第六話「ステラの後で」
■ 登場キャラクター紹介
【01】いおり
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【02】ゆめ
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【03】ななみ・リリカ
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【04】ユウリ・セシリア
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【05】ステラ
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【06】リナ・ミナ
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【07】レイナ
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【08】カレン
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夜の静けさは、焚き火の爆ぜる音だけを際立たせていた。
ユウリは膝の上に二振りの短剣を並べ、その重さを確かめるように指先でなぞっていた。
薄くなった古い一振り。
そして、今日手に入れたばかりのヴィエント。
二つの銀色は火影を反射し、それぞれ違う揺れ方で夜の中に明滅している。
片方は長く使い込まれた沈んだ光で、もう片方は、まだ自分の体温へ馴染みきらないまま静かに脈打っていた。
「……セシリアさん」
ユウリは火を見つめたまま、ぽつりと口を開いた。
「何ですか」
対面に座るセシリアが、静かに応じる。
ヴィエントを見つけてから、彼女の右手首の震えは少しだけ落ち着いているように見えた。
完全に消えたわけではない。
けれど、昨日までのような、今にも何かに引きずり込まれそうな強ばりではなかった。
「私」
ユウリは一度、指先でヴィエントの柄を押さえた。
「セシリアさんと、一緒にいていいんですか」
セシリアの手が止まった。
風が抜ける。
火の粉が小さく舞い上がり、すぐに闇へ消える。
「……どうして、今そんなことを聞くのですか」
「ステラが、いなくなったからです」
ユウリの声は平坦だった。
けれど、その平坦さの底には、まだ塞がっていない傷口みたいな欠落があった。
「ステラがいたから、私はセシリアさんのそばにいました」
火から目を離さずに続ける。
「ステラが繋いでくれていたから、私たちは一緒にいられた。……でも、もう、あの子はいません」
ヴィエントの柄を握る手に、少しだけ力が入る。
ステラのいない自分が、
ステラの母親の隣に立ち続けること。
それは時々、許されていないことのように思えた。
アムネシアで刷り込まれた、自分は誰かの代わりにすぎないという呪いが、こんな時だけひどく鮮明に蘇る。
自分はあの子の身代わりとして作られた存在なのではないか――その古い声が、夜の底からまた鎌をもたげてくる。
「ユウリ」
セシリアの声が、静かに夜気を裂いた。
かつて管理者として人を諭していた時の硬さではない。
一人の人間として、目の前の少女へ届こうとする、湿り気を帯びた響きだった。
「私が、あなたにそばにいてほしいから、いてほしいのです」
少しの間を置いて、はっきりと続ける。
「……それだけで、十分ですよ」
「……でも」
「ステラのことは、二人で覚えていればいい」
セシリアは穏やかに言った。
「無理に忘れなくていいのです。忘れないことと、そこに縛られ続けることは、同じではありません」
火の向こうから、まっすぐユウリを見つめる。
「あなたがここにいる理由を、全部ステラに結びつける必要はないのですよ」
ユウリは返事をしなかった。
ぱち、と薪が大きく爆ぜる。
火を見つめ続ける瞳に、熱のせいだけではない潤みが滲んでいく。
「……私、お母さんのこと、覚えていないんです」
不意の告白だった。
六歳で両親を亡くしたユウリにとって、母親という存在の輪郭は、古い記録を何度も薬品で洗ったあとのように白くぼやけている。
あたたかさも、匂いも、声も、確かな形では残っていない。
ただ、自分にはもう思い出せない何かがあるという空白だけが残っていた。
「知っています」
「だから、分からなくて」
ユウリの声が、少しだけ掠れる。
「セシリアさんのそばにいたいって思う気持ちが、ステラへの気持ちと、どこが違うのか」
短く息を吸う。
「……私が今ここにいたいのは、ただの依存なんじゃないかって」
セシリアはすぐには答えなかった。
代わりに、ゆっくり立ち上がる。
火を回り込み、ユウリの隣へ腰を下ろした。
肩が触れそうな距離。
かつての二人にはなかった距離だった。
管理者と被験者でもなく、ステラを挟んだ関係でもなく、ただ夜の冷えの中で互いの体温を感じられるだけの距離。
「違わなくていいのだと思います」
セシリアはそう言った。
「……全部、あなたの本当の気持ちなのですから」
ユウリがわずかに顔を上げる。
「大切な人を失ったあとの気持ちは、綺麗に分けられるものではありません」
セシリアの声は低く、やわらかかった。
「寂しさも、執着も、安心したいという願いも、誰かのそばにいたいという甘えも、全部混ざっていていいのです」
ほんの少しだけ目を細める。
「それでも、あなたが自分で選んでここにいるのなら、それはもう“ただの代わり”ではありません」
その手が、ユウリの細い肩へそっと置かれた。
ユウリの身体が一瞬だけ強張る。
けれど、振り払わなかった。
むしろ、長く張り詰めていた糸が切れるみたいに、そちらへ少しずつ重心を預けていく。
「……嫌いじゃないので」
掠れた声が零れた。
「……こうして、誰かの隣にいるのは」
言葉の最後が、小さく震える。
セシリアは何も言わない。
ただ、ユウリの震えが少しずつ収まっていくまで、その背をゆっくり撫で続けた。
夜明けはまだ遠い。
けれど、焚き火の向こうではなく、すぐ隣にセシリアがいること。
そして、自分がそこにいてもいいのだという事実は、ユウリの中の空白へ、ほんの少しだけやわらかい光を注いでいた。
ステラの代わりではない。
誰かの身代わりでもない。
ユウリという一人の少女が、
自分の足で立ち、自分の意志で誰かを求める。
その不器用で、まだ形になりきらない歩みが、夜の底で静かに肯定されていた。
しばらくして、ユウリは膝の上の二振りへ目を落とした。
薄くなった古い刃。
ステラの名を宿す新しい刃。
失ったものと、受け取ったもの。
どちらも自分の前に並んでいる。
「……私」
ユウリは、炎の揺れを見つめながら呟く。
「ちゃんと、私のままでいられますかね」
セシリアは少しだけ考えてから、答えた。
「もう、なっていますよ」
即答ではなかった。
だからこそ、その言葉には軽さがなかった。
「迷って、怯えて、それでも自分で確かめようとしている」
セシリアの手が、ユウリの肩から離れ、今度はそっとヴィエントの鞘を見た。
「そうしている時点で、あなたはもう、誰かに塗りつぶされた存在ではありません」
ユウリは返事をしない。
けれど、その沈黙は先ほどまでのものとは少し違っていた。
やがて彼女は二振りを丁寧にまとめ、静かに腰へ戻した。
銀色が小さく触れ合い、かち、と音を立てる。
その音は、まだ完全ではないにせよ、何かが少しだけ噛み合った音に聞こえた。
風がまた一度、岩場を抜けていく。
火は小さく揺れ、影の形を変える。
ユウリは隣にある体温を確かめるように、ほんの少しだけセシリアへ寄った。
それは抱きつくほど大きな動きではなく、寒さを言い訳にできる程度の、ごくわずかな距離だった。
けれどセシリアは何も言わず、その近さをそのまま受け入れた。
夜は深い。
先にはまだ、銀色の霧の奥に沈んだ過去が待っている。
足りないものは、きっとまだたくさんある。
それでも今夜だけは、欠けたままの輪郭で誰かの隣にいてもいいのだと、ユウリは初めて少しだけ信じられた。
第三章:第六話「ステラの後で」――完
第三作『銀色の旅路』は完結編です。
キャラクターたちのより深い背景や『アムネシア』での誓いを知ることで、物語をより一層深く味わっていただけるかと思います。
もし彼女たちの過去に興味を持っていただけましたら、第一作『銀色の結晶』、第二作『銀色の産声』も併せて手に取っていただければ幸いです。
■銀色の結晶――さよならを忘れるための、戦記。
https://ncode.syosetu.com/n7557ma/
■銀色の産声――人願で綴る、明日のための戦記。
https://ncode.syosetu.com/n6938mi/
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