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銀色の旅路――すべてを繋ぎ、愛するための戦記。  作者: 銀のさくら
第三章:ユウリとセシリア「ステラの子守唄」
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18/49

第二話「歌の記憶」

■ 登場キャラクター紹介

【01】いおり

https://mitemin.net/imagemanage/top/icode/1233188/

【02】ゆめ

https://mitemin.net/imagemanage/top/icode/1233190/

【03】ななみ・リリカ

https://mitemin.net/imagemanage/top/icode/1233192/

【04】ユウリ・セシリア

https://mitemin.net/imagemanage/top/icode/1233193/

【05】ステラ

https://mitemin.net/imagemanage/top/icode/1233195/

【06】リナ・ミナ

https://mitemin.net/imagemanage/top/icode/1233196/

【07】レイナ

https://mitemin.net/imagemanage/top/icode/1233197/

【08】カレン

https://mitemin.net/imagemanage/top/icode/1233199/

岩場を縫う道は、前日よりもさらに険しさを増していた。


足元の石は脆く、一歩踏み出すたびに乾いた音を立てて砕ける。


崩れた斜面の向こうでは、昨日はまだ遠くに見えていた銀色の霧が、いつのまにか道そのものへ滲み出すように這い降りてきていた。


爆ぜるような侵食はない。

通常のハザードレイヤーのように、境界を越えた瞬間に牙を剥く荒々しさもない。


けれど、その霧は厄介だった。


冷たいだけではない。


肌へ触れるたび、こちらの体温や呼吸のリズムを確かめるみたいに、じわりとまとわりついてくる。

まるで、ここへ近づく者に資格があるかどうか、静かに選り分けている門番のようだった。


「……来ます」


ユウリが短剣を抜く。


薄くなった刃が、曇った朝の光をかすかに弾いた。

次の瞬間、霧の奥で銀色の濃淡が揺れる。


輪郭の定まらない影がひとつ、ふたつ、地面から浮かび上がるように形を取り始めた。


不純物――。


かつてアムネシアで何度も相対した、絶望の残滓。

意思ではなく、沈殿した痛みだけで動くもの。


ユウリは地を蹴った。


一歩、右へ。

次いで半身を滑らせ、最初の影の懐へ入る。


その瞬間、自分でも気づく。

身体が探している間合いが、ひとりのものではないことに。


斬り込む角度。踏み込みの深さ。

次の一手を置くためのわずかな余白。


すべてが、かつて隣にいた誰かとの連携を前提にした形を、まだ捨て切れずにいる。


けれど、隣には誰もいない。


刃が空を裂く。

不純物の輪郭を薄く切り払いながら、胸の奥であの空白が鋭く疼いた。


(……また)


半分しかない。

そう思うたび、動きは研ぎ澄まされるのに、どこかひどく不安定になる。


足りないものを抱えたまま戦うことには慣れたはずなのに、その慣れ方は少しも正常ではなかった。


霧が濃くなる。

視界の端で、次の影が膨らむ。


その時だった。


「――……」


喉が、勝手に動いた。


荒い呼吸の隙間へ、微かな旋律が混ざる。

意識して歌おうとしたわけではなかった。


ただ、押し潰されそうな重圧のなかで、身体が自然に、そこにいるはずのない声を探したのだ。


アムネシアの宿舎。消灯後の暗がり。

冷えた毛布の下で、震える指先を隠しながら重ねた、あの静かな歌。


ユウリは戦いながら、その旋律を口ずさんでいた。


ひどく小さな声だった。

風に紛れれば消えてしまいそうなほど、か細いものだった。


それでも、変化はすぐに訪れた。


歌が霧へ触れた瞬間、刺々しく逆立っていた銀色の粒子が、ふっと力を失った。

迫ってきていた影の輪郭が鈍り、不純物は踏み込む前に揺らぎ始める。


拒絶の壁だった霧が、道を譲るのではなく、何かを思い出したようにその場で静かに沈んでいった。


まるで、安らぎ方を知っているみたいに。


ユウリは最後の一体を斬り払ったあと、思わず足を止めた。

霧は晴れない。けれど、さっきまでの敵意だけが、不自然なほどすっと引いている。


耳に残っているのは、自分の呼吸と、歌の名残だけだった。


「……今、歌ってましたよね。私」


短剣を下ろしたまま、ユウリはそっと喉へ指を当てた。

そこにあったのは自分の声の震えだ。


けれど同時に、自分だけではない温度が、たしかに混じっていた気がした。


「……はい。聴こえていました」


背後から、セシリアの声が返る。


振り向くと、彼女は大きな岩に背を預けていた。

呼吸を整えようとしているのが、遠目にも分かる。

肩がわずかに上下し、額には薄い汗がにじんでいた。


挿絵(By みてみん)


「不思議な歌だったと思います」


ユウリは言う。


「……意味、分かりますか」


セシリアはすぐには答えなかった。


その旋律に耳を澄ませるように、目を細める。


「……聞いたことがある気がします」


やがて、静かに言う。


「とても、懐かしい調べです」


「……そうですか」


ユウリは短く応じて、セシリアのほうへ歩み寄った。


近づけば近づくほど、彼女の消耗は隠しきれなくなっていた。

右手は、手袋の上からでも分かるほど細かく震えている。


呼吸は乱れていないように見せているのに、体の芯だけが別の痛みに耐えているようだった。


「疲れましたか」


「少し、空気が薄いだけです」


「嘘です」


ユウリの声は、思ったよりも平坦だった。

責めるというより、逃がさないための言い方だった。


セシリアが目を見開く。


その表情に浮かんだ驚きはほんの一瞬で、すぐにいつもの静けさへ沈んだ。けれど完全には戻りきらない。


「……顔色、悪いです」


ユウリは続けた。


「昨日よりも」


「大丈夫よ、ユウリ」


「大丈夫っていうなら、根拠をください」


言葉は自然に出た。


「誤魔化されると、余計に気になります」


セシリアは、ほんの少しだけ口元を緩めた。

困ったような、疲れたような、そしてどこか諦めに似た笑みだった。


「……あなた、そういう聞き方をするようになったのね」


ユウリは視線を逸らさない。


「……はっきりさせたいんです」


その言い回しに、自分でも少しだけ既視感があった。

誰かの真っすぐさに引きずられるように覚えた言葉の形。


セシリアは小さく息をついたあと、震える右手を胸元へ押し当てた。


「……少し、重いだけです」


声が、ごくわずかに低くなる。


「この場所へ近づくほど、あの子たちの『声』が、肌を刺すんです」


ユウリの喉が動く。


「あの子たち……」


「私が見ないふりをしてきたものの重さです」


セシリアは前を見たまま言った。


「記録に残らなかった痛みも、救いきれなかった叫びも、なくなりはしない。ここには、それがまだ沈んでいる」


「どうして、セシリアさんだけに」


問いを向けると、セシリアは少しだけ沈黙した。


風がふたりのあいだを抜ける。

銀色の霧が、遠くでかすかに脈を打つ。


「……後で話します」


 やがて彼女はそう言った。


「今はまだ、言葉にまとまりませんから」


その答えに、ユウリは納得しなかった。

けれど、これ以上踏み込めないことも分かった。


セシリアの瞳の奥に揺れているものが、自分の知っている色とよく似ていたからだ。


失ってからでは遅すぎると知っていながら、それでも手放してしまったものを抱え続ける人間の色。


ステラを失ったあと、鏡の奥で何度も見たものと同じ色だった。


◇


その夜。


焚き火の小さな爆ぜる音だけが、岩場の闇に点々と穴を開けていた。

炎は低く、風にあおられるたび不安そうに揺れる。


辺りの冷え込みは厳しく、火の届かない場所からは、すぐに夜の気配が這い寄ってくる。


ユウリは少し離れた場所で横になり、目を閉じていた。

眠っているふりをしていたが、意識は浅い。

唇の裏側には、昼間こぼれた旋律の残りがまだかすかに残っていた。


セシリアはひとり、火を見つめていた。


ぱち、と薪がはぜる。

そのたびに、昼間の歌声が脳裏で繰り返される。


(あの旋律……)


ステラが歌っていたものと、同じではない。

けれど、どこか深いところで繋がっている。

受け継がれ、混ざり、少しずつ形を変えながら、それでも消えずに残ってきた声の系譜。


(ステラだけじゃない……もっと前)


記憶の底に、ひとつの立ち姿が浮かぶ。


穏やかで、静かで、それなのに誰より孤独に、この世界の綻びを見つめていたひと。


名前を呼びかけかけて、セシリアは唇を閉じた。


まだ言えない。

まだ確信にしてしまうには早すぎる。


けれど、もし本当にあの歌がそこへ繋がっているのだとしたら――この先に待っているのは、ただの過去では済まない。


外で、夜風がまた笛のような音を立てて吹き抜けた。


挿絵(By みてみん)


暗闇の向こう。

銀色の境界のさらに先。


まだ誰も名前を与えていない「家族」の欠片が、静かに、確かに、こちらを待っている。


焚き火の明かりが揺れた、その一瞬。


眠っているはずのユウリの喉が、かすかに震えた。


声にはならないほど小さく、

けれど確かに、あの旋律の続きをなぞるように。


セシリアは息を止める。


歌は眠りのなかでさえ、身体に残っている。

記憶より深く、傷より深く、喪失よりもなお深い場所に。


それが、誰かから託された声なのだとしたら。

そして今、その声がこのレイヤーを揺らしているのだとしたら。


明日、自分たちはきっと、

もう後戻りのできない場所へ辿り着く。


セシリアは火の向こうに広がる闇を見つめたまま、静かに右手を握りしめた。

手袋の下で痙攣はまだ続いている。

それでも目を逸らすことだけは、もうできなかった。


第三章:第二話「歌の記憶」――完

第三作『銀色の旅路』は完結編です。

キャラクターたちのより深い背景や『アムネシア』での誓いを知ることで、物語をより一層深く味わっていただけるかと思います。


もし彼女たちの過去に興味を持っていただけましたら、第一作『銀色の結晶』、第二作『銀色の産声』も併せて手に取っていただければ幸いです。


■銀色の結晶――さよならを忘れるための、戦記。

https://ncode.syosetu.com/n7557ma/


■銀色の産声――人願で綴る、明日のための戦記。

https://ncode.syosetu.com/n6938mi/


■専用Xアカウント

https://x.com/gin_no_sakura_y?s=21

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