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銀色の旅路――すべてを繋ぎ、愛するための戦記。  作者: 銀のさくら
第三章:ユウリとセシリア「ステラの子守唄」
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第四話「セシリアの告白」

■ 登場キャラクター紹介

【01】いおり

https://mitemin.net/imagemanage/top/icode/1233188/

【02】ゆめ

https://mitemin.net/imagemanage/top/icode/1233190/

【03】ななみ・リリカ

https://mitemin.net/imagemanage/top/icode/1233192/

【04】ユウリ・セシリア

https://mitemin.net/imagemanage/top/icode/1233193/

【05】ステラ

https://mitemin.net/imagemanage/top/icode/1233195/

【06】リナ・ミナ

https://mitemin.net/imagemanage/top/icode/1233196/

【07】レイナ

https://mitemin.net/imagemanage/top/icode/1233197/

【08】カレン

https://mitemin.net/imagemanage/top/icode/1233199/

夜明け前の空は、濃い藍色の底から、刃のように薄い灰色を滲ませ始めている。


街道沿いの廃屋で熾した焚き火はもうほとんど灰となり、かすかな煙だけが冷たい風に巻き上げられ、崩れた屋根の隙間から外へ消えていった。


乾いた岩と、古い記録をまとめて焼いたあとのような、ざらついた匂いが漂う。

セシリアは、少し離れた岩場に立っていた。


まだ薄闇の残る地平の向こう、銀色の霧がたゆたっている。


その背中は相変わらずまっすぐで、立ち姿だけ見れば、かつての管理者そのものだ。

けれど今の彼女には、切り離された岸壁のような危うさがあった。


ひとりで立ち続けることに慣れすぎて、もう誰かに寄りかかる形を忘れてしまった人間の背中だった。


朝の微光が、手袋の上からでも分かる右手首の震えを、残酷なくらいはっきり照らし出している。


ユウリは荷物をまとめ終えると、その背中へまっすぐ歩み寄った。

短剣はすでに鞘へ収まっている。

昨日まで執拗に手入れしていたその重さが、腰のあたりで静かに揺れた。


「セシリアさん」


呼びかけると、セシリアの肩がわずかに揺れた。


振り返った瞳には、夜を通して何かと戦い続けた者の疲労が、どうしても消しきれずに残っていた。


「……何ですか、ユウリ」


「後で話すって、言いましたよね。昨日」


ユウリは足を止める。

逃がさないためでも、追い詰めるためでもない。

ただ、ちゃんと届く距離で、真正面からセシリアを見た。


「今がいいです」


一拍置いて、続ける。


「私に言えないことなら、無理に聞きません。でも、言えることなら教えてください」


しばらく、沈黙が流れた。


岩の隙間を抜ける風が、高く細い音を立てて過ぎていく。


セシリアは一度視線を落とし、手袋に包まれた右手首を、反対の手でさらに強く握りしめた。


痙攣を押さえ込もうとする、あまりにも痛ましい自制だった。


「……アムネシアの管理者として、私は多くを奪いました」


ようやく落ちてきた声は、驚くほど低かった。


それは説明ではなかった。

整理された報告でも、事実の列挙でもない。


ずっと底に沈めていた澱を、自分の喉で傷つきながら吐き出すような声だった。


「少女たちの自由。声。記憶。……生き方そのものを」


セシリアは、遠くの霧を見たまま言う。


「管理という名の下に、私はあの子たちをシステムの部品として並べ、壊れたら取り替えのきくもののように扱い続けた」


風が止む。


「救えた命も、あったのかもしれません。ですが、それを理由にしていいことではない」


右手首の震えがひどくなる。


「私は守ったのではなく、選別していたんです。残すものと、捨てるものを」


ユウリは黙って聞いていた。

口を挟けば、言葉がそこで止まってしまう気がしたからだ。


「それが、手の震えの理由ですか」


「ええ」


セシリアは短く肯定した。


「この場所に近づくほど、根に沈んだあの子たちの声が、私を呼ぶんです」


かすかに息を呑み、言い直す。


「……いいえ。呼ぶ、では足りませんね。引きずり込もうとしている」


自嘲のような歪みが、彼女の口もとに浮かんだ。


「檻へ閉じ込めた側の人間も、同じ檻に入れ、と」


目を伏せたまま、静かに続ける。


「当然の報いです。私はそれを受け入れるつもりでいます。……これを、私の贖罪にするつもりです」


贖罪。


そのひとことだけが、朝の冷気の中でひどく重く響いた。


ユウリの胸の奥で、あの空白が鋭く脈打つ。

ステラを失ってからずっと抱えてきた、半分しかないという感覚。


けれど、その欠けた場所には、昨夜、火を囲んで共有した子守唄のぬくもりが、まだかすかに残っていた。


「……それは、違います」


セシリアが顔を上げる。


ユウリは自分でも驚くほどはっきりした声で、もう一度言った。


「違います」


「ユウリ……」


「私が言えることじゃないのかもしれない」


喉が少し痛んだ。けれど視線は逸らさない。


「でも、セシリアさんが消えることで何かが終わるなら、私は最初からここまで来てません」


セシリアの瞳が揺れる。

その揺れを見て、ユウリは続けた。


「罰を受けたいなら、勝手に受ければいいって、そういう話なら簡単です。でも」


息を吸う。


「そんな不合理な自己満足に、私は付き合うためにここにいるわけじゃない」


セシリアが、わずかに息を呑んだ。


管理者の仮面の奥に、ひとりの脆い人間がいる。

ユウリの言葉は、その人間へ直接届いてしまっていた。


「私は……」


セシリアの声が掠れる。


「私は、そうすることでしか、あの子たちに向き合えないと……」


「向き合ってません」


ユウリは遮った。


「逃げる形を、贖罪って呼んでるだけです」


言ってしまってから、自分の言葉の鋭さに気づく。

けれど撤回しなかった。今ここで鈍らせたら、きっと届かない。


「わかっています。セシリアさんが何を数えてきたのか、私には全部はわからない」


短剣の柄へ、無意識に指が触れた。


「でも、今の私がここにいるのは、セシリアさんが私を“ユウリ”として見てくれたからです」


それは、ユウリの中で確かな事実だった。

アムネシアのあと、自分が何者なのか分からなくなりかけた時。


ステラを喪って、半分のまま立ち尽くしていた時。

それでも名前を名前として扱ってくれた人間がいた。


「だから」


ユウリは一歩踏み出す。


痙攣を抑え込もうとしているセシリアの右手首へ、ためらわずに自分の手を重ねた。


手袋越しにも分かる、冷たく強い震え。


かつてなら、触れることすら躊躇った体温だった。

けれど今は違う。

跳ね除けもせず、同情もしない。


ただ、その震えをそこにあるものとして受け止めるように、静かに包み込む。


「私の歌に、合わせてください」


セシリアの唇が、わずかに震えた。


「……一人で立っているのが重いなら」


ユウリは低く言う。


「私も、ここにいます」


拒絶の言葉は、もう返ってこなかった。


セシリアの瞳に映っているのは、ステラの代わりではない。

喪失の影でもない。


欠けたまま、それでも自分の足でここまで来た、ユウリという一人の人間だった。


やがてセシリアは、ゆっくりと目を閉じた。

震える指先に力がこもり、それから、ほんの少しだけ抜ける。


「……あなたは、本当に」


かすかな吐息と一緒に、声が落ちた。


「残酷なくらい、まっすぐですね」


ユウリは、少しだけ口もとを緩める。


セシリアも、ごく短く笑った。

泣きそうな顔のまま、ようやく生まれた笑みだった。


「行きましょう」


ユウリは手を離さずに言う。


「そこへ」


二人は岩場の奥へ歩き出した。


切り立った壁の向こうで、銀色の淀みが昨夜よりも濃く渦を巻いている。


通常のハザードレイヤーではない。

そこにあるのは、名を与えられる前の絶望そのものだった。


近づくほど、空気は粘りを帯びていく。


鼓膜の奥を直接引っかくような、言葉にならない悲鳴が、風に混じって何層にも重なって聞こえ始める。


耳ではなく、骨の内側で聞く声だった。


セシリアの足が、わずかに止まりかける。


その瞬間。


「――……」


ユウリの喉が、自然に旋律をなぞった。


失われたものを繋ぎ止めるために手渡されてきた、あの静かな子守唄。


挿絵(By みてみん)


かすかな歌声が霧の境界へ触れた瞬間、逆立っていた銀色の粒子がふっと力を失った。

道を譲るわけではない。

ただ、拒絶だけがやわらぎ、深い眠りへ落ちる直前のように静まっていく。


セシリアが、息を呑む。


「……本当に、凪いでいる」


「進めます」


ユウリは歌を途切れさせないまま、半歩前へ出る。

セシリアもそれに続いた。


二人は、歌の反響を細い道標のように辿りながら、岩場の深部へ進んでいく。

霧の奥から押し寄せる圧力は凄まじい。


呼吸は浅くなり、足もとさえ曖昧になる。

それでも、ユウリの手は決してセシリアを離さなかった。


やがて、視界を塞いでいた濃密な白銀の幕が、一点に吸い寄せられるように震えた。


次の瞬間。


それは、内側から裂けた。


霧の中心。

歪んだ空間の核。

岩肌へ深く突き刺さるようにして、鈍く脈打つひとつの光があった。


刃のようにも、棺の杭のようにも見える、銀色の「核」。


それを見た瞬間、ユウリの胸の空白が、痛みではなく別のかたちで大きく軋んだ。


失われた半身の気配。

懐かしさと拒絶が、同時に胸へ突き刺さる。


セシリアの指先が、ユウリの手の中で小さく震える。


これは再会の入口だ。

けれど、優しいものではない。


ここから先で待っているのは、取り戻したい過去ではなく、取り戻せなかったものの本当の姿なのだと、その核は黙ったまま告げていた。


ユウリは歌を止めた。


止めた瞬間、核の奥から、誰かの息のような微かな脈動が返ってくる。


それは、まだ声になっていなかった。


けれど確かに――

こちらの名を、呼ぼうとしていた。


第三章:第四話「セシリアの告白」――完

第三作『銀色の旅路』は完結編です。

キャラクターたちのより深い背景や『アムネシア』での誓いを知ることで、物語をより一層深く味わっていただけるかと思います。


もし彼女たちの過去に興味を持っていただけましたら、第一作『銀色の結晶』、第二作『銀色の産声』も併せて手に取っていただければ幸いです。


■銀色の結晶――さよならを忘れるための、戦記。

https://ncode.syosetu.com/n7557ma/


■銀色の産声――人願で綴る、明日のための戦記。

https://ncode.syosetu.com/n6938mi/


■専用Xアカウント

https://x.com/gin_no_sakura_y?s=21

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