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銀色の旅路――すべてを繋ぎ、愛するための戦記。  作者: 銀のさくら
第三章:ユウリとセシリア「ステラの子守唄」
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第五話「ヴィエント」

■ 登場キャラクター紹介

【01】いおり

https://mitemin.net/imagemanage/top/icode/1233188/

【02】ゆめ

https://mitemin.net/imagemanage/top/icode/1233190/

【03】ななみ・リリカ

https://mitemin.net/imagemanage/top/icode/1233192/

【04】ユウリ・セシリア

https://mitemin.net/imagemanage/top/icode/1233193/

【05】ステラ

https://mitemin.net/imagemanage/top/icode/1233195/

【06】リナ・ミナ

https://mitemin.net/imagemanage/top/icode/1233196/

【07】レイナ

https://mitemin.net/imagemanage/top/icode/1233197/

【08】カレン

https://mitemin.net/imagemanage/top/icode/1233199/

霧が引き裂かれた、その中心に――それはあった。


岩肌の裂け目へ深く突き刺さった、一振りの短剣。


鞘はない。


剥き出しの鋼は、周囲を満たす銀色を吸い込みながら、静かに脈打っているように見えた。


ユウリがいま腰に下げている短剣より、わずかに大きい鍔。

切っ先へ向かって絞られていく線は鋭く、けれどどこか見覚えがある。


ずっと前から手の中に馴染んでいたものを見つけた時のような、ひどく曖昧で、ひどく確かな既視感があった。


ユウリの足が、吸い寄せられるように一歩前へ出る。


網膜の奥で、光景が重なった。

アムネシアの訓練場。

銀色の刃を手に、誰よりも眩しく笑っていた少女。


踏み込むたびに亜麻色の髪が揺れて、その背中がいつも、自分より半歩だけ前にあった。


「……あ」


声にならない声が漏れた。


ユウリは震える手を伸ばし、その柄を掴む。

指先に触れた革の感触は、ひどく古く、ひどく新しかった。


手入れされた年月のなめらかさと、長く岩へ晒されていたはずの冷えが、ひとつの重さになって掌へ沈む。


今、自分が持っている短剣とは決定的に違う。


ただの鋼の重さじゃない。


そこへ積み重なってきた時間ごと、こちらの手に乗ってくるような重さだった。


触れた瞬間、耳の奥で風が鳴った。


いや、違う。

これは風の音ではない。


『――ユウリ、右!』


聞き間違えるはずがなかった。


挿絵(By みてみん)


あの明るい声。

何度も隣で聞いた、迷いを断ち切るような響き。

忘れたくても忘れられない、ステラの声。


刹那、ユウリの身体が意思を追い越して動いた。


右足を引き、重心を落とす。

刃を斜め下から跳ね上げ、そのまま影を縫うように踏み込む。


ひとりで戦うための型ではない。隣に誰かがいて、背中を預け合っている時にだけ完成する、迷いのない連携の動きだった。


空を裂いた銀色の軌道が、かすかな光の粒になって霧へ溶ける。


ユウリはその姿勢のまま、しばらく動けなかった。


心臓が激しく打っている。


その鼓動が掌を通して短剣へ伝わり、逆に刃の奥からも何かが返ってくる気がした。


この剣の名を、ユウリは一度も口に出したことがない。


けれど、名前そのものではなく、その名前を与えた日の空気を、肌が、骨が、細胞が一気に思い出していた。


訓練帰りの夕方。乾いた廊下。

汗に濡れた手で短剣を掲げて、ステラが笑った。


(――風よ、ユウリ。私たちの戦い方は、いつかこの世界を吹き抜ける風になるの。だから、この剣は『ヴィエント』がいい)


ヴィエント。


風。


それは、ただの呼び名じゃなかった。


二人で並んで戦う時の呼吸に、いつか失われてしまうかもしれない今を、それでも形にして残そうとした、ステラなりの祈りだった。


「ステラが……そこにいましたか」


背後で、セシリアが静かに尋ねた。


近づきすぎず、けれど突き放しもしない距離で、彼女はユウリの隣に立っていた。

問いかけというより、ユウリの沈黙へそっと触れるような声だった。


「……分かりません」


ユウリは短剣――ヴィエントを、顔の前へ静かに掲げた。

曇りのない刃の面に、自分の目が小さく映っている。

その奥に、誰かの影がいる気がして、けれど見ようとするとすぐ消えてしまう。


「でも」


喉がひどく乾いていた。


「声が聞こえました。右へ動けって。……身体が、勝手に」


言葉の最後が少しだけ震える。


セシリアは一度だけ、深く頷いた。

それからユウリの肩へ、そっと手を置く。


「それで、十分だと思います」


その手のひらは驚くほど冷たかった。


けれど、その冷たさは拒絶ではない。長く何かに耐え続けてきた人間の温度だった。


ユウリはヴィエントを胸へ抱き寄せ、ゆっくりと目を閉じた。


込み上げてきたのは涙ではない。

もっと静かなものだった。


ずっと霧の向こうにあると思っていた真実が、ようやく自分の内側へ着地したような感覚。

失ったものが戻ったわけではない。

それでも、失ったままの形に、初めてちゃんと触れられた気がした。


(ステラ……)


名前を胸の中で呼ぶ。


(あなたのことは、一生忘れない)


その思いに嘘はなかった。


忘れないという決意ではなく、忘れようとしても身体の方が許さないという確信だった。

歌も、戦い方も、この剣の重さも、全部がまだ自分の中に残っている。


けれど、それだけでは終わらないことも、もう分かっていた。


(……でも、セシリアさんのことも、私はもう、放っておけない)


ステラへの想い。

今、隣にいるセシリアへの想い。


どちらかを身代わりにする必要はない。

どちらかの代わりとして抱え込む必要もない。


別々のまま、本物のまま、自分の中にあることを、ようやく認められる気がした。


失われた半身を求めて歩いてきた。

けれどユウリは、ただ過去へ戻りたいわけではない。


失ったものを抱えたまま、それでも今ここにいる誰かを見捨てたくないのだと、その思いがヴィエントの重さと一緒に胸へ落ちてくる。


ユウリはゆっくり目を開き、ヴィエントを見つめた。


腰には、薄くなった古い一振りがある。

長い時間、自分だけの手で研ぎ続けてきた刃。

そして今、掌にあるのは、ステラが残したもう一振り。


古い銀と、新しい銀。

喪失のあとも使い続けた意志と、失われた相棒が託した記憶。


その二つは似ているようで違い、違うようで、どこか深くでひとつに繋がっていた。


ユウリはヴィエントを、丁寧に腰の鞘へ収めた。


かちり、と小さな音が鳴る。


その音は終わりではなく、何かが噛み合った音に聞こえた。


挿絵(By みてみん)


岩場を吹き抜ける風が、ほんの少しだけ穏やかになる。

さっきまでこの場所を満たしていた張り詰めた銀色も、わずかにその硬さをほどいたように見えた。


足りなかったものが、すべて埋まったわけではない。

そんなことはユウリにも分かっている。

ステラは戻らないし、欠けた場所はこれからも欠けたままだろう。


それでも。

その欠けた輪郭に、ひとつ確かな形が戻った。


失ったものの名前。受け取ったものの重さ。

そして、その先へ進むための、もう一つの刃。


ユウリが息を吐いた、その時だった。


ヴィエントの鞘が、わずかに震えた。


同時に、霧のさらに奥――まだ裂け切っていない銀色の向こうから、低く、長い風鳴りのような音が返ってくる。


呼ばれている。


そう思うより先に、ユウリの背筋が粟立った。

再会はここで終わりじゃない。


この剣は見つかっただけで満足していいものではなく、むしろここから先へ進めと告げている。


セシリアもまた、その気配を感じ取ったのか、目を細めて霧の奥を見た。


「……まだ、先がありますね」


「はい」


ユウリは短く答える。

もう迷いはなかった。


ヴィエントの重さが、腰の横で確かに揺れる。

それは過去の証であると同時に、次へ進むための風向きでもあった。


失ったものを抱えたまま、それでも前へ行けと、ステラの声がまだ、どこかで笑っている気がした。


第三章:第五話「ヴィエント」――完

第三作『銀色の旅路』は完結編です。

キャラクターたちのより深い背景や『アムネシア』での誓いを知ることで、物語をより一層深く味わっていただけるかと思います。


もし彼女たちの過去に興味を持っていただけましたら、第一作『銀色の結晶』、第二作『銀色の産声』も併せて手に取っていただければ幸いです。


■銀色の結晶――さよならを忘れるための、戦記。

https://ncode.syosetu.com/n7557ma/


■銀色の産声――人願で綴る、明日のための戦記。

https://ncode.syosetu.com/n6938mi/


■専用Xアカウント

https://x.com/gin_no_sakura_y?s=21

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