncode.syosetu.com/n6938mi/


■専用Xアカウント

https://x.com/gin_no_sakura_y?s=21

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